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メダカのキモチ  作者: freedomlife
8/13

第8話 一緒に暮らそう

朝、恭介はいつものように、自転車に乗って西武柳沢の駅を目指した。


自転車を駐輪場に駐め、駅に向かって歩いていた時、アクアショップ「コーラル」の前に、パトカーが1台停まっていた。

警察官数人で、ドアを開けて建物の中を家宅捜索しているようであった。

お店はすでに閉店して何週間も過ぎ、店主は行方不明で、建物はそのまま残っていた。最後に店主に会った時、店主は慌てふためいていた様子で、更に、店の外にはいかつい男達が何人も居たのは覚えていた。

恭介は何が起きたのか興味があり、警察官に尋ねた。


「すみません、ここで何かあったのですか?」


「ああ、ここの店主がね、先日横浜で暴力事件に巻き込まれたんだ。それで、犯人を探してるんだが、手がかりを探すべく、店主が開いていたアクアショップを捜索しているんですよ。何か心当たりでもあるんですか?」


「いや・・ここで、メダカを買ったことがあるくらいですかね。」


「店主は、その頃から何か変わったことでもありましたか?」


「特に無いけど、確か・・店の近くに怖そうな男性のグループが居た記憶がありますね。」


「そうなんだ。その人達は、店主に手を出したりしていたんですか?」


「いや、そこまでは・・・」


「その人達は、最近は見かけない?」


「ここが閉店してからは、見かけないです。」


「わかりました。」そういうと、警察官は店内に再び入っていった。


恭介がメダカを買った店の店主は、どうやら暴力事件に巻き込まれたようである。

仮に、先日、この店の近くに居た怪しい風貌の男達に狙われていたとしたならば、彼は一体彼らとの間にどういう因縁があるのだろう。


雨の日が続き、急激に湿度が上昇し始めた。

恭介の部屋はアパートの2階にあるが、日陰で風通しが良くないため、常にエアコンをかけないと除湿が出来ずサウナのような状況になる。


そんなある日、恭介はいつものようにメダカの水槽に餌を撒き、メダカ達が水面に上がってくる様子を伺おうとじっと水槽を眺めていたら、いつも真っ先に水面に出てきて、餌の奪い合いをするヒレ吉とピンキーが出てこないことに気づいた。


恭介はおかしいなと思い、水をかき混ぜて、餌をわざと水底へ落ちるように仕向けた。それでも、2匹は姿を現さなかった。

いつものように水底でじっとしているたえ子の姿しか、目にすることはなかった。

時間的に夜も遅いこともあって、2匹はもう寝てしまったのかな?と思い、恭介は夜が明けたら再び水槽の様子を見ることにし、この日は眠りについた。


翌朝、久しぶりに晴れて、日差しが部屋の中に差し込んできた。

日差しに照らされた水槽の中を、恭介は目を凝らしてじっと眺めた。


その瞬間、恭介が目にしたものは・・・2匹のメダカの、死骸だった。


1匹は水草に絡まり、もう1匹は水草の陰の部分に隠れるように倒れていた。

恭介はあまりにも突然の出来事に驚き、悲しさのあまり、胸を締め付けられた。

おそらく蒸し暑さが続いて水温が上がり、メダカの体力が持たず弱ってしまったのだろう。

もっと気を利かせて、少しでも水温を下げるよう水換えしたりするなど、やろうと思えばやれることがあったはず・・そう思うと、悲しさだけでなく、悔しさもこみ上げてきた。


「ごめんよ・・馬鹿な飼い主で、本当に、ごめんよ・・・。」


恭介の目には、涙が溢れてきた。

子供の頃はいじめられっ子で、結構泣くことの多かった恭介であるが、大人になると滅多なことで泣くことなんて無かった。

この日は久しぶりに、大人の男であることを忘れ、思い切り泣いてしまった。

うつむき、次々と床にしたたり落ちる涙・・それは無念の涙、悲しみの涙であった。


この日はとても仕事をやる気力も湧かず、休みを取って、ピンキーとヒレ吉を、先に死んだパンダのすぐ隣に埋めた。

毎日のように、餌を奪い合った2匹、でもそれ以外の時は仲がよく、一緒に追いかけっ子したり、寝るときも2匹並んで寝ているのを見たこともあった。

もうあんな微笑ましい風景は見れない、そう思うと、また涙が溢れてきた。


水槽の底では、いつものように、たえ子1匹がじっとほぼ動くこと無く沈んでいる。でも、2匹の仲間達が居なくなったのは分かっているようで、時折ぐるりと向きを変えて、仲間を探すようなしぐさを見せている。


