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7 鬼との攻防

 砦の中は静まり返っていた。昼間だというのに窓は全て閉じられている。窓の隙間から漏れる光がうっすらと周囲を照らしているが、闇を払うほどには強くない。

 水蓮は懐から小さなろうそくを出し、火をつけた。浮かび上がった周囲の光景を見て、三人とも顔をしかめた。あちらこちらに血痕があり、床には吐瀉物が散乱していた。


 「楓、大丈夫?」


 水蓮の声に、楓はかろうじてうなずいた。血痕や吐瀉物もさることながら、砦の中に充満する鬼の力に、楓の神経は鋭く反応した。その気色悪さは他に例えようがない。強いて言えば、腐った卵の中に入ったような感じだろうか。楓は手綱を握りしめ、こみ上げてくる吐き気を必死でこらえた。


 「鬼の臭いがプンプンするぜ」

 「油断しないでね」


 水蓮は琵琶をつま弾いた。ところが琵琶は何の音も出ず、ただ弦が揺れただけだった。


 「鬼の力が強いわ。砦に入ったのは失敗だったかもね」

 「なんの、虎穴に入らずんば虎児を得ず!」


 ポポがバリアを張った。それでいくらかマシになったものの、鬼の力を完全に遮断するには至らなかった。

 水蓮は、役立たずになった琵琶を背負うと、全ての感覚を研ぎ澄まし、周囲の様子を探った。


 「ポポ、この砦には全部で百人ぐらいいるんだっけ?」

 「そうらしいぜ」

 「でもさっき表に出てたのは、その半分ぐらいよね」


 カラン、と石が転がる音が響いた。楓は驚いて振り向こうとしたが、水蓮が楓の頭を押さえつけた。


 「振り向かないで……食われるわ」

 「食われる?」

 「鬼の力によ」


 人の心に生じたわずかな動揺。鬼はそれを見逃さず、動揺して隙が生じた心に力を叩き込む。そうやって人の心を粉々にし、操り人形として使うのだ。


 「殺して邪鬼として甦らせるか、生かしたまま操り人形として利用するか。鬼の手口はそのどちらかよ。色々な方法で仕掛けてくるから、気をつけて」

 『そんなに脅していいのかね?』


 不意に、どこからともなく男の声が聞こえた。若く張りのあるその声には、嘲笑に似た響きがあった。


 「だ、誰?」

 「鬼よ」


 水蓮が楓の口を手でふさいだ。


 「落ち着いて。大丈夫、私とポポがいるんだから」

 『緊張は心のゆとりをなくし、些細なことで動揺を招く。お前たちは下手くそな歌と踊りで、小娘の緊張をほぐしていたのだろう? そのお前たちが緊張しては、小娘も緊張するではないか』

 「失礼ねえ、これでも元舞妓よ。知性も気品もないポポの踊りと一緒にしないでよね」

 「まったくだ。オイラは水蓮みたいにオンチじゃねえぜ」


 一瞬、ポポと水蓮の間に激しい火花が散った。しかし今はそんなことをしている場合ではないと考え直し、お互いに相手の言葉を聞かなかったことにした。


 「てめえ、どこにいる! 姿を見せて、オイラと勝負しろ!」

 『勝負? はて、決着はついているではないか。いまさら何を勝負するつもりだ』

 「へん、四年前のオイラとは違うぜ!」

 『だからどうしたというのだ。一度破れた奴が、偉そうに吼えるな』


 闇の中で何かが動く気配がした。水蓮はさりげなく腰を浮かし、いつでも動けるよう身構えた。


 「楓、よく聞きなさい」


 水蓮は楓の耳に囁いた。


 「手綱をしっかり持って、千早から落ちないようにするのよ。あなたは何も考えず、ただここを突破することだけを考えなさい。いいわね?」


 楓はうなずき、手綱をしっかり握った。


 「成功と勝利は、失敗と再挑戦の後にくるんだぜ。今のオイラならお前なんて、ちょちょいのちょいだぜ!」

 『よう吼える』


 鬼は嘲笑した。


 『ならば遠く離れた場所にいる私の術など、破るのはわけないだろう。その砦を突破してみせよ。さすればお前の再挑戦を考えてやってもよいぞ』

 「その言葉、忘れんなよ!」


 鬼の返事の代わりに、轟音が響き砦が大きく揺れた。


 「楓、手綱のことだけ考えなさい!」


 悲鳴を上げそうになった楓に、水蓮の鋭い声が投げつけられた。楓はかろうじて悲鳴を飲み込むと、必死に手綱を握りしめた。


 「きたきたきたあ!」


 ポポは腕組みし、鋭い視線を前方に送った。

 壁が崩れ、光が闇を切り裂くと、待ちかまえていた邪鬼が、千早めがけて四方から襲いかかった。


 「行けっ、千早!」


 ポポの掛け声に千早は雄叫びで答えた。千早は一瞬で最高速度に達すると、邪鬼が振り下ろした斧をかわし、正面にいた邪鬼をはじき飛ばして駆け抜けた。


 「来るわよ!」


 千早の突進は予測されていた。行く手の壁が次々と崩れ、そこから邪鬼が飛び出した。


 「うおわっ! やべっ!」


 邪鬼はニタリと笑った。左右それぞれ二人ずつ、四人の邪鬼が同時に斧を振り下ろした。

 だが、千早の突進は邪鬼の予測をはるかに越えるものだった。邪鬼が、絶対の自信を持って振り下ろしたはずの斧は、千早をかすりもせず虚しく空を切った。

 邪鬼は、次から次へと壁を突き崩して現れ千早に襲いかかった。しかし千早は余裕綽々といった様子で、そのことごとくに空を切らせた。


 「うひゃあー、おめえすげえなあ!」

 「感心している場合じゃないわよ」


 振り返ると、攻撃をかわされた邪鬼が追ってきていた。邪鬼は一人、また一人と数を増やしていく。鬼が力を与えたのか、俊足を誇る千早ですら引き離せず、次第に距離が縮まり始めた。


