11 にらみ合い
水蓮と鬼はにらみ合いとなった。
鬼は水蓮との戦いに集中したのだろう、鬼が呼び寄せた雲は風に流され、空は晴れ始めた。ポポはその隙に、楓とともにいったん戦いの場を離れた。
「ポポロリカバリー!」
ポポが叫ぶと、その手から緑色の光が放たれた。その光が楓を包むと、楓の全身に走る激痛が少しずつ和らいでいった。
「どうだ?」
「うん……なんとか……」
楓はやっとのことで立ち上がった。鬼の攻撃を受け、あちこちの骨にヒビが入ったが、ポポの力で治してもらった。しかし消耗した体力は回復しておらず、楓はおぼつかない足取りだった。
「ホントは体力も回復させてやりてえけど……すまねえ、オイラももう限界に近いんだ」
「水蓮さんと鬼……どうしたの?」
楓は木の陰から水蓮と鬼の様子を見た。さきほどから二人はにらみ合ったまま動こうとしない。ときどき鬼が思い出したかのように鈴を鳴らすが、それ以上の動きはない。
「鬼のやつ、水蓮の力を計りかねて様子を探ってるんだ。水蓮も鬼の力はわかっているから、うかつに飛びこめねえ」
「ポポ。私の体を使ってもう一度鬼と……」
「だめだ」
ポポは楓の言葉をさえぎり、首を振った。
「楓の体はもう限界だ。これ以上やれば、楓の体はボロボロになっちまう」
「でも……」
「いいか、楓」
ポポは手を伸ばし、ある一点を指差した。
「あそこに打出の小槌が落ちている。あれで鬼の体の中から、神の卵を追い出すんだ。打出の小槌ならできるはずだ」
「私が?」
「打出の小槌はもともと鬼の秘宝だ。オーラを出している今のオイラじゃ、小人族の力が反発して触ることもできねえ」
ポポは楓を見上げた。
「神の卵を取り込んだままの鬼に、水蓮が勝てるとは思えねえ。だから、何としても鬼から神の卵を追い出す」
打出の小槌までの距離はそれほどでもない。いつもの楓なら、あっというまに駆け抜けてしまう距離だ。
だが、打出の小槌と鬼の間には、遮るものは何もなかった。打出の小槌を拾うためには、どうしても鬼の視界に入らなければならず、しかも鬼の攻撃をさえぎるものはない。
「オイラが楓を鬼から守る。できるか?」
立っているのがやっとの今、たどり着くまでにどれだけ時間がかかるかわからない。
失敗すれば命はない。しかし、今それができるのは、楓だけ。
「うん……できる。私、やるよ」
楓は、ポポの視線にうなずいた。
しかし、うなずいた途端、楓の体は震え出した。
(しっかりして、楓!)
楓はこみ上げてくる恐怖に、歯を食いしばって耐えた。
(神の卵さえ追い出せば、水蓮さんがなんとかしてくれる。これは、私にしかできないことなんだから)
「よし」
ポポは、楓が体を震わせたのに気づかないふりをした。一か八かのバクチだが、やるしかないのだ。
「ギリギリまで近づく。オイラが合図したら、行くぞ」
「うん」
春の陽射しが周囲を照らした。積もった雪は太陽の光を浴びて溶け、小さな川となって、ふもとへと流れ始めた。
水蓮のくるぶしまで積もっていた雪がすべて溶けても、鬼と水蓮はにらみ合ったまま動かなかった。鬼は一定の間隔で鈴を鳴らし、水蓮はそれに対して琵琶を鳴らす。
何度もそれを繰り返したのち、鬼が笑った。
「そういうことか」
リィィーン。
ひときわ大きな鈴の音が鳴り響いた。音と同時に衝撃波が押し寄せる。水蓮は吹き飛ばされぬよう踏ん張ると、琵琶をかき鳴らし鈴の音に対抗した。
鈴の音は、容易にはうち消せなかった。水蓮は、鈴の音の衝撃波に吹き飛ばされぬよう踏ん張りつつ、何度も琵琶を鳴らし、やっとのことで鈴の音を打ち消した。
「そう、お前の動きを止めればよい」
鬼はさらに鈴を鳴らした。
「お前は言ったな。お前の歌は天を泣かせ、お前の舞いは大地を震わせると。お前は琵琶の音で私を攻撃すると見せかけて、琵琶に合わせて舞っていた」
「あら、バレたのね」
衝撃波が再び水蓮を襲う。吹き飛ばされそうになり、水蓮はさらに姿勢を低くして踏ん張った。これだけの衝撃波ではうかつに舞うことはできない。不用意に跳んだところで衝撃波をくらえば、どこまで吹き飛ばされるかわからない。
「今にして思えば、お前は琵琶を弾くときは、必ず舞うような仕草をしていたな。意識していたようには見えぬが。そう、琵琶の音自体に鬼を倒す力などない、無意識の舞いが琵琶の音に力を与えていた。違うかね?」
なんてやつだろう、と水蓮は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。一度始まった戦いの中で流れを修正し反撃に出るなど、そう簡単にできることではない。それを鬼はやってのけた上、わずかな時間で水蓮の力を正確に見抜いたのだ。
「さて、舞の秘密は解いた。歌ってみよ。それをしのげば私の勝ちだ」
「それしかないようね」
そうは答えたものの、水蓮はなかなか歌おうとはしなかった。
こちらの世界に来てからこれまで、水蓮は歌ったことがない。一度だけ小人族に無理矢理歌わされたことがあるが、そのあまりのひどさにオンチという汚名を受けてしまった。だが、水蓮はオンチではない。無意識のうちに刻まれた安全装置が働いて、わざと下手くそに歌ったのだ。
水蓮が歌えば、天が泣く。
森羅万象がどよめき、巨大な力となる。
それゆえ、水蓮はうかつに歌えない。うかつに歌えば何もかもが滅茶苦茶になり、世界すら滅ぼしかねなかった。
その歌の力を制御するのが舞いの力だ。しかし、神の卵を得た鬼を倒すほどの力を制御するには、全身を使って舞わなければならない。そのとき水蓮は無防備となる。鬼に攻撃されればひとたまりもないだろう。
(ポポ……楓?)
木の陰に隠れて様子をうかがっている、ポポと楓が目に入った。何かをする気だとわかった。水蓮が楓の視線の先を追うと、そこには打出の小槌が落ちていた。
(なるほどね)
水蓮の腹は決まった。鬼は手加減して勝てる相手ではない。それは、四年前にわかっていたことではないか。
「頼むわよ、ポポ、楓」
水蓮は大きく息を吸った。
そして、優しく琵琶をかき鳴らし、歌い始めた。
「ふるえゆらゆらゆらゆらと……」
久々の歌だ、水蓮は声の調子を合わせるため、まずは琵琶を弾き、それに合わせて声を出した。
とたんに鬼の力が押し戻され始めた。鬼はすべての力を鈴にこめ、激しく鈴を鳴らした。
水蓮の歌声と鬼の鈴が激突し、森羅万象がどよめき始めた。




