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せかい その5

「元気が有り余っているようでしたので」


「……いや、まあそれはそうだが」


 理不尽という言葉を噛み締めながら、俺は先程受け取った軍手を、小さいはさみを持ち、視界の中心に広がる畑を見る。


 館の探索も1日で飽きてしまって、日々暇だから監視付きの散歩と読書しかしていなかったわけなのだが、流石にこれくらいは出来るだろうと思ったらしいメイドが、珍しく「手伝って欲しいことがあります」と言い出したから何かと思えば、庭にある畑の収穫作業だった。


 確かに暇だし、少しくらい仕事を手伝いたい気持ちがあったわけではあるが、目の前に立つと視界の左右一杯に広がる畑に「うへぇ」という溜息なのか諦観ていかんなのか良く分からん声が口の中からまろび出る。


 もちろん、何度か散歩のときに畑を目にしたことはあったし、あいつが手伝って欲しいというくらいだから、歩いてくる途中で「これはもしかしてヤバイやつなのでは?」と予想してはいたが、数枚くらい上にヤバイやつだったわけだ。


「別に、嫌であれば帰っていただいても構いませんが」


 単調な喋り口のメイドにそう言われるが、ふんっと気合を入れて言い返す。


「やると言ったからにはやるぞ」


 男に二言はないからな。


「別に全て収穫する必要はありません。十分にじゅくしたもののみ、収穫しておきたいだけですので」


「だが、俺には熟したものとそうでないものを十分見分けられるか怪しいぞ」


「厳密な理解は不要です。トマトをおまかせしますので、実の全てが赤くなっているかどうかで決めて頂いて構いません」


 ふむ、なるほど。


 そのくらいなら俺でも判断出来るな。


 俺とメイドは、手分けして野菜の収穫を始めた。


 ……のだが。


「意外と難易度が高いな」


 全て赤くなっているかどうかだけで良いと言われても、よくよく見るとへたの周りだけ微妙に緑がかっていたり、触ってみるとやけに硬いものも混じっている。


 結局、分からないときにはメイドに確認するので、収穫作業は思いのほか時間が掛かってしまった。


「……情けない」


 終了です、とメイドに告げられて、タオルで汗を拭きながら日陰に座り込む。


 ちなみに、俺が片手で持ち上げられる程度のかご一杯になるかならないかくらい収穫する間に、あいつは持ってきていた大きな籠数個が一杯になるまで他の野菜や果物を回収していた。


 俺の手際が悪いにしても、一体どこまでハイスペックなんだ、あいつ。


「どうぞ」


 メイドに差し出された、蓋付きの水筒を「ありがとう」と受け取ってお茶を飲み、タオルで口をぬぐってから水筒を返す。


 比較的日差しの強い日で、俺なんかは滝汗たきあせとはいかずとも、服がじっとりと張り付く気持ち悪い程度には汗をかいているのにも関わらず、黒のメイド服完全防備のこいつは一筋の汗すらかいていない。


 お茶を飲んだメイドがハンカチで口元を拭いてから、


「今日はここまでにしましょうか」


 と相変わらずの無表情で言う。


「もう良いのか?」


「2人分の食料ですから、十分です。熟したものを多めに収穫したとはいえ、今回の収穫で数日分は困らないでしょう」


 そう言われて気づいたが、確かに2人分の食料と考えると、料理毎に使う野菜が違うとは言え、大した量は必要ないか。


「確かにな」


 ……ん?


 だったら、最初から俺は要らなかったんじゃないのか?


 立ち上がった俺はズボンのほこりを払ってから、


「……すまんな。結局ほとんど役に立たなくて」


 とぼやくように言う。


「いえ、十分手伝って頂いたので」


「……」


 気遣いだと素直に捉えてよいのか分からない言葉に何も返せず、俺は空を見上げた。


「お風呂、沸いていますよ」


「……ああ」


 この無力感は、風呂に入ったら溶けて消えてくれるだろうか。


 かぶりを振って、借りていた軍手を返した俺は屋敷に戻って、

そのまま風呂場へ直行した。


 脱衣所も浴槽もアホみたいにでかいが、今の俺にはそのうら寂しい浴室が心地よかった。


 その中で1人、バスチェアに座って、手桶ておけ一杯のお湯を被ってから深呼吸。


「……はあ」


 ひでえ顔だ。


 俺は目の前の鏡に映る、苦笑をにじませた自分の顔に溜息を吐きかけてから、項垂うなだれる。


 少しくらいは役に立とうと思った矢先にこれだ。


 やればやるほど、自分の無力さに溜息しか出なくなる。


 そして、その無力さを、馬鹿馬鹿しいことに、あのメイドへの不信感や苛立いらだちに変えているのが自分でも分かって、更に腹が立つのだ。


 落ち着け、俺……。


 どうせ、生き急いだところでこの世界から消え去ることすら出来ない。


 何処かで見ているあいつが、いつの間にか俺を助けに来てしまうだろうからな。


 だから、仕方がない。


 そうだ。


 この割り切る心が大事だ。


 どうせ、こんな小さな世界だ。


 焦ったり、悩んだりしたところで、何も変わらないのだから。


 今度こそ万物に降参することを決意した溜息を生成して、今度は浴室の湯気に溶かした俺は、


「お背中流しましょう」


 との言葉が聞こえたから、それを素直に受け取り、


「ああ、頼……むぁっ!?」


 流れのままにうなずいてから、脳内で言葉が正しく処理された直後にばっと振り返ると、いつの間にかあのメイドが立っていた。


 いつの間に? というよりもこの湿気バリバリの浴室でも、くるぶし上数センチの激長スカートできっちりキメてきている辺り、このメイドは服と同化でもしてるんじゃないか?


 ……いや、別に風呂に入るのにメイド服かよ! と言いたかったわけではなく。


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