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小人族御伽草子 橘姫と神の卵  作者: おかやす
第四章 天の歌、地の舞
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3 過去〜一寸法師の遺言

 寒さに身を震わせながら、楓は目を覚ました。


 「寝ちゃったんだ……」


 楓は泣き過ぎで真っ赤に腫れた目をこすると、頭から毛布をかぶった。

 いつも春の日溜まりのようなぬくもりに満ちていた姉の部屋が、今は氷室のように寒かった。主がいないだけでこんなにも違うのかと考え、楓はまた涙を流した。

 楓は自分を責めた。

 自分さえ七日以内に帰っていたら、町は滅びなかった。自分さえ神の卵を奪われなければ、姉が死ぬこともなかった。自分さえしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。

 楓は自分を責めながらまた眠った。すると「橘の証」が動き出し、橘姫の最後の記憶を夢に見せた。


   ◇   ◇   ◇


 あっというまのことだった。

 鬼との激戦を勝ち抜き、この国に平和をもたらした禅高は、鬼との戦いで受けた傷が元で死んでしまった。鬼の力を浄化する術を完成させるため、北の山へ行っていた橘姫は、禅高危篤の報を受け急いで帰ってきた。

 だが、禅高の死に目に遭うことはできなかった。


 「もう、あなたには守ってもらえないのね」


 橘姫は冷たくなった禅高の手を取り、涙を流した。

 一緒にいることが当たり前になっていた禅高がもういない。橘姫は悲しみと虚脱感に包まれた。しかしそれに浸っていることは許されなかった。戦いの後始末、町の復興、そして千年後に予想される鬼との決戦への備え。やらねばならぬことは山ほどあり、そこから逃げることは、橘姫には許されなかった。

 橘姫は決意した。千年に及ぶ鬼の戦いをやりぬくには力が必要だった。それも鬼に対抗できるだけの、強い力が必要だった。橘姫には強い霊力があるが、これだけでは心許ない。もっと強い力をもつ者の血を、一族に入れる必要があった。


 「法師、あなたの人生、この私に捧げてくれますか?」


 禅高を見送った後、橘姫は一寸法師に問うた。一寸法師は迷うことなくうなずいた。


 「よろこんで」

 「ならば法師、打出の小槌の力で人となり、わが夫となりなさい。そして千年後のために、その血を残しなさい」


 橘姫は一寸法師との間に三人の子をもうけ、そのうち二人は禅高の子を伴侶に迎えた。

 時が過ぎ、まもなく還暦を迎えるという春の終わりに、橘姫はその生涯を閉じた。


 「私は、打出の小槌とともに、千年の時を越えることにする」


 いまわの際に、一寸法師は橘姫にそう告げた。橘姫は驚かなかった。薄々一寸法師が何かを隠していることは感づいていた。妻たる橘姫にも教えられぬ何かを成すために、一寸法師は時を越える決意をしたのだ。


 「後は頼みます……あなた」


 その言葉を最後に、橘姫は一生を終えた。記憶はそこで終わりだった。しかし「橘の証」はまだ動き続けていた。


 「何が起こったか。それを千年の間正しく伝えるため、私は死んだ橘姫の記憶を、「橘の証」として代々引き継ぐよう術をかけた」


 「橘の証」の最後に刻まれた、一寸法師の声が語りかけてきた。


 「神の卵は天に返せ。決して鬼に渡すな。決して我が物としようとするな。あれはこの世にあってはならぬものだ。しかし、もし神の卵が鬼に奪われたのならば、私の元へ来るがよい。打出の小槌とともに、最後の希望を伝えよう」


   ◇   ◇   ◇


 楓はゆっくりと目を開いた。


 「日出づる丘のふもと、清水湧く池のほとりの道を登れ」


 楓はどこか遠くを見る目でつぶやいた。


 「橘の力、閉ざされた門を開く。はるかなる年月を経て、我はそこで待つ」


 楓は立ち上がると、おぼつかない足取りで歩き始めた。


 「そうよ……行かなきゃ……」


 楓は窓を開け、白み始めた東の空を見た。

 まもなく夜明けだった。


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