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メダカのキモチ  作者: freedomlife
5/13

第5話 偶然?

朝から蒸し暑い梅雨のさなか。


メダカ達が何やら、ヒートアップしている。


ボス格のパンダが、ヒレ吉たち2匹のメダカに追いかけられている。いつもは堂々と水槽の真ん中で餌をむさぼるパンダも、2匹の執拗かつ疾走感のあるスピードで追走され、ついには隅っこに追いやられてしまった。


パンダは、何かに怯えるかのように、隅っこでしばらく動かなくなってしまった。


一体、何があったのだろう?


気になるところではあるが、今の恭介はそれどころではなかった。



休日というのにおしゃれなスーツに着替え、きちんとネクタイを締めて、革靴も綺麗に磨いて、最後に鏡を見ながら何度も髪を整えた。


昨日、さよりからのLINEで「よかったら、明日、私のピアノ、聴きに来る?ちょっと高めのお値段のレストランだけど・・もしよかったら、来てね。」というメッセージが入っていた。


恭介の部屋でさよりと会った日から2週間近く経ち、お互いのことをLINEを通して色々語り合った。やりとりを続けるうちに、メダカのことだけではく、お互いのことを、もっとさらけ出せるようになった。


そしてついに、さよりからピアノを聴きに来ないか?とのお誘いが来たのだ。


恭介は普段、クラシックもジャズも殆ど聴かない。ヒットチャートの常連であるJーpopの有名なアーテイストの曲を、ダウンロードしながら聴いているくらいだ。


ホテルの高級なレストランということで、恭介は普段以上に入念に身だしなみをチェックし、最後には鏡の前でニヤリとにやけ、革靴を履いていよいよ出発。



ホテルのある場所は、JR京葉線の海浜幕張駅の近く。


大きなビルがたくさん立ち並ぶ通りに、さよりが話していたホテルがあった。


時折吹き付ける海風のせいか、恭介が住んでいる内陸の西東京市に比べると、肌寒く感じる。


それでも、ホテルの中に入ると、外国人やセレブ風の宿泊客でごったがえすエントランスを見て、それだけで気持ちが高揚してきた。


レストラン「アヴァンセ」は、ホテル1階の奥にあった。


モノトーン風の渋い内装と、ちょっと薄暗い照明の中、シャンデリアが灯り、ジャズのBGMが流れ、各テーブルには真っ赤なテーブルクロスと、ディナー用の白いクロスがセットされていた。


