10 椿
「来たようだな」
領主の言葉に椿はうなずき、立ち上がった。
町に入ってきたときから、その力には鳥肌が立つような悪寒を感じていた。椿は鬼の力に負けないよう、必死で自分を奮い立たせた。
扉が開かれた。
鬼は供も従えず、一人だった。待ちかまえていた椿と領主を見て、鬼はわずかに口元をほころばせた。
「橘一族の当主とお見受けする」
「いかにも。お前が鬼か?」
「ああ」
「それにしても手の込んだことをしたな」
難なく破壊された結界、鬼が侵入した直後から町中に満ちた鬼の力。それを感じた領主は、考えが甘かったことを痛感した。
「それだけの力があれば、策を弄せずとも、楓を手に入れることができたであろう」
「人相手に全力を出したとあっては、沽券に関わるのでな。それに、ただ神の卵を手に入れるだけが目的ではない」
鬼は笑った。
「橘一族を完膚無きまでに叩き潰してこそ、復讐も終わる。どうかね、万全の準備が、ことごとくうち破られた感想は?」
領主は無言で鬼をにらんだ。
鬼は領主の横に立つ椿を見た。椿は鬼の視線に動じた様子もなく、静かに鬼を見返した。
「ほう、初代を彷彿とさせる美女ではないか。本当は橘一族ではないのかね?」
ふわり、と空気が動いた。
「ふむ……」
鬼は忌々しそうに椿の力を振り払った。
「お前か。あのとき鬼封じの玉で小娘を守ったのは」
「楓は……無事でしょうね」
「お前を生贄にして、自分だけ生き延びようとしたのだぞ。なぜそう心配する?」
「ここに残ったのは私の意志。それに、血はつながっていなくとも、楓は私の妹です」
「おや、そうだったのかね」
鬼は愉快そうに笑った。
「これは失敗したな。さぞあの小娘を恨んでいるだろうと、ここへ戻ってくるよう手を打ったというのに」
「なんですって!」
椿はカッとなって鬼をにらみつけた。
「ははは、怒った顔も美しいな」
「椿、落ち着け!」
領主の鋭い声が橘を打った。
「心を静めぬか。鬼に隙をつかれるぞ」
「椿? それがお前の名か」
「そういうあなたは、鈴丸ですか」
椿の言葉に、鬼の表情が一変した。北の山で楓には教えたが、ここではまだ名乗っていない。椿が鬼の名を知っているわけがないのだ。
「女。心を視るか」
椿と領主が素早く印を結び、同時に術を放った。二人の霊力が、矢となって鬼に襲いかかった。
「お前はこの地に封じます!」
鬼はわずかに姿勢を崩した。鬼に襲いかかった二人の霊力は鬼の心に入り込み、その奥深くへ向かって進み始めた。
「いかに巨大な力といえども、それを操るは心。人も鬼もそれは変わらぬ」
「なるほど」
領主の言葉に、鬼はうなずいた。
それは、一寸法師が鬼を倒すために使った方法だった。総大将を失ったとはいえ、まだまだ圧倒的な鬼を一挙に倒すため、一寸法師は一つの方法を考えた。それが、小人族が作った霊力増幅装置を利用して、橘姫が鬼の心をのぞくことだった。
「心は、無理にのぞけば拒絶反応を起こし壊れてしまうでな」
「覚えているとも」
鬼は目を細めた。それは、本来この鬼が得意とする戦い方だ、一寸法師はその戦い方を模倣したに過ぎない。しかし、それゆえに、その方法で倒されたことは、鬼にとって屈辱的なことだった。
「予想外の攻撃に鬼は大敗。鬼は壊滅的な打撃を受けた。あの屈辱は忘れぬ」
二人の力が、鬼の心のさらに深くに進んだ。鬼の心が抵抗を始める。しかし二人の力はその抵抗を排してさらに奥へ進もうとした。
鬼は二人を見て、その役割を見抜いた。領主に心をのぞく力はない。実際に鬼の心をのぞいているのは椿だ。領主は自分の霊力を椿に送り、鬼の抵抗にも負けぬ力を椿に与えているのだ。
「楓は、絶対に殺させない!」
「面白い」
鬼は全身の力を抜いて二人の力を受けた。無防備になった鬼の心に、二人の力は容赦なく襲いかかった。
「鬼の心、のぞけるものならのぞくがいい。私の心が壊れるのが先か、お前の心が壊れるのが先か、試してみよ!」




