13.三峯くんと葛城さん
放課後。温室の横を抜け芙蓉館へ向かう。トモダチとその想い人が、葉の落ちた木々の間で幸せそうに語らっている。
生駒くんと白山さんは、全校登校日の日だけ会えるのだ。
ふたりは、その日一日を大事に大事に過ごすから、周りもそっと見守ってる。
はじめ白山さんに話しかけてみたのは、ちょっとした好奇心だった。
俺の周囲にいる、内部生の女子からはすこぶる評判が悪い彼女。
それなのに芙蓉会の連中とは仲が良い。
しかも出身は、桜庭の外部生だというから面白い。
氷川くん狙いだとか、八坂くん狙いだとか、口さがなく言われているわりに媚びている様子はみじんもなくて、媚びずにどうやって懐に入り込んだのか、とても気になった。
「親に似たやり手」だと噂されるだけのテクニックがあるのかも。
俺も芙蓉会とは顔をつないでおきたいし、うまくすれば使えるかなって、そんな程度の気持ちだった。
蓋を開けてみれば、やり手とは程遠い軽率さで、どちらかといえば、危なっかしい。
平気で友情を信じたりする。純粋といえば聞こえがいいが、この手の世界では足元をすくわれやすいといえる子だった。
実際、いわれのない噂や言いがかりに近い嫌がらせは、そんな性格に起因しているのだろうと思う。
だけど。
面白いと思ってしまった。
彼女自身にもだが、どちらかといえば彼のほう。
危なっかしい彼女を影で支える生駒綱守。
こちらはバカではないくせに、なかなか危なっかしくて、それが他人のためだというから、理解できなくて興味深い。頭が良い彼ならば、もっと打算的に動けるはずだ。実際、打算に動く彼は、冷酷で合理的で、俺は好感を持っていた。それなのに、白山さんの前ではバカになる。
全く理解できない、だから観察する、そんな対象だったのに、いつしか、応援している自分がいて、それがまたおかしかった。
「そんなに簡単に信用しちゃダメでしょ?」
何かの折に白山さんに言ってみれば、白山さんはあきれたような顔で答えたのだ。
「三峯くんて、綱の友達じゃない」
その一言にバカうけして、おなかを抱えて笑ったら、困惑した表情をする。
「友達じゃなかったの?」
なんて問うからさらに笑える。
「トモダチだよ」
と口に出して答えて、ああ初めて、彼はトモダチなんだと腑に落ちた。
生駒綱守は俺の友達。
ただ、「綱の友達」だから信用できるってすごすぎる。友達の友達はトモダチなんて夢物語のファンタジー。真面目に信じている子がいるなんて、それだけでも俺は奇跡を見た気がした。
苦労性のトモダチが、眩しそうに彼女を見るのを、なんとなく理解して、応援したくなってしまったのだ。
そう、俺らしくもなく。
味気ない風景に似つかわしくないほど眩しい温室の光景に、見てはいけないものを見たような罪悪感。
見なかった振りをして、いそいそとそこを通り過ぎた。
それはあまりにも唐突だった。
プロムの準備で、芙蓉会館の一室で葛城さんと二人きり。
かといって、温室の恋人とは真逆な俺たちは、いつも通りに業務へはげむ。
「そういえば、三峯くんはプロムポーズしたの?」
「ああ、白山さんに、去年」
「へえ? 意外。三峯くんは違うと思ったわ」
白山さんの名前を出せば、興味深そうに俺を見た。
「俺はトモダチが胃炎になりそうだったからさ、隠れ蓑になって当日バトンタッチするつもりだったんだけどさ」
「それも意外ね。結果は?」
「ご想像通りです」
葛城さんはプッと笑った。
「じゃ、私とプロムに行かない?」
「どうして? 俺のこと好きじゃないでしょ?」
俺の答えに葛城さんは目を白黒させた。
「やだ、そういうこと聞く人だった?」
苦笑いする。確かにいつもの自分らしくない。
互いに恋愛感情がないことは明確で、当日限りのパートナーだとわかり切っている。だとしても、葛城さんのパートナーはこの上なくおいしい餌だ。
今までだったら特に問うこともなく、イエスと答えていただろう。
「っていうか、白山さんにそのときそう言われたんだよ」
「で、なんて答えたの?」
白山さんに答えたとおりの言葉を言えば、葛城さんは笑った。
「姫奈ちゃんにそれは悪手ね」
俺は肩をすくめる。
「でも、私だったら納得するわよ」
葛城さんはそう言って、試すような悪戯っぽい目で俺を見た。
不意打ちでドキリとする。
「恋にも打算的なんだ」
「私、結婚は共同経営だと思ってるから」
サラリと答える。
周りにこんな子いなかったな。
「結婚と恋愛は別って割り切る人もいるよね。トモダチは無理っぽいけど」