 「ひい、ふう、みい……」


 水蓮は邪鬼の気配を探った。その数は、ざっと五十だった。


 「ほぼ出そろったようね」

 「待ち伏せも打ち止めらしいぜ」


 千早は砦の中庭に出た。中庭の広さは、千早がその突進力を発揮するには狭すぎるが、邪鬼が連携して攻撃するには十分な広さだ。待ち伏せには絶好の場所、ここで取り囲まれれば、いかに千早といえども突破は難しかっただろう。


 「ここで待ち伏せてなかったことが気になるけど」


 水蓮はふわりと立ち上がり、ポポの頭をちょんと突いた。


 「ポポ、後はお願いね」

 「まかしとけ!」


 千早が中庭を突っ切り、再び建物の中に入ろうとしたとき、水蓮がふわっと飛び降りた。


 「水蓮さん!」

 「また後でね」


 邪鬼が迫るというのに、水蓮は艶やかな笑みを浮かべ手を振った。


 「水蓮さん!」

 「ダイジョウブ。五年間、オイラと一緒に鬼を追ってきたんだ。邪鬼ごときにはやられねえよ」


 再び入った建物の中は、前の扉とは違い明るかった。


 「よし、水蓮が邪鬼を足止めしてる間に、建物を抜けるぜ」


 千早は狭い通路を、右へ左へと曲がりつつ走り続けた。通路は千早にとってはかなり狭い。水蓮が足止めしなければ、あっという間に追いつかれていただろう。

 邪鬼の妨害もなく、千早はあっという間に建物を抜けた。あとは砦の北門をくぐるだけだ。外に出た千早は一気に速度を上げ、北門へと走った。


 「千早、止まれ!」


 北門の目の前でポポが緊迫した声を上げた。千早は即座に足を踏ん張り、北門の手前で急停止した。


 「きゃっ!」


 楓は危うく落馬しそうになったが、手に巻きつけるようにしていた手綱に救われた。千早の首にぶら下がるような格好となったが、すぐに反動をつけて鞍の上に戻った。

 楓が鞍に戻ると同時に、無数の槍が北門を貫いて飛び出した。

 千早は急いで門から離れた。あのまま千早が門に体当たりしてぶち破ろうとしていたら、串刺しになるところだった。千早を仕留められなかった槍はすぐに引っ込められ、ドーンという大きな音とともに北門が壊された。


 「ポポ!」

 「ちくしょう!」


 北門の向こうには邪鬼がいた。その数およそ五十。砦の南門で楓たちを迎え撃った邪鬼だった。


 「右は高い山壁、左は落ちたら最後の崖だぞ。どうやってこっちに回ったんだ?」

 『造作もないことよ』


 鬼の嘲笑が響き渡った。ポポは舌打ちしつつ、緩んだねじりはちまきを締め直した。


 「くそ、最初からこういうつもりだったな」

 「ポポ……どうしよう」

 「根性キメて、やるだけさ!」


 ポポは楓に向かって力強く親指を立てた。


 「いいか楓。門の向こうに吊り橋があるの、見えるな?」

 「う、うん」


 ポポが言うとおり、破れた北門の少し先に、谷にかけられた吊り橋が見えた。


 「オイラが突破口を開く。楓は先に行って、吊り橋を渡ってくれ。千早の話じゃ、吊り橋の向こうは、北の山を中心に張られている結界の中だ。そこまで行けば鬼もうかつに手を出せねえ!」

 「でも!」

 「オイラのことなら心配するな。なんてったってオイラは英雄だからな。邪鬼の五十や百、へでもねえぜ!」


 ポポの体が光り始めた。最初は見慣れた赤い光だったが、次第に色が薄くなり白く輝き出した。


 「ポポロジャーンプ!」


 ポポは気合いとともに、思い切り飛び上がった。そのまま北門を飛び越えてしまうのではないかと思うほどの高さだった。


 「突撃ぃ!」


 ポポが邪鬼の群に飛び込んだ。とたんに乾いた爆発音が響き渡り、邪鬼が次々と倒れ始めた。


 「行け、楓!」


 ポポの叫びに、千早の耳が力強く動いた。楓は慌てて手綱を握り直し、千早にしがみついた。


 「とくと味わえ! ポポロ流星ダーン!」


 ポポの体を包む白い光が、無数の玉となって飛び散った。


 「おりゃおりゃおりゃおりゃーっ!」


 邪鬼の一角が崩れた。千早はその一角に向かって走り出した。邪鬼が千早を止めようと動き出したが、ポポが上下左右に動き回って邪鬼の動きを牽制した。


 「行け、千早!」


 道をふさぐ邪鬼に、ポポが体当たりをくらわせた。乾いた音とともに邪鬼が倒れ、千早の前に道が開けた。


 「ポポ!」

 「すぐに行くからな! 先に行って、のんびり待ってろ!」


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