6 突入
楓たちが砦に到着したのは、お昼を少しまわった頃だった。
「静かね」
「ああ。とても百人近い人間がいるとは思えねえな」
楓たちは、砦から少し離れた茂みの中にいた。北の山へ行くには、どうしても通らなければならない砦。待ち伏せには絶好のその場所を、鬼が見逃すはずはない。
三人はしばらくそこで砦の様子を見守ったが、やはり人が動く気配はなかった。
「行くっきゃねえな」
「そのようね」
ポポと水蓮の視線を受けて、楓は口元を引き締めてうなずいた。
ここへ来るまで邪鬼に追われたことは何度もあったが、多くてもせいぜい十人程度だった。しかし今度は百人近い邪鬼が待つ砦に突っ込もうというのだ。無事に突破できるのかという思いが楓の頭をかすめ、急激に緊張が高まってきた。
「さーてと」
そんな楓を見て、水蓮は緊張とはほど遠い、楽しげで艶やかな笑みを浮かべた。
「それじゃ、ぱーっといきますか!」
「おうさっ!」
ベベン、ベベベン。
水蓮は盛大に琵琶をかき鳴らした。その琵琶の音に合わせて、ポポが歌い踊り出す。
「あそーれ、ポポロビッチポポロビッチ、ポポロビッチチーっと♪」
「ち、ちょっと二人とも!」
楓は思いも寄らない二人の行動に、慌てて周囲を見回した。
「鬼に気づかれちゃうじゃない!」
「あら、ダイジョウブよ。とっくに気づかれているもの」
楓の抗議に、水蓮は艶やかな笑みで応じた。
「言ったでしょ、相手は死者を邪鬼として甦らせるぐらい、朝飯前の鬼だって。こっちの動きなんてとっくに知られてるわよ」
「で、でも……」
「ほらほら、楓も歌いなさい。何事も楽しんだ者が勝つ、て言ったでしょ?」
楓は絶句した。薄々、何でもかんでも面白がる人だとは感じていたが、まさかここまで徹底しているとは思わなかった。
何と言おうかと楓が当惑してると、千早が二度ほど耳を動かした。
「もう逆らうな。私もつき合うから、だってよ」
「千早ぁ……」
「さすがは橘一族の神馬、いいノリだぜ。それじゃ行こうぜ、千早!」
ポポのかけ声とともに、千早が歩き出した。つき合うと言った通り、千早も琵琶の音に合わせて軽快なステップを踏んでいた。
楓は、もうどうにでもなれと、なかばヤケクソでポポに合わせて歌い出した。
にわかに結成された楽団は、茂みを出ると陽気に騒ぎながら、静まり返った砦へと近づいた。これだけ騒げば一人や二人は顔を出しそうなものだが、砦の中にはまったく動きがなかった。
(やっぱり……鬼に襲われた……?)
