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メダカのキモチ  作者: freedomlife
10/13

第10話 ギクシャク

JR海浜幕張駅近くのホテルのレストラン。

秋の夜も更ける頃、さよりはいつものように、ピアノの演奏を始めた。

レストランでは、勤め帰りのサラリーマンやOL、外国人観光客などが入り混じり、楽しそうに酒やディナーを楽しんでいた。

ピアノで奏でられるスタンダード・ジャズナンバーの数々。

その日の雰囲気を覗いながら、さより自身が選曲し、演奏している。

この日は、ターコイズブルーの、肩を露出したオフショルダー風のワンピース。

ドレスと同じ色の可愛らしいコサージュを付け、ちょっと高めのヒールの靴を履いた。


客が徐々に席を立ち、空席が目立ち始めた頃、大きな花束を持った男が、さよりに近づいた。

男は長身でガッシリした体格をしており、日焼けした顔で、鋭く冷徹な目つきをしていた。

一歩一歩、カツカツと靴の音を鳴らし、さよりへと近づいた。


さよりが演奏を終え、立ち上がった所で、男はさよりに花束を渡した。


「お疲れ様、さより。今日も素敵だったよ。」


「え・・・、徹也くん?」


さよりは男の方を振り向いた。


「どうしたの・・こんなに大きな花束。」


「・・・・やっとシンガポールでの仕事が終わって、帰ってきたんだけど、知り合いから、さよりが、このホテルでの演奏を辞めるって聞いて。慌てて、聴きにきたんだ。」


「そうだったんだ。久しぶりだね。元気だった?」


「うん。このホテル、久しぶりに来たなあ。しかし、さよりも、ここを辞めるって、俺に連絡してくれたらいいのに。」


「・・・ごめんね。徹也くん、こちらに居たときは、しょっちゅう聴きに来てくれてたもんね。何もお知らせしなくてごめんね。」


「辞める理由って何なの?もうここで大分長く続いてたし、違う場所で演奏するから?」


さよりは、頭を横に振った。


「徹也くん・・違うんだ。私・・・結婚するんだ。」


「結婚・・え??」


「千葉を離れて、西東京に住んでる彼の所へ引っ越すんだ。ここまで通えなくはないけど、今までみたいに頻繁に演奏できなくなるし。ピアノを弾きたくて始めたこの仕事、なんだかんだで学生時代から5年続けてきたけど、これを機会に一区切り置こうと思って。」


「・・・」


徹也はしばらく考え込んだ上、口を開いた。


「さより・・忘れたのか?いつか俺のために、最高のピアノの演奏をしたいって、その日のために、ここでピアノを弾いて、俺の帰りを待ってるよって・・・」


「・・・まだ、覚えてるけど。でも・・」


「約束しただろ?俺はその言葉を胸に、遠く離れてもずっと頑張ってこれた。何でそれが・・結婚だって?いつそんなことになったんだ。ふざけるなよ!」


徹也の突然の激昂に、レストランの和やかな雰囲気が一気に凍りついた。

徹也は花束をたたきつけるようにピアノの上に置くと、さよりを睨みつけ、やがて、さよりの肩に手を置いた。

「俺とさよりは、学生のときからずっと一緒だったよな?俺と一緒に居る時、俺と一緒に話をしてる時が一番楽しいって言ってたよな?このレストランでピアノを弾きながら、いつかは俺のために、最高の演奏をしたいって、言ってたよな?」


「・・・・ごめんね。徹也くん、本当に、ごめんね。」


ひたすら激昂する徹也と、ひたすら頭を下げ、泣きじゃくるさより。

突然の事態に客が戸惑う中、不穏な空気を察した何人かのホテル関係者がレストランに入ってきて、


「お客様、まだ演奏中ですので・・恐縮ですが、お引取り下さいませ。」と言うと、徹也からさよりを引き離した。


「ったく、どいつもこいつも。さより、俺は今日はこれで帰る。けどな、相手の男はどんなヤツだか知らないけど、俺は今、すごく裏切られた気分だ。正直言うと、そいつをぶっ飛ばしてやりたいよ。」


