5 鬼の力
号令とともに、巫女が一斉に剣を構えた。一糸乱れぬその動きは、相当な訓練を積んだ証だった。
「見事なものよ」
鬼はその動きをたたえ、拍手を送った。
およそ千人の巫女が発する敵意など、鬼は意にも介していなかった。いくら修行を積もうが、人が鬼に勝てるわけはない。十六年前に手こずったのは、北の山の結界が鬼の力を打ち消したからだ。その結界は、日が昇る頃から徐々に弱まり始めた。結界さえなければ、千人が万人であっても、人が鬼の体に傷一つでもつけるのは不可能だ。
巫女の一団が鬼を包囲するように展開した。鬼はその様子を、祭りの出し物を見るかのように楽しみ、悠然と歩き始めた。
巫女が呪文を唱え始めた。
鬼は、いっこうに気にしなかった。
居並ぶ巫女が二つに割れ、道を作った。
鬼は、ためらうことなくそちらに進んだ。
巫女が作った道を進んでいくと、一人の男が立ち塞がった。
鬼は、初めて表情を変えた。
「……橘か」
鬼は目の前に立った柳に、橘一族の血を感じた。それは鬼にとって憎むべきものだった。鬼は柳を見つめ、凍てつくような視線を送った。
「これより先、行かせるわけにはいかぬ」
柳の合図で、巫女が一斉に矢を放った。
一本一本に強い霊力を込めた破魔矢が、次々と鬼の体に突き立った。
矢の次は呪文だった。鬼の力を封じ邪気を払う、強力な破邪の呪法だ。千人の巫女が同時に呪文を唱え、霊力を合わせた。巨大な霊力がただ一点、鬼に集中し、鬼の力と反応してすさまじい爆発を起こした。鬼の体に突き立っていた矢は塵となって消え、鬼は炎に包まれた。
動きを止めた鬼に、小夜を始めとする五名の巫女が斬りかかった。
巫女が手にしているのは、この山にも十本とない宝剣だった。名工が鍛え上げ、巫女が霊力を込めた宝剣は、邪鬼ならば一振りで数十体をなぎ払う。その剣が、鬼の額、首、心臓、腹、股間と、寸分の狂いもなく急所を貫いた。さらに五人は宝剣を通して、鬼の体にありったけの霊力を叩き込んだ。
柳の合図からここまで、ほんのわずかな時間のことだった。
山は静まり返った。
鬼は目を閉じたまま立っていた。五名の巫女は一本ずつ剣を抜き、間合いぎりぎりまで下がった。最後に小夜が剣を抜いた。柳は慎重を期して、そのまま構えを崩さぬよう合図した。
鬼はぴくりとも動かなかった。張りつめていた空気が少しずつ緩んでいく。一人、二人と構えていた剣を下ろし、五人の巫女は宝剣を鞘に収めて柳の元へ戻った。
鬼は倒した。
誰もがそう考え、静まり返っていた山がざわつき始めた。ついには柳も大きく息をつき、構えを解いてよいと合図を送ろうとした。
そのとき、鬼が目を開いた。
「終わりかね?」
静かな鬼の声に、巫女は殴られたような衝撃を受けた。慌てて剣を構え直す巫女を見て、鬼は笑った。たった今その身に受けた攻撃などなかったかのような、涼しい顔だった。
「ば、ばかな……」
「全力をもって一撃で勝負を決める。狙いはよかったな。だが」
鬼はゆっくりとした動作で、腰紐にぶら下げた鈴を手に取った。
「私を、誰だと思っているのかね?」
リィィーン。
鬼が鈴を一振りした。恐ろしく澄んだ鈴の音が、巫女を突き抜けて山に響いた。それだけで次々と巫女が倒れていく。鈴の音が消えたとき立っていたのは、柳の他は十人にも満たない巫女だけだった。
「何か言い残すことはあるかね?」
「お……おのれえ!」
柳は剣を抜き、鬼に斬りかかった。巫女も柳に続いた。しかし鬼はよけようともせず、かすかに笑って鈴を振った。
リィィーン。
鈴の音が柳と巫女を貫いた。それで終わりだった。柳も巫女も、悲鳴すらあげず崩れ落ち、二度と立ち上がることはなかった。
「他愛ない」
鬼がひとにらみすると、柳の体が炎に包まれた。鉄すら溶かす炎は、骨すら残さず柳を焼き尽くした。
「さて」
リィィーン。
鬼は三度鈴を振った。鈴の音は、今度は倒れた巫女を包み、力を与えた。巫女がもつ霊力は邪気に染まった。巫女の歯が二回りも大きくなり、頭に角が生え、大きく裂けた口には、ニタリとした笑いを浮かべた。
「さあ、行け。神の卵を我らの手に収めるのだ!」