「私、よくわからないのよ。姫奈ちゃんみたいな激しい想いは私には無理ね。でも、だから応援したくなるのかも」
そういって葛城さんは穏やかな顔をして窓の外を見た。
「そうだね。俺もトモダチみたいな気持ちは一生わからないだろうから」
その気持ちは俺にもわかる気がする。
「俺たちは同類かもね」
そういえば、葛城さんは意地悪な顔で笑った。
「そうかしら? 私の野望を聞いたらそう思わないわよ? きっと」
「悪だくみには興味あるね」
「私、大学在学中に子供が欲しいのよ」
ケロリとした顔でそういった。
「意外。出産育児は、キャリア重視の女性には足かせじゃないの」
「就職してから出産だと確かにキャリアは途切れるわ。だから在学中」
「ああ、合理的」
「でしょう? それに、私の父、学長なのよ。大学内に保育所、作らせたいのよね」
「困った娘だ。そこまでして子供が欲しいの? そんなに子供好きなんだ」
葛城さんは、少し考えるようにして俺を試すように見た。
「私のキャリアに必要だから、っていったら軽蔑するでしょうね」
自嘲の混じる声だった。
俺は特段そう思わない。結婚だって、信用されやすくなる制度、くらいにしか思っていないから。
それにしたって、キャリアに子育て経験が必要な仕事って。
「芙蓉初の女性学長目指してるんじゃないよね?」
思わず尋ねる。葛城さんは目を細めて笑った。
「さぁ?」
その答えにゾクリとする。
直感的に、この人の未来が見えた気がした。
彼女はガラスの天井をぶち破る。
そのために、子育ての経験があることは、女性の支持を集める上で重要だ。
面白い。この人の未来は絶対に面白い。
こんなに面白い人を見たのは初めてだ。
衝撃が走る。
「葛城さん、俺のパートナーになってくださいませんか?」
らしくもなく丁寧に言えば、葛城さんは目を大きく見開いた。
「今日は意外な三峯くんがいっぱいね」
「ダメ出し?」
「いいえ、お願いするわ」
・・・・・・・
柔らかいトレーナーに、髪をきっちり結い上げて、動きやすいパンツスタイルで、よだれだらけの娘を抱き上げる葛城さん。高校時代のしっかりおしゃれをしていた様子からは想像もつかない姿だ。
目なんか幸せそうに笑っていて、それがなんとも可愛らしい。高校時代よりも、ずっといい女になった気がする。
「『私のキャリアに必要だから』子どもが欲しい、なんて言ってた人には思えないね」
俺は思わず笑う。
「私もよ、思った以上に可愛いかったわ」
葛城さんは素直にそういった。
「俺も、本当に可愛いと思う」
ふたりとも、とはいえないのが、俺の素直じゃないところ。
「私にも抱っこさせて?」
白山さんがキラキラした顔でそう言って、葛城さんがそっと手渡す。
ギャァと泣き出す娘にオロオロする白山さん。
生駒がフォローするように、俺たちの娘を白山さんから取り上げる。
娘はピタッと泣き止んで、白山さんがガッツリむくれた。
「ちょっと、三峯くん! この子、面食いなんじゃない?」
0歳児にまで嫉妬するのかと、俺はちょっと呆れてしまう。
「姫奈の抱き方が悪いんですよ」
生駒が笑いながら窘める。
「なによ! なんで綱こそそんなに手慣れてるの? 兄弟いないのに!!」
「生駒、お前のお姫様は更にご立腹みたいだぞ?」
俺が冷やかせば、生駒は笑う。
「ボランティアで覚えたんですよ。将来必要だから。三峯くんもいっしょに、ね?」
生駒に降られて俺は気まずく目をそらす。
女子ふたりが、「へぇぇ」とニヤニヤした顔で俺を見て、なんだかとてもムズムズする。
「合理的でしょ?」
とりあえず、それだけ答えて俺は飲み物を用意すべくキッチンへ逃げ込んだ。
こういうのはらしくないんだよな。
ちょっと疲れて、ため息一つ。俺の人生プランはガッツリ葛城さんに握られているようだ。
しかもそれが悪くないから質が悪い。
授乳中の葛城さんのために、ノンカフェインのお茶を用意する。
葛城さんがニヤニヤした顔でキッチンに顔を出す。
「ありがとう」
「なにが?」
「いろいろ、いっぱいよ」
葛城さんは、そう微笑んだ。
「やっぱり、いい女になったよね」
俺が思わず呟けば、葛城さんは面食らったように目を見開いて、顔を赤らめた。
「なにそれ」
そう言って、キッチンから逃げてゆく。
俺はそんな背中を見て、笑いを口の中でかみ殺した。
5/5発売の『私が聖女?いいえ、悪役令嬢です!2』ですが、一部書店様で入荷されているようです。
初の書き下ろし&続刊です。
お出かけできないGWのお供にしていただければ嬉しいです。