「やめて、それだけはやめて!私が・・私が彼を好きになったんだから。」


「俺はいつまでも、待ってるからな!じゃあな!」


徹也はさよりの悲痛な叫びを聞く間もなく、足早にレストランから去っていった。


真っ青な秋空が広がった日曜日、さよりと恭介は、都内の結婚式場で、式に着るドレスやタキシードを選んでいた。

いつもなら、楽しく、時には冗談を言いながら、恭介と結婚式の準備をしてきた。

しかし、さよりはイマイチ、気分が乗らない。

恭介に問いかけられても、無表情のまま、黙々とドレスを選んでいた。

恭介は、そんなさよりの浮かない様子に気づき、


「どうしたの、さより・・気分でも、悪いのか?」


「ううん。違う。大丈夫よ。」


「でもさ、いつもはもっと、元気だよね?」


「ううん、いつも、こんなものよ。」


「いや・・違う、元気が無いよ。表情も、言葉も。」


「気のせいじゃない?様子がおかしいのは、恭介くんの方だよ。」


「お、俺が?何でだよ、いつもと同じだよ、ご覧の通り。」


何かがおかしい、こんなに無表情で、時々突っかかってくる感じのさよりは、見たことがない。


「今日はもういいや、さよりも、そして俺も、お互い疲れてるし、また今度改めて衣装を選びに来ようか。」


「・・・うん。」


さよりは立ち上がり、バッグを抱えて真っ先に式場を出ていった。

その後を追いかけるように、恭介も足場に会場を去った。


式場近くのカフェで、二人はコーヒーを飲んだ。

しかし、時折恭介が話しかける以外、お互い会話は殆どなく、沈黙が続いた。


「何だよ、さより・・一体どうしたんだ?あまり聞いちゃまずいのかもしれないけど、今日は本当に、何だか変だぞ。」


「だから、いつもと同じだよ。いつもこんな感じよ。」


「違うよ!いつもならメダカの話で盛り上がるだろ?今日はそんな話題は何一つ出ないし。メダカのこと・・気にならないのか?」


「それは気になるよ・・でも。」


「でも?」


「いつもと同じく、変わらず元気なんだろうなあって思うから、聞くまでも無いと思って、話に出さなかったの。いつもメダカちゃん達のことを話さないといけないの?」


「まあ、元気だけど・・。」


「でしょ?だったら話題にしなくていいじゃん。」


そう言うと、さよりは、黙々とコーヒーを飲み干した。

冷めたような目つきで、そして、真正面から恭介を見ようとせず、視線が合いそうになると、意図的にそらそうとしていた。


「さより・・悪いけど、俺、今日は帰るね。」


「え?」


「何というか、今日は俺とは、話をしたくないのかなって思って。」


「そ、そんなことは無いけど。」


「目をそらして言われても・・正直俺・・気持ちが辛くて。だから、悪いけど、帰るね。」


そう言うと、恭介はレシートを持って会計へ歩いていった。


「恭介くん、待って・・!」


さよりはそう言いかけたが、途中で言葉が止まった。

その後、恭介は会計を済ますと、何も言わず、店を出て行った。


恭介は家に帰ると、LINEを通してさよりにメダカの写真を送ろうと、水槽を覗いた。

ジョリーとたえ子の間に生まれた子どもが成長したので、水槽を買い替え、サイズをより大きくし、バケツで育てていた子ども達と親2匹を一緒に移し替えた。

今は親子合わせて、11匹のメダカ達が水槽の中で暮らしている。


いつもは親子仲睦まじく、喧嘩したり餌の奪い合いをすることも少ないのだが、今日は、いつものメダカ達と様子が違う、と感じた。

ジョリーが来てから活発に動いていたたえ子が、以前のようにずっと底の方でじっとしているのだ。

そして、ジョリーが餌を次々と奪い取るようについばみ、他のメダカ達が餌を取ろうとすると、猛スピードで追いかけて来る有様であった。

ジョリーとたえ子は一緒に泳ぐ姿もなく、互いに離れたところで泳いでいた。

しばらく平穏だったメダカの水槽の中は、何やら不穏な空気が漂いはじめていた。


一体・・何が起きているのか?メダカ達に、そして、さよりに・・・。


翌日、恭介のスマートフォンから着信バイブが鳴った。