夕方、空がどんよりとし始め、やがて大粒の雨がポツポツと落ちてきた。

アパートの窓を叩く雨の音を聞きながら、恭介はLINEを送った。送り先は、さよりである。


「仕事終わった?お疲れ様。今日、俺んちのメダカ、2匹、天国に行きました。本当に残念でなりません。」


間隔をおかず、さよりからのメッセージが届いた。


「え?どの子が死んじゃったの?」


「いつも餌の奪い合いしてた2匹。ピンキーとヒレ吉だよ。」


「その2匹、いつも追いかけっ子したりしてた子達だよね?2匹一緒に死んじゃったの?信じられない、そしてすごく悲しい!恭介くんは寂しいでしょ?」


「そりゃそうだよ・・でも・・俺も悪かったんだ。こんな蒸し暑いのに、水換えもやらず、水温が上がるのを見過ごしてたんだ。」


「恭介くん・・」


さよりのLINEはそこで途絶えてしまった。

死因が恭介の怠慢な飼育というのもあるのを知って、驚いて、かけてあげる言葉を失ってしまったんだろうか。

しかし、10分、いや、20分近く経った頃であろうか、さよりからのメッセージが届き、LINEでのやりとりは再開された。


「ねえ、今度の土曜日、恭介くんの家に行っていい?」


「え・・うん、土曜日は空いてるかな。良いけど。」


「じゃあ、その時、うちのジョリーを一緒に連れて行くね。こないだメリーが死んじゃったから 、今はジョリー1匹だけなんだ。恭介くんところも、まだ1匹いるんだよね?」


「ああ。でも・・千葉からここまで、持ってこれるの?」


「がんばって、持っていきま~す!そちらだって、たえ子ちゃん1匹じゃ、寂しいでしょ?」


ここまでメダカを持ってくるって・・水槽ごと持ってくるのだろうか?途中、電車での移動となると、腕がしびれてしまうのではないか?そして、移動中、メダカが水が動くことによるストレスで死んでしまうのではないか?

恭介は色々なことを心配しつつも、さよりの言葉を信じ、土曜日にこの部屋に来るのを待ちわびた。


初夏の蒸し暑い雨模様の日が続き、ようやく梅雨の晴れ間となった土曜日の昼頃、

恭介の部屋のドアを叩く音がした。


「こんにちは。」


麦わら帽子をかぶり、青いデニム生地の膝丈のワンピースを着たさよりが、ニッコリと微笑みながら部屋の中に入ってきた。


すると、持っていた少し大きめのカバンを開けて、中から、新聞紙にくるまれたビニールの袋を取り出した。


「ここに、ジョリーが入ってるの。いま、取り出して、たえ子ちゃんの水槽に淹れるからね。」

そう言うと、新聞紙を剥がし、空気が詰まって膨らんだビニール袋を恭介の目の前に出した。その中には、半分くらいまでの水と、その中を泳ぎ回る、一匹のヒメダカの姿があった。


「ジョリー、元気でね。たえ子ちゃんと仲良く過ごすんだよ。」


さよりはビニールの上部を括っていた輪ゴムを外し、ビニール袋に入っていた水を恭介の水槽の中に入れた。

水槽の中に放たれたジョリーは、びっくりした様子で、しばらく水槽の中を右往左往していた。

しかし、しばらくすると、ジョリーは落ち着きを見せ、相変わらず水槽の底でじっとしているたえ子に近づいていった。

すると、たえ子はジョリーと一緒にしばらく底でじっとしていたが、やがて一緒に水槽の中を泳ぎ始めた。


「え?た、たえ子が・・たえ子が・・泳いでいる!」


恭介は、たえ子のとった突然の行動に驚かされた。

たとえ他のメダカがちょっかいをかけてきても意に介さず、餌の奪い合いにも混ざらず、じっと水槽の底で耐えるように泳いでいるたえ子であるが、ジョリーが泳ぎだすと、その後をついていくように、悠々と水槽の中を泳ぎ回り始めた。


