4.七方くんと友人の年末
七方くん視点のお話です。
「七方氏、年末の予定だけど、アレ終わった後ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな」
部活の友人に声をかけられ顔を上げた。俺は七方晴人、都内の学校へ通う高校一年だ。
「なに? カラオケ? なにかコラボとかあったっけ?」
「う、う、うーん……そういうのじゃない……けど……」
なんだか歯切れが悪い。
「ふーん?」
「お、美味しいタイ焼き屋があるんだって」
「タイ焼き屋? タイ焼き好きだっけ?」
友人の言葉に怪訝に思う。チープなスナック菓子を食べているイメージはあるが、タイ焼きなんて一緒に食べたことはなかった。
そもそも、俺たちはそういうタイプではないのだ。ファーストフードの壁側の観葉植物なんかで目隠しされた目立たない席でコソコソ盛り上がるのが定番だ。
「う、うん! 好き!」
いつにない勢いに、ちょっとだけ引きつつも、何かあるのだろうと薄っすら察し頷いた。
「いいよ」
そして、年末のとある日である。
朝早くからの戦を終え、俺たちは重い荷物を背負いつつ本日最後の列に並んだ。友人がいきたいと言っていたタイ焼き屋の待機列である。店前には、ベンチに絣生地の丸いクッションがおかれている。しばらく待ってようやくそこへ腰をおろせば、着物姿の店員さんがメニュー表をもってやって来た。怖いから目を合わせずにメニューを受け取る。
「あ! 晴人くん!」
聞き慣れた声に顔をあげれば、着物姿にエプロンの白山さんがそこにいた。
「え? 白山さん? バイトなの?」
「うん。お手伝いなの」
言われてメニューの表紙を見れば『白山茶房』と書いてある。
「ここ白山さんのお家でやってるの?」
「そうなの。お待たせしてごめんなさいね」
ニッコリと笑って、隣のグループへメニュー表を持っていく。
友人はポカンとした顔で俺を見た。
「なに?」
「……し、七方氏……」
「え、だから、なに?」
友人は大きく溜息をついた。
「晴人くん、どうぞ、席が空いたわ。大きな荷物で大変ね。足元の籠を使ってね」
白山さんがやってきて案内をしてくれる。老若男女で店内は混みあっていた。中では作務衣姿の生駒くんがいて、目が合ったらペコリと頭を下げられた。
「七方氏は、あの、あの子と知り合い……デスカ」
友人の不自然な敬語に面食らう。しかも目線は白山さんに釘付けで、ぜんぜんこちらを見てはいない。
「塾の友達」
あっさり答えれば、友人は胸を押さえた。
「じゅ、塾の! 友達! 女子が友達だなんて、ま、まるでリア充みたいなことをっ!」
「……え、あ、……うん?」
「しかも、ただの女子ではない! 美少女!」
「あ、うん、たしかに可愛いよね」
変な子だけど。と思ったがそれは口にしなかった。うっかり生駒くんにでも聞かれたら、夜道が怖い。
「ああああああ」
頭を抱え机に突っ伏した友人に注意する。
「ちょっと、先に注文しようよ。迷惑がかかるよ」
「……うん、じゃあお汁粉で」
友人は机に伏したまま答える。
「タイ焼きじゃないんだ」
「……うん」
タイ焼きが好きだから誘われたと思っていたのだが、違ったらしい。
注文すべく手を上げれば、白山さんがやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
白山さんの声に友人がガバリと顔を上げた。
「お、お、お汁粉をォ!」
微妙に噛んで上ずった声。白山さんはニッコリ笑う。
「粒あんとこしあん、どちらにいたしましょう?」
「お、お、お勧めは?」
「私はこしあんが好みです」
「ワタシもです!」
友人が『ワタシ』なんて聞いたことのない人称で答え、白山さんが微笑んだ。
「ではこしあんでご用意しますね。晴人くんは?」
「同じものをお願いします」
なんだか友人の様子を見ていたら、察するしかないだろう。友人の目当ては、タイ焼きでもお汁粉でもなくて。
「少々お待ちください」
そう言って笑う白山さんに違いないのだ。だってあからさまに彼女の姿だけを追っている。
「七方氏……、彼女、塾の友達なんだよね」
「まぁ……」
「ってことは同級生?」
「だとおもうよ」
「学校は?」
「知らないけど……」
「や、やっぱり、彼氏、いるよね? あれだけ可愛いんだもん、いるよね?」
「……うーん……」
「え、まさか、お前じゃないよね? 名前呼びとか、え? はぁ? え? 名前呼び!?」
曖昧な感じで答えたら、般若な形相で見つめてくる友人が怖い。
「勝手に盛り上がらないでよ。そんなわけないよ」
「だよな。こんな陰キャに彼女とかないよな」
「失礼だな」
「でも、こんな陰キャに優しくしてくれるとか天使かっ!」
「まぁ、それは思う」
白山さんは初めから丁寧に話しかけてくれた。人と関わるのが怖くて、イヤフォンで防御していたにも関わらず、話しかけて友達だと言ってくれた。塾で初めてできた友達で、それから嫌だった塾での時間が変わったのだ。
「白山さんは優しいよ」
「お前は名前で呼ばないんだ」
「うーん。恐れ多い? こんな陰キャに友達とか言ってくれるだけでありがたいから」
「わかる。可愛いだけでなく優しいとか、大天使で眩しいわ」
「たまに浄化されそうだよ」
そう陰キャには、白山さんは眩しすぎる。
「……でも、いいな……。名前で呼ばれるとか、羨ましい……」
「……」
もちろん名前で呼んでもらえるのは嬉しいけれど、なんだかそれはそれで面倒な気もするのだ。だってほら。
トンと少し乱暴にテーブルに置かれたお椀の中で、お汁粉が揺れる。
「こら! 綱、丁寧にっ!」
白山さんが注意すれば、すいませんなんて口先だけで答える男。
「お待たせしました、お汁粉です」
微笑んでいる表情なのに、目の奥は全然笑っていない幼馴染の生駒くん。
ちょっと声のトーンを落とすからギクリとした。
「サービスだそうですよ」
投げやりな口調でアラレの乗った小さな小鉢がテーブルに置かれた。
「甘いのとしょっぱいの、交互に食べると美味しいんだと、姫奈が言っていました」
あえて彼女の愛称を使うのはわかりやすい威嚇だろう。
友人は言葉もなくコクコクと頷いた。
生駒くんは軽くお辞儀して厨房へ戻っていく。
「……今の彼氏、だよね……」
「たぶん」
戦意喪失する友人を憐れに思うが、俺に否定することは出来なかった。
友人はアラレを食べて、しょっぱい、と呟いた。
会計は白山さんで、手ぬぐいを渡してくれた。年末に店内で食べた人限定で、今年から配ることにしたらしい。
「お友達にも、ハイ、どうぞ」
白山さんに声をかけられ、固まってしまった友人の代わりに受け取って礼を言う。
「また来てね」
白山さんの声に、友人はようやく息を吹き返し、「またきまぁす」と元気に答えた。
来年の干支が描かれた手ぬぐいには、隅に小さく黒いひし形に白山茶房の白抜きがあった。そういえば、テニスの島津修吾もこんなマークをつけてたな。
気が付いてハッとする。
「ねぇ、これ十二年分集めたらレア物になるんじゃない? 来年も行こう!」
「……お前のそういうところ、嫌いじゃない」
友人はガックリと肩を下げて、力なく笑った。