ふうけい その5
花火が終わってから、俺とメイドは玄関の段差に座って、空を見上げていた。
昼とは打って変わって、今度はただの真っ黒。
本来であれば、月や星が見えている時間なのだろうが、この世界には月も無ければ星もない。
月は無くとも、星は入り口の電灯が明るいからなのかと思って、メイドに消してもらったが、空は黒色のインク以外を全て忘れたみたいに真っ黒だった。
風流さは……無いな。
「真っ暗だな……」
「そうですね」
残念そうに言った俺とは対照的に、やはり無感動な声のメイド。
「星が見えたら、しばらくぼーっと見てるんだがなあ」
「お好きなのですか? 星」
メイドが反応した。
「ああ、まあそうだな。別に記憶があるわけでもないから、見てみないと何とも言えないが」
月と星を知っているのは、前に居た世界にはあったからだろうと思うし、犬だ熊だといった動物や英雄なんかをモチーフにした星座というものがあったことも知っている。
だが、今のこの世界にはどうやらその光が一切届いていないようだった。
「昼もそうだが、空があまりに殺風景だな」
「そう、ですか」
「ああ。この空には太陽も雲も月も星もない。いくらなんでも寂しすぎるだろ」
「……そう、かもしれませんね」
空を見上げたまま言った俺の言葉に、メイドは珍しく言い淀む。
「私はあまり空を見上げていませんでしたので、気づきませんでした」
「まあ、俺もだな」
「……?」
俺の言葉に疑問符を打ち立てるメイド。
今は……そうだな、何言ってるんだコイツ、だな。
「確かに、普段からいつも空ばかり見ているわけじゃないんだが、たまに見上げるとついつい時間を忘れて見てしまうというか。当たり前のようにあるからこそ、普段は気づかないが、無くなってしまうと寂しいというか」
――随分とこっ恥ずかしいことを言っているぞ。
な、何にせよ今の『小学生が写生大会で、遊びに行きたいけど絵の提出が終わらないと授業が終わりにならないから、画用紙を黒塗りにして夜空描きました、終わり』みたいなのは流石に如何なものかということだ。
「お前は、俺の細かいところにまで気がついてくれるし、正直非常に助かってる。仕事が忙しいから、あまりこの世界をゆっくりと見る時間がなかったのかもしれない。ただ、もっとこう……この世界にももっと目を向けてやっても良いんじゃないかと思うし、そのために時間が必要なら俺も手伝う」
ますます、こっ恥ずかしいことを言っているような。
「……」
俺の意味不明な言葉に、メイドはしばらく押し黙った後、
「貴方は、この世界を良く見ているんですね」
といつも以上に神妙な面持ちで言った。
「そりゃ、他にやることがないから、ほぼ毎日散歩してるしな」
「……そうですね」
少しだけ困ったような表情を混ぜ込んだ様子のメイドだが、俺は首を横に振って続けた。
「だが、散歩をしていると分かってきたこともある。前に収穫したトマトやぶどう、今日の散歩のときに見に行ったら、既に実を付け直していた。それどころか、前よりも大きくなってたぞ。なんつーか、そういう変化が見えるとちょっと面白いかもしれないな」
「そう、なのですか?」
目を瞬かせるメイド。
「ああ」
何だかいつもより、メイドが声色を変えて反応をするのが楽しくて、俺もついつい饒舌になる。
「動物や虫も居ないが、実が生るってことは品種改良でもされているのかもしれないな。というかこの世界の植物は猛スピードで成長するんだな。ということはぶどうの種を埋めたら明日にはもう育っている可能性もあるのか……?」
最後の方はメイドに言うというより、自問自答になっていたが、
「ま、まあ何にせよ、この世界から抜け出せないんだったら、色々と楽しまなきゃ勿体無いだろう?」
そう言って、俺が笑うと、
「……そうですね」
何か観念したような、それでいて、少しだけ嬉しそうな表情だった。