ふうけい その3
メイドはああ言ったが、俺は親、兄弟や姉妹……つまり家族というものは気になる。
「そういえば……」
ふと、読んでいる途中になっている小説のことを思い出した。
そういえば、あれも妹が兄を探すという話だったな。
普段なら夕食後に行くのだが、散歩も同じ風景ばかりだし、少しくらい書架に足を運ぶ時間を増やしたところで困ることはあるまい。
というわけで、ぶどうを食べ終え、片付けるからと一足先に食堂へ向かったメイドを見送り、もう少しだけ川の水で涼んでから、書斎に来てみると、いつも通りのクラシカルな服装で本を開いているメイドが、相変わらず物静かに居た。
追い出すつもりもないし、その権利もないのだが、相変わらず仕事が早いな。
「しかし、今日は編み物をしていないんだな」
「編み物は夜にするようにしているので」
「そうか」
確かに、メイドが編み物をしているのを見るのは食事が終わってからだし、大体俺がここで本を読んでいるときに来て、やおら始めている気がする。
ずっとやっていると集中力は高まりそうだが、疲れそうでもあるから、寝る前に少しずつやるのが良いとかあるのかもな。
「それで、編み物で何か1つくらいは出来たのか?」
トータルの時間で考えれば、編み物をしている時間はそれなりになるはずだから、そろそろ1つくらい作品が出来ていてもおかしくはない気がする。
「何ですか、欲しいのですか?」
「いや、別に今は要らないが……」
特にこの時期はむしろ毛糸製品は地獄だ。
「では、必要になったときにはお渡ししましょう」
「……いや、まあ、そうだな」
くれ、と言いたかったわけではなく、どんなものを作っているのか、単純な興味本位だったわけだが、まあいいか。
冬という概念がありそうだから、その頃にはきっと寒くなるしな。
「それで、何を読みに来られたのですか?」
今度は逆に、メイドに尋ねられた。
「ん? ああ……ちょっと、前に読んでいた本の続きを読もうかと」
「ああ、あの妹モノですか」
「その言い方には語弊がある」
前にメイドから、微妙なネタバレを食らったが、確かにその後読み進めると、世界を股にかけて兄を探すという、古いアクションゲームでお姫様と王子様を入れ替えた逆バージョン的なものだった。
「続きを読まなくなったようでしたので、飽きてしまったのかと思っておりましたが」
「いや、まあ……さっきの話だ」
「?」
メイドが無表情ながらも、疑問を呈するような吐息を出したから、もう少し分かりやすく答える。
「家族ってなんだろうな、ってのが気になったから、また読んでみようかなと思っただけだ」
「……家族、ですか」
手元の本に視線を落とすメイド。
……なんというか、今までは表情ばかり見て、こいつがどう考えているのかさっぱり分からなかったが、こう毎日見ていると流石に感情の変化というものがあることは分かってきた。
今のは、あまりポジティブな感じではない様子だな。
だから、俺は努めて明るく言った。
「ああ。俺にも家族は居たのかなって思ったんだ」
「……」
「今は思い出せないが、そもそも家族ってどんなものなのかってのを勉強するために、本でも読んでみようかと」
「そういうことですか。しかしながら、その本の家族、というのはあまり適切ではないかと」
ようやく口を開いたメイドが、視線を本から俺に向け直して言った。
「……そうなのか?」
妹は出てきたはずだが。
「家族、という意味ではこちらをお勧めします」
そう言って、今開いていた本の背表紙を見せる。
「こちらは、離れ離れになった家族が、それぞれの場所で幸せになりつつも、色んな手段で本当の家族を探していく物語です」
「ふむ……」
大方あらすじを聞いてしまったからもう読む必要は無いのでは、とか思ってしまったが、確かにそれは俺が知りたかった『家族とはなにか』を体現していると言えるかもしれない。
「じゃあ、読んでみるか」
「それが宜しいかと。丁度、1巻がここにあります」
「……結構分厚いな」
「1巻につき400ページ程度ありますから」
「そうか。それで、今読んでいるのは何巻なんだ?」
「18巻ですね」
「長すぎるわ!」
そんなに書く内容あるのかよ!
「ちなみに、これでもまだ半分くらいです」
「更に長すぎるわ!」
俺が『家族とは』を理解するのは、かなり先の話になりそうだ。