2 鉄扇
「あら?」
水蓮は目を覚まして驚いた。部屋の空気が違った。水蓮は神経を研ぎ澄ました。そこは領主の館の一番奥、領主や楓の姉たちが死んでいた部屋のようだった。
「私、夢遊病だったのかしら?」
『おぬしは何者かね?』
不意に、威厳のある声が響いた。水蓮は驚いて周囲を探ったが、近くに人の気配はなかった。
『ここだ。おぬしの足元だ』
声に導かれ、水蓮はかがむと、足元に手を伸ばした。
『目が見えぬのか?』
「ええ」
『では、これでどうかね?』
不意に、水蓮の視界が開けた。水蓮が驚いて足元を見ると、拳大の水晶玉が呼びかけるように点滅していた。
「あらまあ」
『見えるようになったであろう? まあ、一時的だがな』
「すごいことができるんですね」
『それで、おぬしは何者かね?』
「そういうあなたは?」
『この町の領主だ』
「領主? でも……」
『長生きすると色々できるようになってな。死ぬ直前に、意識を水晶玉に移したのだよ』
「長生きしたからって、できるようなことじゃないと思うけど」
『若い者が、細かいことを気にするでない』
水晶玉は点滅しながら、水蓮の周囲を転がった。まるで笑っているようだった。
『おぬし、楓と一緒にいたね?』
「ええ。水蓮と申します」
『ふむ。では水蓮、ひとつ頼みがある。私が死んでいた場所に、小さな箱が隠してある。それを楓に渡してくれぬか。千年前から橘一族に伝わる秘宝だとな』
「秘宝?」
水蓮は一呼吸おいて尋ねた。
「ひょっとして……打出の小槌?」
『事情に詳しいようだな。だが打出の小槌はここにはない。あれは別の者が守っている』
「じゃあ、何?」
『さてな、知らぬよ。中身を見ることは禁じられている。一寸法師の遺言で、代々守り伝えよと言われたそうだ』
「一族でない私に頼んでいいの?」
『おぬしから悪意は感じぬ。それに、何か不思議な力を感じる。初めて感じる力だが、嫌な感じはせぬ。では、頼むぞ。あの子を……楓を守ってやっておくれ』
その言葉を最後に、水晶玉は光を失った。すると水蓮の目もまた見えなくなった。水蓮は水晶玉を拾って懐に入れると、言われた通り領主が死んでいた場所を調べた。
畳をどけると、床の一部がへこんでおり、そこに小さな箱があった。箱に鍵はかかっていない。水蓮は少し迷ったが、箱を開けて中身を確かめた。
「扇?」
手で触れた感触からそう悟り、水蓮の心臓が大きく脈打った。
それは、鉄で作られた扇だった。
骨はもちろん、本来布や紙を貼るところも鉄でできていた。水蓮が触れると、滑るような手触りを感じた。触った限り、傷も汚れもなく、昨日作られたばかりのようで、とても千年の時を越えたとは思えなかった。
水蓮は鉄扇を手に取った。女の水蓮には、ずしりと重い感覚。たとえ男であっても、これを軽々と扱える者は、そうはいないだろう。
「これ持って舞うって、大変そう」
こんなもの、誰が何のために作ったのだろうか。
水蓮は首を傾げつつも、ものは試しと、鉄扇を静かに開いた。
鉄扇はまるで抵抗なく、するりと開いた。開くと同時に、ほのかに香りが立った。開いた扇をゆるりと翻し、トン、と足で調子をとった。
驚いたことに、鉄扇は重さを感じることなく、軽やかに扱えた。
ゆるりと、静かに、軽やかに、鉄扇が水蓮とともに宙を舞う。
気がつけば水蓮は一差し舞っていた。穏やかに、安らかに、この部屋で亡くなった三人への、鎮魂の舞。部屋のあちこちにこびりついていた鬼の力が浄化され、清浄な力が満ちていく中、領主と、椿と、日野の魂が、鬼の呪縛から解き放たれた。
『どうか楓を……妹を、守ってください』
清楚で美しい女性の頼みに、水蓮はうなずいた。
その隣にいる、三十代の女性が頭を下げるのに、水蓮は鉄扇を舞わせて答えた。
そんな二人の背後で、黙ってうなずく領主。
大切な家族を守るため、命を賭した三人のため、水蓮は心を込めて舞った。
やがて舞が終わると、三人の姿は消えた。
水蓮はゆるりと扇を翻し、静かに閉じた。
「これ……」
水蓮は確信した。
鉄扇は、私のために残されたものだ、と。