早速着信を調べてみると、さよりからの電話だった。

さよりが昨日見せたそっけない態度が引っかかっていた恭介は、一体何を言いたいのか?まさか、最悪の事態が?・・と思い、緊張しながらさよりに電話をかけた。


「恭介だよ。俺に電話した?」


「うん。昨日はごめん、少し取り乱してしまって・・」


「どうしたの?体調が悪いのか?それとも、気分が乗らないのか?」


「・・・結婚についてだけどさ。ちょっと立ち止まって、考えてみたいの。恭介くんには悪いんだけど、時間がほしいの。」


「え?どういうこと?ついこないだまで、結婚式をとても楽しみにしてたのに。」


「とにかく、今は考える時間がほしいの。ごめん。。」


「何があったんだ?何か思い悩むことがあったの?それは、俺には言えないことなの?」


「・・・ううん、言うよ。ただ・・怒らないで、聞いてくれるなら、言うよ。」


「怒らない?何で?俺が怒る?黙っていた方がお互い気まずくなって、イライラすると思う。だから、気にしないで、言ってほしい。」


しばらく静寂が流れた後、さよりが口を開いた。


「私、恭介くんに出会う前に、付き合ってた人がいたの。学生の時、同じサークルの先輩後輩で、お互い好きになって、社会人になっても、ずっと付き合ってた。2年前にその人が海外勤務になって、その後全く音沙汰が無くなったから、私達、もう別れたと思ってた。でも・・。」


「でも?」


「彼が先日帰ってきて。で、私のことを諦めてなかったの。まだ好きだって。」


「そう・・なんだ。」


「私、メダカちゃん達を通して恭介くんに出会って、結婚を決意したけれど・・心のどこかで、まだ彼のことを忘れていなかったみたい。」


「そうか・・・・・そうなんだ。」

恭介は、横を向きながらも、さよりからの言葉を確かめ、返事をした。


「ごめんね・・本当にごめん。今の気持ちのままじゃあ、結婚してもうまくいかないって思って。だから・・少し、立ち止まって考える時間が欲しいんだ。」


受話器の向こうで、すすり泣きながら、さよりは話を続けた。

しばらく恭介は考え込んだ。そして、優しい声で、さよりに語った。


「いいよ。待つよ。」


「い・・・良いの?」


「待った結果、さよりがどういう答えを出すのか、正直怖いけどさ。ひょっとしたら、これでもうお別れになるかもしれない。でも、さより、俺に言ったじゃん。嘘つくヤツは嫌いだって。だからさ・・自分の気持ちに嘘のない答えを、じっくり時間をかけて探してほしい。」


「恭介くん・・」


「ゆっくり悩んで、自分の素直な気持ちに従って欲しい。嘘を付いて付き合っても、お互い気まずくなるだけだし。」


「ごめんね・・本当に、本当にゴメンね。」


そういうと、さよりは電話を切った。

恭介は、電話を切ると、思わず髪をかきむしった。


何で・・何でもっと強気に出なかったのか?何で引き止めなかったのか・・?


恭介にとって最初の彼女だったさより。あと少しで、無事結婚できたのに・・。

先日の結納では、両親が半信半疑ながらも、2人の結婚を心から喜んでいた。

さよりの返事次第では、そんな両親の期待を裏切ることになってしまうかもしれない。

そして、何より、さよりと一緒に、メダカを観察しながら楽しく会話する日々が終わってしまうかもしれない。

正直、心苦しいが、でも、今としてはこれで良いのかな?と感じている。

お互い本当の気持ちを隠しながら、無理に付き合っても、破綻するのは目に見えている。その時は、もっと酷い状況の中で別れなければならない。


恭介の部屋には、さよりの私物が何個か残っていたが、片付けず、そっと押入れにしまいこんだ。

ほんの僅かではあるが、さよりが再びこの部屋に戻ってくる、という根拠のない確信があり、それがなくなるまでは、捨てる気持ちにはなれなかった。


水槽では、ジョリーが相変わらず餌を片っ端から奪い取り、子どもたちとたえ子は、水槽の底で何かに耐えるかのように動かなかった。


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