「こんなことって・・あるんだ。一体何があったんだ?」


「たぶん、たえ子ちゃん、ジョリーに恋しちゃってるんじゃないの?」


「恋?出会ってまだ1時間も経ってないのに?」


「うん、一目惚れってやつかもね。」


さよりはニコッと微笑みながら、2匹の仲睦まじい姿に目を見張っていた。


「ねえ、恭介くん。」


「何だい?」


「死んじゃったピンキーちゃんとヒレ吉くん、どこにお墓があるの?」


「ああ・・・このアパートの1階の、人目につかない所かな。」


「一度、手を合わせに行きたいの。いい?」


「いいよ。」


恭介は立ち上がり、さよりをアパート1階のメダカ達を埋めた場所に案内した。

人目につかない、土のある場所に埋めたものの、埋めた所が分かるように、そして供養の意味も込めて、水槽に入れていた砂や小石を埋めた場所の周りに軽く敷き詰めておいた。


「ここ?」


「ああ・・ここだよ。ピンキーやヒレ吉だけじゃなく、パンダもここに埋めたんだ。ここに来ると、一緒に居たときのことを想い出してさ、涙が出てきちゃうんだよなあ。」


さよりはその場でしゃがみ込み、帽子をぬいで、長い髪が顔に被さるのも気にせず、目を閉じて手を合わせた。


しばらくして、恭介の方を振り向いたさよりの目には、ちょっぴり涙ぐんでいた。


「3匹とも・・天国で元気にしてるかな?」


「ああ、ここにいた時のように、また3匹で餌の取り合いしたり、追いかけっこしたりで、毎日楽しく過ごしていると信じたいな。」


恭介は、自分は泣くまいと思い、淡々とふるまおうとしていたが、さよりに語りかけるうちに、自然に記憶が蘇り、涙が流れてきてしまった。


「恭介くん・・泣いてる?」


「ば・・バカ言うなよ。」


「だって、頬のあたり、涙、流れてきてるよ。目だって赤いし。」


「あのなあ・・俺は、もう、大丈夫だから!たえ子とジョリーが居れば十分だから。気になんかしてねえよ!」


恭介は、さよりの方を振り向き、キッと睨みつけた。


「嘘つかないで。恭介くん。私、嘘付く人、大嫌い。」


「さ、さより・・」


さよりは髪をかき分け、睨みつける恭介に対し、毅然とした表情で語りかけた。


「悲しい気持ちをごまかさないで、今の本当の気持ちをごまかさないで。悲しいときは悲しい、で良いのよ。私は、恭介くんの素直な気持ちを受け止めるから。」


その瞬間、恭介の両目から、とめどなく涙が溢れ、恭介の頬を伝っていった。


「俺は・・俺は・・可愛いメダカ達に、何も、出来なかった。悔しくて、そして寂しくて。」


「恭介くん・・」


さよりは後ろから恭介に近づき、両手を恭介の肩に添えた。

そして、恭介の背中に、顔をうずめた。


夕暮れ時、静寂が覆う中、二人はじっとその場で動かず、メダカ達の墓を眺めていた。やがて恭介は立ち上がると、さよりも一緒に立ち上がった。


「ありがとう・・・さより。何と言えばいいかわからないけど、俺、自分の素直な気持ちと向き合えて良かった。そしてさよりの言葉が嬉しかった。」


「良かった。」


恭介は涙を拭うと、さよりはハンカチを手渡した。


「さよりも泣いてるじゃん。自分の涙を拭くのに使いなよ。」


「じゃあ、恭介くんが使ったら、私に渡して。私も自分の涙を拭くから。」


恭介は、ハンカチで涙を拭うと、さよりに手渡した。

さよりは、恭介の使ったハンカチで涙を拭った。

恭介は、少し気分が落ち着くと、さよりの顔を見つめた。


「もう夕暮れ時だな・・お腹、空いただろ?何か作ろうか?オムライスでよければ。ササッと作るよ。」


「ええ?良いの?わあ~食べてみたい、恭介くんの手作りオムライス♪」


「じゃあ、すぐ用意するから。」


恭介はニコッと笑うと、さよりもニコッと笑い返した。

二人はどちらからともなく手をつなぎ、夕陽が差し込み、赤く染まったアパートの階段を一緒に駆け上がっていった。

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