4 一寸法師
「水蓮、こんなところで寝てるんじゃねえよ! 探したじゃねえか!」
「ん……ポポ?」
「さっさと起きろよ、このバカ!」
ポポは、眠たそうにまぶたをこすっている水蓮を見てさらに怒鳴った。寝起きにいきなりバカ呼ばわりされて、水蓮は不機嫌そうに大あくびをした。
「なによお。寝ていい、て言ったの、ポポじゃない。ふあ、ねむ……」
「しゃきっとしてくれ! 楓がいなくなったんだよ!」
ポポの言葉に、水蓮の眠気が吹き飛んだ。水蓮は慌てて起きあがると、ポポをかっさらうように拾い上げ、領主の館を出た。
「あなたが寝ている間にトイレに行った、なんてオチはないでしょうね!」
「めぼしいところはあらかた探したよ!」
外に出て、水蓮は驚いた。身を切るような寒さが体を包み、足は、さくりとした音とともに、冷たいものの中に埋まった。
「……雪?」
ほんの少し外にいるだけで、雪は水蓮を白く染め上げた。水蓮は身震いし、雪を払った。
「水蓮! ぼーっとしてるんじゃねえ!」
「わかってるわよ! ポポ、足跡よ! 足跡を探して!」
ポポの話では、雪が降り始めたのは水蓮が眠った少し後からだという。ポポが夜明け前に様子を見に行ったときには、楓はまだ部屋にいたそうだ。ならばどこかに、楓の足跡が残っているはずだった。
果たして、あった。
窓から屋根に登ったか、楓の足跡は橘姫の屋敷の屋根を伝い、屋敷の裏にある大きな橘の木へ続いていた。さらにその根元から東へ向かって、楓の足跡は伸びていた。
「足跡が消えかかってる。出てからだいぶ経ってるぜ!」
「どこに行ったのかしら」
「マズイ、マズイぜ水蓮! 楓は橘一族最後の生き残りだ。鬼が見逃すはずがねえ!」
「そうね、急ぎましょう!」
◇ ◇ ◇
屋敷を抜け出した楓は、ただひたすらに東を目指した。町を抜け、東門をくぐり、町の東側に流れる川を渡る。途中から雪がひどくなってきたが、楓は立ち止まろうとはしなかった。
町から歩いて半日の距離に、薬草が豊富な丘がある。そのふもとには池があり、池のほとりにはずっと昔から小さな社があった。
楓は社の裏側へ回り、そこから頂上へと伸びる細い道を上り始めた。
道は急な坂道だった。楓は何度も雪で足を滑らせながら、歯を食いしばって上り続けた。
雪は、ますますひどくなっていた。
ようやくのことで細い山道を登りきると、楓は立ち止まって振り返った。降り続ける雪が視界を遮り、ふもとは見えなかった。
「来てる……」
楓は、追ってくる鬼の気配を感じた。急ぐでもなく、悠然とした歩調で、一歩一歩山を登ってくる。
楓は再び頂上を目指して歩き始めた。そこから頂上までは、広くなだらかな坂だった。
「……あった」
楓は、頂上にあった、苔むした巨大な岩の前で立ち止まった。それは、打出の小槌を鬼から守るため、一寸法師が作った秘殿だった。
楓は岩に近づくと、深呼吸とともに岩に手を当てた。
ブウン、と低い音が響き、楓が手を当てたところを中心に、人が通れるほどの穴が開いた。穴の中をのぞくと、奥へ続く通路がある。楓が足を踏み入れると、まるで楓を導くように壁のたいまつが灯った。
楓が、たいまつの導きのままに進むと、やがて開けた場所に出た。
岩の中をくりぬいたようで、天井は高くがらんとしている。磨いた石を敷き詰めた円い空間の中心に、祭壇らしきものがあった。祭壇には無数のろうそくが立ててあり、そのうち二本にだけ火がつけられていた。
楓は祭壇に向かって歩き出し、数歩進んで立ち止まった。
祭壇の前に人影が見えた。人影は楓に気づくとわずかに身じろぎした。すると火がついていなかったろうそくが燃え始め、周囲を明るく照らし出した。
人影は老人だった。
その老人を見て、楓はあっと声を上げた。白い着物に紺の袴、そして赤いちゃんちゃんこ。すっかり年老いやせ細っていたが、思慮深そうな輝きを放つ目は若い頃のままだった。
