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1 過去〜激戦

 「姫様」


 橘姫、いや、椿がぼんやりと星空を眺めていると、遠慮がちな声が呼びかけてきた。その声に振り向くと、部屋の入口に日野が控えていた。


 「どうしたの? まだ行かないの?」


 椿は静かに微笑んだ。日野は椿の顔を真っ直ぐ見て、決意に満ちた声で言った。


 「私はここに残るつもりです。最後まで、お姫様のお世話をさせていただきたいと思います」

 「日野さん」


 椿はため息混じりに言った。


 「言ったでしょ? 私は橘の影。橘一族の血を引かぬ者だと。もう姫ではないのです」


 椿の言葉は淡々としていた。しかし長年付き合ってきた日野には、淡々とした口調に込められた、椿の寂しさと悲しみがよくわかった。


 「私の役目はもう終わりました。あなたもご家族の元へお戻りくださいな」

 「私に家族はおりません」


 日野は首を振った。


 「父母は小さい頃に病で、夫も事故で亡くなりました。私にとって家族と呼べるのは……お姫様だけなのです」


 椿は黙って日野を見つめた。

 椿は、姫の身分を失うことには、さほどの感情を持たなかった。しかし、これまで親身になって世話をしてくれていたみんなが、真実を知るとあっという間にいなくなったことには、言いしれぬ悲しみを感じていた。

 そんな中で、日野だけが残ってくれた。椿にとって、何よりも嬉しいことだった。


 「日野さん。ここに残ってはいけません。残れば、あなたも鬼に殺されます」


 椿は日野の側に行くと、その手を取った。


 「あなたが私を家族と言ってくれたこと、本当に嬉しい。だから、あなたには死んで欲しくないの。お願い」

 「ですが……」

 「それにね、日野さん」


 椿は春の日差しのような笑顔を浮かべた。


 「あなたにはやってほしいことがあるの」

 「私に?」

 「楓のこと。あの子は戻ってくれば、次期領主橘姫として迎えられるわ。でも、あの子はあの通り、男の子みたいでしょ?」

 「はい……」

 「だから、あの子に行儀作法を教えてくださいな。あの子が言うことを聞くのは、あなたぐらいです。あなたが私を家族と思ってくれているように、私も楓を本当の妹のように思っているの。だから、信用できる人にお願いしたい」

 「お姫様……」


 日野は、透き通るような椿の笑顔に息を飲んだ。椿はすでに死を覚悟し、それを受け入れていた。日野は椿の笑顔にその覚悟を見て取り、答えるべき言葉を失った。


 「頼まれてくれるかしら?」

 「はい……」


 日野は慌てて頭を下げた。こぼれてきた涙を椿には見せてはいけない、見せてしまえば、椿の覚悟を鈍らせるかもしれない。日野はそう考え、気づかれないよう涙を拭った。


 「……頼まれますとも。きっと楓様を、お姫様にも負けない、立派な姫君にしてみせますとも」


   ◇   ◇   ◇


 橘姫が、小人族の戦士とともに戻って半年。

 生き残った人は一致団結し、小人族の協力と禅高の獅子奮迅の活躍、そして一寸法師の巧みな指揮により、ついに町を奪い返した。

 その喜びもつかの間、激怒した鬼の総大将は全軍を率いて反撃し、町は再び鬼に奪われた。

 鬼の総大将はしぶとく抵抗する人を根絶やしにせんと、山城まで攻め込んできた。しかし険しい山中に大軍は展開できず、鬼の軍は狭い山道に細く長く布陣した。総大将の周りにも、わずかな兵しかいなかった。

 それこそが、一寸法師の狙いだった。


 「鬼は元来まとまりを欠く。総大将さえ倒せば、鬼同士で主導権争いが生じ、勝手に崩壊するはずだ」


 最後にして最大の機会。一寸法師の言葉に、兵は気勢を上げた。禅高を始めとする選りすぐりの兵百名が闇に紛れて進軍、鬼の本陣を急襲した。

 思わぬ攻撃に鬼は浮き足だった。禅高は、小人族の力が込められた鉄扇を武器に、鬼を蹴散らし本陣深く攻め込んだ。


 「よう、大将」


 禅高はついに本陣中央にいた鬼の総大将の元にたどりついた。総大将の隣には、禅高の妻を殺した、鈴を使う鬼もいた。


 「遠慮はいらねえ。俺に殺されろ」


 そう言った禅高は、ぞっとするような笑みを浮かべた。そのすさまじい笑顔には鬼ですらひるみ、思わず後退したほどだ。


 「人間風情が」


 一人動じなかった総大将は、槍を手に立ち上がった。


 「神たる我らに逆らう愚、思い知るがいい」


 禅高と総大将の戦いは、この世のものとは思えない、すさまじいものだった。

 禅高は鬼を倒すため、自らを鬼と化した。総大将が繰り出した槍を幾度も受けながら、禅高は鉄扇を振るい総大将に襲いかかった。総大将を守ろうと、配下の鬼が禅高に斬りかかったが、禅高はそれらの鬼を容赦なく殴り殺し、踏みつぶした。

 禅高と総大将の戦いは、いつ果てるとなく続いた。

 お互いに決め手を欠き、相手を倒すことができない。こうなると総大将が有利となった。いかに人並み外れた体力を誇る禅高といえど、しょせんは人間。鬼との差はいかんともしがたく、しかもここへ来るまでに禅高は多くの戦いを繰り広げ、疲労がたまっていた。


 「バカな人間」


 禅高の疲労を見て取った、鈴を使う鬼は、禅高の心を砕いてやろうと鈴を振った。鈴の音が鳴り響き、鬼の誰もが禅高の死を確信した。


 「こざかしいわあっ!」


 しかし禅高は、裂帛の気合いで鈴の音を跳ね返し、小揺るぎもしなかった。むしろ禅高の気迫に鬼の方が度肝を抜かれ、動きを止めてしまった。

 その一瞬を見逃す禅高ではなかった。禅高は総大将の懐に飛び込んだ。そして、渾身の力を込めて鉄扇の一撃を総大将に叩き込んだ。

 総大将の首が胴から離れ、宙を舞った。


 「総大将の首、討ち取ったりぃー!」


 禅高は総大将の首を手に仁王立ちした。禅高ににらまれた鬼はその気迫に気圧され、戦う気力をなくして腰を抜かした。

 ここに、鬼の軍は崩れた。


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