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小人族御伽草子 橘姫と神の卵  作者: おかやす
第四章 天の歌、地の舞
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10 対峙

 「貴様!」

 「はあい、お久しぶり」


 風は水蓮だった。水蓮は鬼に向かってにこやかに手を振ると、優雅な動作で琵琶を軽くかき鳴らした。

 それは、何と表現してよいかわからない、美しい音だった。

 琵琶の音は、ポポを押し潰そうとしていた鬼の力を打ち消した。さらに水蓮が琵琶を弾くと、今度は小人族の力でも霊力でもない不思議な力となって、鬼に襲いかかった。


 「ぬうっ……」


 鬼は鈴を鳴らして琵琶の音に対抗した。不気味に澄んだ鈴の音と、えもいわれぬ美しい琵琶の音が、ぶつかり合い、打ち消し合って消滅した。


 「女……そうか、まだお前がいたな」

 「あら、こんないい女を忘れるなんて、ひどい男ね」

 「相変わらず人を食った女だな」

 「そういうあなたも、相変わらず歪んだ笑顔ねえ。まあ、千年も恨み節で生きてきたのなら、仕方ないでしょうけどね」


 水蓮が肩をすくめ、鬼が笑う。


 「バカ面で笑っているお前よりはマシだと思うがな」

 「人生って、バカの方が楽しいのよ。あなたもたまにはバカになってみたら?」

 「くだらん」

 「あらあら、あなたとは一生、分かり合えなさそうね」

 「けっこうなことだ」


 水蓮は琵琶を構え、鬼の攻撃に備えた。


 「ポポ、まだやれるでしょうね」

 「あ、あったりめえでい! 小人族第二の英雄を、みくびるんじゃねえ!」

 「じゃ、打出の小槌、頼んだわよ」


 打出の小槌を頂点に、水蓮と鬼は正三角形を形作っていた。ポポと楓はその三角形のはるか外側にいる。


 「女。いまさら打出の小槌を手にしたところで、私を倒せると思うのか」

 「あら、あなたは私が倒すのよ」


 水蓮は艶やかに笑った。


 「打出の小槌は、あなたを倒した後で使うの。神の卵を、天に返すのにね」

 「ほう、私を倒せるというのか」


 水蓮と鬼が同時に動いた。琵琶の音と鈴の音が激しくぶつかり、打ち消し合った。


 「それで、お前はどうやって私を倒すつもりだ?」

 「私の歌と舞いで」

 「歌と……舞い?」

 「私の歌は天を泣かせ、私の舞いは大地を震わせる。いくら神の卵でも、森羅万象の力には勝てないわ」

 「たわごとを」


 鬼は愉快そうに笑った。


 「お前ごときの歌と舞いで、森羅万象が動くというのか」


 水蓮は無言で琵琶を弾いた。

 すると雪に覆われた森がうごめき、大地が揺れた。四方八方から鬼に向かって亀裂が走る。鬼は舌打ちすると宙へ飛び、亀裂から逃れた。


 「なるほどな」


 鬼は余裕に満ちた表情を浮かべようとして、失敗した。

 確かに、大地は水蓮の琵琶に反応した。それに、これまで無敵を誇った鈴の音が、水蓮の琵琶に打ち消されてしまうのも事実だった。


 「私の歌と舞い、あなたの鎮魂歌にしてあげるわ」

 「ぬかせ」


 鬼の鈴が鳴った。水蓮もすかさず琵琶をかき鳴らした。

 二つの音は全くの互角だった。

 鬼は舌打ちすると、疾風となって水蓮に飛びかかった。しかしそれを予想していた水蓮は、軽やかな足取りで地面を蹴り、鬼の攻撃をひらりとかわした。


 「ぬうっ!」


 いきなり地面がくぼんだ。鬼は足を取られ姿勢を崩した。そこへ水蓮の蹴りが襲いかかる。鬼は紙一重で蹴りをかわすと、水蓮の足を払った。


 「あん」


 足を払われたものの、水蓮は転ぶどころか、蝶のように舞って見事に着地した。着地と同時に琵琶の音が響き、鬼を包んだ。鬼は急いで鈴を鳴らし、琵琶の音を打ち消した。

 また地面が動いた。鬼の周囲に深い亀裂が走り、鬼は思い切り地面を蹴ってその場を離れた。水蓮は琵琶の音とともに、鬼を追う。

 鬼は立て続けに鈴を振った。

 鈴の音は、衝撃波となって周囲をなぎ払った。鬼に向かって走り出していた水蓮は、慌てて琵琶を鳴らした。しかし鈴の音を消しきれず、衝撃波をくらってしまう。

 だが水蓮は見事な身のこなしで姿勢を立て直し、着地はぴたりと決めた。

 次の攻撃を予想していた水蓮だが、鬼は動かなかった。鬼は鈴を持ったまま、離れた場所で水蓮を見つめていた。


 「あら、もうおしまい?」

 「そう急くな」


 鬼は笑った。


 「昔のこと思い出したのだよ。そう、禅高といったな。……おや、知っているのかね?」


 禅高の名に反応した水蓮を見て、鬼は首を傾げた。


 あの人はあなたを倒す方法を探しに、私がいた世界に来た。

 私はあの人を愛し、あの人の願いをかなえるためにこの世界に来た。


 鬼が水蓮の心を視ると、そんな思いが視えた。


 「……そういうことか」


 鬼は全てを悟った。

 この世界にはない、鬼を倒す力。

 それを求めて別の世界に行った禅高。それを悟られぬため、長い年月をかけて禅高の痕跡を消し、鬼が禅高を忘れるよう仕向けた一寸法師。橘一族も神の卵も、鬼の目をそらすためのオトリでしかなかった。一寸法師の目的は、最初からここにあったのだ。


 「まんまとだまされたわけか。一寸法師め、どこまでもこしゃくな奴よ」


 しかし鬼に動じた様子はなかった。


 「まあよい。これで一寸法師が打った手は、打ち止めのようだからな」

 「それで、昔の何を思い出したの?」

 「なに、あの男は混乱に乗じて一気に本陣深くに攻め入り、御大将を討ち取った。そのことをな」


 リン、と鬼の鈴が軽く鳴った。水蓮は琵琶を鳴らそうとしたが、鳴らすまでもなく鈴の音は消えた。


 「我らは混乱を収めきれず、御大将を守りきれなかった。戦いには流れがある。どんなに強い力でも、流れに逆らって振るえば、それは自らに跳ね返ってくる」


 鬼は少しずつ鈴の音を大きくした。鈴の音が大きくなるにつれ、水蓮は琵琶を鳴らして対抗した。しかし鬼の鈴は、攻撃というよりは水蓮の力を探っているような感じだった。


 「そして、私の不用意な攻撃が、御大将を死なせる結果となった」

 「……そうみたいね」

 「今、流れはお前にある。逆上して力を振るえば、力は私に返ってくるだろう。あのときと同じように」


 (やりにくい相手ね)


 水蓮は鬼に気づかれないようため息をもらした。知将と呼ばれた一寸法師をして、天才と言わせた鬼、鈴丸。やはり、一筋縄でいく相手ではなかった。


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