「一寸……法師様?」
『いかにも』
一寸法師の声は、楓の頭に直接語りかけてきた。楓は次の言葉を探して戸惑った。一体何から話せばよいか、わからなかった。
『我が血を引く者よ。ここへ来たということは、神の卵は鬼に奪われたのだね?』
「はい……」
『わかった。こちらへ来なさい』
楓は一寸法師に歩み寄った。
『すまぬな。千年の時を越えるため、ほとんどの力を使い果たした。私の体は、死体も同然だ』
「一寸法師様。私……私……」
『わかっておる』
一寸法師の手が動いた。ひからびた一寸法師の手が楓の手に触れ、そこから温かい力が流れ込んできた。
『鬼は本来神。その力はこの世界を作った神の力だ。この世界に生きる、人の力では倒すことはできぬだろう』
「倒せ……ない?」
『そう落胆するでない。この世界に生きる我々には無理でも、別の世界には鬼を倒す方法があるかもしれぬ。それを探すため、私の親友は、打出の小槌の力で別の世界へ行った』
一寸法師は、楓に一つの光景を見せた。
それは、禅高が死ぬ場面だった。
鬼を倒す方法はないと言う一寸法師に、禅高は別の世界にならあるかもしれないと言った。
「法師、打出の小槌で、俺を別の世界に生まれ変わらせてくれ」
「おぬし正気か? 別の世界など、あるかどうかもわからぬのだぞ!」
「わからないからやるんじゃねえか」
禅高は一寸法師に、打出の小槌で自分を別の世界に生まれ変わらせるよう頼んだ。一寸法師は拒否したが、結局は禅高に押し切られた。
「このことは誰にも言うな。あいつのことだ、知れば俺が戻ってこられない方法を考えつくかもしれねえ」
「鈴丸か……」
一寸法師は禅高の言葉を否定できなかった。
鈴丸。
あの鈴を使う若い鬼は、間違いなく天才だった。一寸法師が鈴丸を退けられたのは、ひとえに鈴丸の若さゆえの未熟さに尽きる。年を経て成熟すれば、次元を越え別の世界に干渉することもやってのけるかも知れない。それほどの驚異だった。
「鬼の力が通じない、お前の心にだけ止めろ。姫にも言うな。俺の子にも言うな。そして俺の痕跡をこの世界から消せ。鈴丸に、俺のことを忘れさせるんだ」
「わかった」
一寸法師は断腸の思いで、親友の最後の願いを聞き届けた。
「必ず、必ず鬼を倒す方法を見つけてくる。後は……頼んだぞ」
……一寸法師の手が離れた。
『それから私は、あらゆる手段を使って禅高の伝承を消した。橘一族に伝わる一族の由来、小人族に伝わる英雄伝説。その他、私と禅高が登場するすべての物語から』
唯一の例外が橘姫の記憶だった。あまりに強すぎる禅高への思いゆえに、橘姫の記憶は一寸法師ですら手が出せなかった。
『姫の記憶から禅高を消せば、記憶自体が壊れてしまいかねなかった。だから私は、夢という形でだけ見られるようにした。夢は、意識せぬ限り忘れてしまうからな』
「でも私、夢の内容を覚えてましたけど……」
『それはお前が、結界を解く役目を持って生まれたからだ。役目を持って生まれた者だけは、忘れずにいられるようにしてある』
不意に、楓は悪寒を感じて体を震えさせた。
「一寸法師様!」
『むう……ここに気づいたか』
一寸法師の声が、怒りに満ちたものになった。
『よく聞きなさい。この岩は小人族の力で守られている。よって、この中で打出の小槌を使うことはできぬ。小人族の力と打出の小槌の力が打ち消し合ってしまうからな』
ミシリ、と岩がきしむ音が響いた。
『私が鬼を引きつける。その隙に結界を出て、打出の小槌を振れ。小槌の力で、鬼を倒す方法をここへ呼び寄せるのだ。禅高は必ずその方法を見つけ、この世界に送り届けているはずだ』
「はい」
『それから……打出の小槌はあと三つの願いしか叶えられぬ。その三つで、鬼を倒し、神の卵を天に返せ。よいな、三つだぞ』
一寸法師の言葉が終わると同時に、打出の小槌を守る秘殿が粉々に砕け散った。