恭介はそのうちの1つのテーブルに座った。他のテーブルはみんなカップルや夫婦。ひとりぼっちは、恭介だけのようである。


緊張感と、場違い感、アウェー感を感じながら、ウエイターに注文を伝えた。


ウエイターが持参したメニュー表を見ると、一番安いシチューセットでも2,000円。その他は大体3,000円絡まりで、5,000円という破格のメニューも有る。


恭介は・・自分の給料や生活費のことを考えると、一番安いシチューセットを頼むのがやっとであった。



やがて、エントランスからピアニストが登場。


薄紫の、背中の開いた膝丈のワンピースを着て、髪をアップし、可愛らしいコサージュを付けた瀟洒な女性がピアノの前に座った。


間違いなく、それはさよりだった。


先日、恭介の部屋に来たさよりとは、全く雰囲気が違っていた。


さよりは、細い指をゆるやかに、そして自由自在に動かし、軽快な音色を響かせた。


曲名は分からないが、クラシックではなく、ジャズなんだなあ・・っていうのは、恭介にもなんとなく理解できた。


テーブルに置かれたシチューを食べながら、恭介はさよりの横顔を見つめた。


一心不乱に譜面を見つめ、鍵盤の上で指を動かすさより。


それは、先日恭介の部屋でメダカを眺めていたときと、同じような表情に見えた。


やがて演奏を終え、拍手の中、さよりは退場した。


恭介は、さよりの姿を追いかけた。


「さよりさん」


「・・恭介さん!来てくれたの?」


「うん。千葉までちょっと遠かったけど、一度、演奏が聴きたくなって。」


「嬉しい・・でも、私、下手でしょ?私。恭介さんに見に来てって言ったけれど、果たして人に聴かせられるほど上手なのかなあって、あとで後悔しちゃって。」


「ううん、すごく上手だよ。音色も綺麗だし、一生懸命弾いてる姿がカッコ良かったし。」


「ははは・・私、なんだか思いつめた顔して弾いてるでしょ?悪い癖なんだよねえ。」


さよりは顔をしかめたが、ちょっぴり照れ笑いしているようにも見えた。


「まだ、食べてるの?お口のまわり、ソースみたいのが付いてるわよ。」


さよりは、恭介の口を指さした。


「あ、あはは・・・まだ食べてる途中だった」


恭介は注文したシチューセットを食べかけのまま、さよりを追いかけたので、口の周りについたシチューの汁を拭かないままであった。


「私も恭介さんのテーブルに行っていい?喉乾いたから、ワインでも飲もうか?」


「あ、ああ・・じゃあ、飲もうか。」


恭介はちょっとたじろぎながらも、さよりと一緒にテーブルに戻った。


注文したグラスワインで乾杯し、ワインを飲み干すと、恭介は少しだけリラックスした気分になった。


「美味しいワインだね。さよりさんはワイン、好きなの?」


「うん、大好きだよ。家でもワイン飲んでるし。恭介さんは?」


「俺は・・ビールかな?いつも仕事から帰ると、缶ビールを空けながら、メダカを眺めているし。」


「私は、ワイン飲みながら、メダカちゃんたちを眺めること・・それが一番の癒やしタイムかな?」


そういうと、さよりは目を閉じて、グラスを少しずつ口づけながら、ワインを飲み干した。その顔が、とてつもなく艶かしく、着ているドレスと相まって、強烈なオーラとなって恭介に伝わってきた。


「ピアノ・・上手だね。流石だよ。プロとしてもやっていけるんじゃない?」


「ううん、そこまでの気持ちはないよ。あくまで、趣味半分だから。」


「さよりさん・・俺、自分で言うのも変だけど、すごく緊張しちゃって。こういうところ、なかなか来る機会無いし。」


「私も、このバイト始めるまでは全く無縁だったよ。まだ学生の時に始めたんだけど、最初ここで演奏した時、すごく緊張しちゃった・・信じられないミスもたくさんして、お客さんに「何やってるんだよ!」って怒鳴られたこともあったよ。そのたびに悔しくって、家に帰ってから部屋で泣いてたっけ。」


「へえ・・今のさよりさんには想像もつかないな。」


「メダカちゃん達を飼い始めてからね、彼らの悠々と泳ぐ姿を見てるうちに、スーッと辛い気持ち、嫌な気持ちが消えていったの。自分らしくピアノを弾ければいいじゃん、って、良くも悪くも、開き直っちゃった。あははは。」


「メダカを飼い始めてから?」


「うん・・住んでる町の駅の近くに、アクアショップが出来てね。その入口にたくさんメダカが泳ぐ水槽があって・・私、何かに惹きつけられたみたいに、メダカに引き寄せられて、で、この子達を飼ってみたいって気持ちになったの。」


「え・・・そ、それって・・俺と・・」恭介はちょっと驚いた。


「うん、なんだか暗い内装の、変わった雰囲気のお店だったな。あ、そうそう、外装がこないだ、恭介さんの家の近くにあった店みたいな感じだったよ。」


「ええ~・・・、そ、そうなんだ。」


恭介は、無垢な表情でアクアショップについて語るさよりを見つめ、


「そのさ・・店の人って、髪、長い男の人だった?」


「ああ、そうだったわね。サーファーっぽい感じのおじさんだったな。」


「マジか・・そんな偶然が。」


恭介は、あまりの偶然のような話に驚き、さらに矢継ぎ早に質問した。


「その店って、今もさよりさんの家の近くにあるの?」


「ううん、数ヶ月前かな?「閉店します」って張り紙があって、完全に戸閉していたよ。餌が無くなったから買いに行こうとしたんだけど、突然のことで、びっくりしちゃった。」


話のとおりであれば、恭介がメダカを買ったあのアクアショップ・・先日までさよりの家の近くにあったものと、おそらく同じようである。


あのお店、そしてあの長髪の男性、一体何なのか?色々と気になることが多い。



「あ、恭介さんごめんね、これからまた演奏なんだ。まだ演奏見ていく?」


「ううん、明日は仕事だから、俺は帰るね。また見に来るよ。」


「今日はありがとう。また来てね。恭介さん・・いや、恭介くんって呼んでいい?せっかく親しくなったのに、いつまでも「さん」付けは何だか堅苦しいし。」


さよりは、そういうと、両手で恭介の手をギュッと握りしめた。


あまりにも突然のさよりの行動に、恭介は思わず身が凍りついたが、さよりは心なしか、とてもにこやかな表情をしていた。


「じゃあ俺も、さよりさんじゃなく、さより、でいいかな?」


「うん、その方が私も気楽かな。これからもよろしくね、恭介くん。」


そして、恭介の手を離すと、手を振り、ピアノへと戻っていった。


「き・・恭介くん、か・・。」


呆然とする恭介の手には、さよりの手のぬくもりがわずかに残っていた。


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