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せかい その1

「油断もすきもない」


 昨日の今日どころか、さっきの今とはいえ、何もやることがないから、再び散歩に行こうとした俺は、メイドに服の襟元えりもとを掴まれて、強制的に俺の部屋に押し込められた。


 確かにさっきは空とも海とも分からない空間に落ちかけたが、そう何度もそんなことになるわけないだろう。


「目を離すと何をしでかすか分かりません。ですので、今日は私の目の届くところで遊んでください」


「……俺は子供かよ」


 小声でぼやいたはずなのに、


「子供です」


 と即座に俺の言葉を拾う。


 地獄耳か、という言葉が出掛かったが、この地獄耳はこの言葉も拾いそうだったから飲み込んだ。


「地獄耳ですが」


「……」


 おい、脳内まで読めるのか、こいつ。


 俺の表情を見てから、ふいっと視線を逸したそいつは、


「貴方が考えそうなことくらい、簡単に予想出来ます」


 などとのたまう。


 はっはっは、悪い冗談だ。


「……寝る」


 俺はベッドに腰掛けて、そう言った。


「そうですか、おやすみなさい」


 そう言ったメイドは、部屋の隅に置いてあった椅子に座って、編み物を始めた。


 体感温度的には、時期は多分春か夏。


 毛糸製品は幾らなんでも気が長すぎると思うが、俺の感覚が正しいかどうかも分からんし、そもそもこんな切り取られた世界に季節などというものが存在するのかどうかも分からない。


 ……つまり何を考えたところで意味がないということだ。


 だから、俺は寝る。


 目が覚めれば何かが変わるかもしれないし、むしろ今までが夢の一部だった可能性だってある。


 だから俺は目を閉じて、世界と1つになるような感覚になって。


 ……そして目が覚めて、やっぱり世界に変化がないことを嘆くのだ。


「……」


 やや薄暗くなった部屋の中で目が覚めたが、部屋には俺以外誰も居なかった。


 まあ、今分かっている限りではあるが、俺以外でこの世界に存在する人間はあの性悪しょうわるメイドくらいだから、つまりあのメイドが居ないという意味だ。


 ここに居ない、ということはおそらく何処かで家事をしているのだろう。


 性格はさておき、メイドとして有能であることは間違いないからな。


「……そういや、あいつの名前、未だに分からないんだよな」


 あいつの名前だけではない。


 自分の名前も。


 住んでいた場所も。


 家族構成や年齢、通っていた学校の名前、その他諸々……全て不明。


 つまり、所謂記憶喪失というヤツらしい。


 最初はパニックになったものだが……まあ、これも慣れた。


 生活に必要な知識は特に忘れていないようだし、もし前の世界が広大こうだいで、こんなに自由の利かない生活でなければ、こんなちっぽけな世界に幽閉ゆうへいされた時点で、すぐさまあの青色世界に飛び込んでるだろうからな。


 むしろ、程よく忘れている現状の方が、よっぽど気が楽だ。


 ……そう思い込まないと、やってられないのが事実だが。


 ちなみに、俺の記憶の曖昧さは相当なもので、例えば『学校』というものが存在していたことは記憶しているが、その『学校』で習ったことは何かとか、中学生だったのか、高校生だったのか、いやいや大学生だったのかは覚えていない。


 ただし、学校で覚えただろうと推測される計算方法や読み書きについては覚えているから、自分の知識水準から察するに、高校生くらいだろうとは思っている……が、それが分かったところであまり意味はないな、うん。


「そういえば、昼と夜の概念はあるんだよな……」


 薄暗い廊下を1人、ぽつぽつと歩いていると、何気なくそんなことを考えた。


 窓の外を見ても、太陽は見当たらない。


 館の陰に隠れているからではなく、太陽がそもそも存在していない。


 もちろん、月も同様だ。


 だが、明るくなったり、暗くなったりはするから、おそらく昼夜ちゅうやという概念自体はあるのだろう。


 俺の記憶と同等に、いやそれ以上にこの世界も曖昧らしい。


「……誰も居ねえ」


 こんな時間だから、既に食堂で食事しているかと思ったが、テーブルの上には何も置かれていない。


 そして、肝心のシェフも厨房にも居らず、作りかけのまま放置されている。


「何処行ったんだ?」


 食わせてもらう側ではあるから、偉そうなことを言う立場でないのは分かっているが、もし記憶にある1日24時間というサイクルと朝昼夜という定義が正しければ、おそらく朝食を済ませた後、夜に片足を突っ込んだこの時間まで何も食べていないのだから、そりゃあ腹も減る。


 ただ、あの悪戯好きメイドがどこに行ったか皆目見当がつかない。


 この薄暗い中で、まだ外で仕事をしているとは思えない。


 もしかすると、外作業をした後だから入浴中という可能性もあるが……入るわけにもいかんしな。


 じゃあ、後はあいつの部屋か。


 居るか居ないかくらいは確認したいからと、どでかい階段が中央に鎮座ちんざしている玄関ホールを歩いていると、突然バタンと突然音がして、心臓が飛び出るかというほどびびった。


「……どうしましたか」


 変なポーズで固まっていた俺に、不信感を露わにした視線を向けるメイド。


「お、脅かすなよ……」


 完全に油断していたが、変な声を上げるのだけは何とか回避出来たのだけはマシか。


 ……いや、本当はびびりすぎて声も出なかったのだが。


「それで、何です――」


 くぅぅぅぅぅ。


 喋りかけていたメイドの声を掻き消すような音。


「……」


「……」


 沈黙。


「おい、今――」


「ああ、そうですか。お腹が減ったのですね。そういえば食事の準備の途中でした。早く戻らないと」


「お、おい、おま……」


 俺が言い終わるよりも早く、早口でまくし立てたメイドが足早に去っていく。


 ……今の腹の音、俺のじゃねーぞ。


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