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小人族御伽草子 橘姫と神の卵  作者: おかやす
第四章 天の歌、地の舞
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2 鉄扇

 「あら?」


 水蓮は目を覚まして驚いた。部屋の空気が違った。水蓮は神経を研ぎ澄ました。そこは領主の館の一番奥、領主や楓の姉たちが死んでいた部屋のようだった。


 「私、夢遊病だったのかしら?」

 『おぬしは何者かね?』


 不意に、威厳のある声が響いた。水蓮は驚いて周囲を探ったが、近くに人の気配はなかった。


 『ここだ。おぬしの足元だ』


 声に導かれ、水蓮はかがむと、足元に手を伸ばした。


 『目が見えぬのか?』

 「ええ」

 『では、これでどうかね?』


 不意に、水蓮の視界が開けた。水蓮が驚いて足元を見ると、拳大の水晶玉が呼びかけるように点滅していた。


 「あらまあ」

 『見えるようになったであろう? まあ、一時的だがな』

 「すごいことができるんですね」

 『それで、おぬしは何者かね?』

 「そういうあなたは?」

 『この町の領主だ』

 「領主? でも……」

 『長生きすると色々できるようになってな。死ぬ直前に、意識を水晶玉に移したのだよ』

 「長生きしたからって、できるようなことじゃないと思うけど」

 『若い者が、細かいことを気にするでない』


 水晶玉は点滅しながら、水蓮の周囲を転がった。まるで笑っているようだった。


 『おぬし、楓と一緒にいたね?』

 「ええ。水蓮と申します」

 『ふむ。では水蓮、ひとつ頼みがある。私が死んでいた場所に、小さな箱が隠してある。それを楓に渡してくれぬか。千年前から橘一族に伝わる秘宝だとな』

 「秘宝?」


 水蓮は一呼吸おいて尋ねた。


 「ひょっとして……打出の小槌?」

 『事情に詳しいようだな。だが打出の小槌はここにはない。あれは別の者が守っている』

 「じゃあ、何?」

 『さてな、知らぬよ。中身を見ることは禁じられている。一寸法師の遺言で、代々守り伝えよと言われたそうだ』

 「一族でない私に頼んでいいの?」

 『おぬしから悪意は感じぬ。それに、何か不思議な力を感じる。初めて感じる力だが、嫌な感じはせぬ。では、頼むぞ。あの子を……楓を守ってやっておくれ』


 その言葉を最後に、水晶玉は光を失った。すると水蓮の目もまた見えなくなった。水蓮は水晶玉を拾って懐に入れると、言われた通り領主が死んでいた場所を調べた。

 畳をどけると、床の一部がへこんでおり、そこに小さな箱があった。箱に鍵はかかっていない。水蓮は少し迷ったが、箱を開けて中身を確かめた。


 「扇?」


 手で触れた感触からそう悟り、水蓮の心臓が大きく脈打った。

 それは、鉄で作られた扇だった。

 骨はもちろん、本来布や紙を貼るところも鉄でできていた。水蓮が触れると、滑るような手触りを感じた。触った限り、傷も汚れもなく、昨日作られたばかりのようで、とても千年の時を越えたとは思えなかった。

 水蓮は鉄扇を手に取った。女の水蓮には、ずしりと重い感覚。たとえ男であっても、これを軽々と扱える者は、そうはいないだろう。


 「これ持って舞うって、大変そう」


 こんなもの、誰が何のために作ったのだろうか。

 水蓮は首を傾げつつも、ものは試しと、鉄扇を静かに開いた。

 鉄扇はまるで抵抗なく、するりと開いた。開くと同時に、ほのかに香りが立った。開いた扇をゆるりと翻し、トン、と足で調子をとった。

 驚いたことに、鉄扇は重さを感じることなく、軽やかに扱えた。

 ゆるりと、静かに、軽やかに、鉄扇が水蓮とともに宙を舞う。

 気がつけば水蓮は一差し舞っていた。穏やかに、安らかに、この部屋で亡くなった三人への、鎮魂の舞。部屋のあちこちにこびりついていた鬼の力が浄化され、清浄な力が満ちていく中、領主と、椿と、日野の魂が、鬼の呪縛から解き放たれた。


 『どうか楓を……妹を、守ってください』


 清楚で美しい女性の頼みに、水蓮はうなずいた。

 その隣にいる、三十代の女性が頭を下げるのに、水蓮は鉄扇を舞わせて答えた。

 そんな二人の背後で、黙ってうなずく領主。

 大切な家族を守るため、命を賭した三人のため、水蓮は心を込めて舞った。


 やがて舞が終わると、三人の姿は消えた。

 水蓮はゆるりと扇を翻し、静かに閉じた。


 「これ……」


 水蓮は確信した。

 鉄扇は、私のために残されたものだ、と。


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