楓がそう考えたときだった。
ゾクリとした悪寒が楓の背中を駆け上がった。続いて、危うく悲鳴を上げそうになるほど気持ちの悪い感覚が、楓の全身を包んだ。
リィィーン。
楓は、はっとして空を見上げた。葵に襲われたとき、どこからか聞こえてきた鈴の音。それがまた聞こえたのだ。
「来たぜ!」
ポポが砦を指差した。砦の扉がゆっくりと開き、中から邪鬼が現れた。その数は、およそ五十。
「楓、手綱をしっかり握って、落ちないようにね!」
邪鬼に囲まれているというのに、水蓮の顔から笑顔は消えていなかった。水蓮は琵琶をかき鳴らしながらふわりと浮き上がり、千早の背中に立った。
「ポポ、行くわよ!」
「おうさ!」
千早が雄叫びをあげ、砦に向かって走り始めた。行く手を阻もうと、邪鬼が千早の前に立つ。
激突した。
「きゃっ!」
その衝撃で落馬しそうになり、楓は慌てて千早にしがみついた。しかし千早の頭の上に立つポポと、同じく背中の上に立つ水蓮は平然としていた。
「さて、徹夜で直したけど、どうかしら?」
ベベン。
水蓮は琵琶をかき鳴らした。琵琶の音を聞いた邪鬼は動きが鈍り、千早の突進ではじき飛ばされた。
「うん、だいぶいい音になってきたわね」
水蓮が琵琶をかき鳴らすたびに、邪鬼の動きが鈍った。
「ポポーロ!」
動きが鈍った邪鬼を千早がはじき飛ばすと同時に、ポポが大声で叫んだ。
赤い光がポポの体を包み、ポポの体が宙に浮いた。
「ポポロヘーッド!」
千早を横から襲おうとした邪鬼が、ポポの頭突きをまともにくらって倒れた。すぐに次の邪鬼が襲いかかってきたが、ポポは素早く身をかわし、回し蹴りをくらわせた。
「うりゃあ!」
ポポが邪鬼に攻撃を当てるたびに、パン、と乾いた音が響いた。それは小人族の力と鬼の力がぶつかり合って弾ける音だった。
「うっしゃ、絶好調!」
後ろから迫った邪鬼の剣を、ポポは振り返りもせずよけた。
それからの一連の動作は、楓が思わず見とれてしまうほど美しかった。四方八方から襲いかかってくる邪鬼の剣を、ポポは全て紙一重で見切った。そして巧みに攻撃をすり抜けると、邪鬼の腕を伝って肩まで上がり、そこで渾身の一撃を放った。
パアーン、と大きな音が響いた。
邪鬼はポポの一撃で吹っ飛び、周囲にいた邪鬼を巻き込んで、もんどり打って倒れた。ポポはその機会を逃さなかった。倒れた邪鬼を飛び歩き、次々と力をたたき込んでいった。
小人族第二の英雄という自称は、はったりではなかったのだ。
「ポポ、前!」
「まかせとけ!」
数人の邪鬼が千早に迫っていた。ポポは倒れた邪鬼を踏み台にして、渾身の力で飛び上がった。
「ポポロキーック!」
今まさに千早に襲いかかろうとしていた邪鬼の顎に、ポポの蹴りが決まった。邪鬼はよろめいたが、何とか踏みとどまり反撃に出ようとした。
ベベン。
そこへ水蓮の琵琶が響いた。途端に邪鬼は力を失い、膝を崩してその場に倒れた。
「お、効いてるぜ水蓮! ついに完成か?」
「まだまだよ」
水蓮はさらに琵琶をかき鳴らした。
「これだけで邪鬼ぐらい倒せなきゃ、鬼の鈴には対抗できないわ」
「鬼の鈴って、もしかして……」
楓が尋ねようとした矢先のことだった。
リィィーン。
どこからともなく、また鈴の音が聞こえてきた。美しく澄んだ音のはずなのに、楓の神経にザラザラとした感触を残していく。
「うおっ!」
鈴の音が響くと、崩れ落ちたはずの邪鬼が起き上がった。ポポはかろうじて邪鬼の手をかわしたが、危うく握り潰されるところだった。
「アブねえ、アブねえ。くそっ、鬼のヤツ本気出してきたな?」
「まさか。鬼はまだまだ余裕でしょ」
たった一度の鈴の音に、水蓮は何度も琵琶を弾いて対抗していた。ポポもそれまでの縦横無尽の活躍がウソのように苦戦し始めた。
「あの鈴の音……鬼なの?」
「そうよ。どこか遠くから、あの鈴の音に力を乗せて送ってくるの」
「くそ、囲まれたらやべえ! 千早、砦に飛び込め!」
鈴の音で力を取り戻した邪鬼が、楓たちを包囲しようと動き出した。千早はポポが飛び乗ると、全速力で駆け出した。
「ポポロビイーム!」
ポポは手を十字に交差させた。するとその手から白い光が発射され、立ちふさがる邪鬼に向かって伸びた。
パアーン。
ポポの力を浴び、邪鬼が弾けた。千早はその横をすり抜け、砦の中に飛び込んだ。




