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5 砦

 翌日、楓たちは再び北を目指して走り出した。

 一日たっぷりと休養をとった千早の足取りは軽快で、まるで飛ぶような駆けっぷりだった。


 「えーと、千早の話だと……」


 ポポは、千早から聞き取って描いた、北の山までの地図を取り出した。千早と普通に会話するポポに楓は驚いたが、ポポいわく、動物と話すぐらいできなくて何が英雄か、だそうだ。


 「あの山を越えたところに、橘一族が作った砦があるってよ」


 砦は、橘一族が聖地とする、北の山への入口でもあった。左右が山壁と崖になっており、北の山へ行くには必ず砦を通過しなければならなかった。


 「そこには兵と巫女が、全部で百人ぐらいいるってよ」

 「そこから北の山までの距離は?」

 「千早なら、一日で行けるとさ」

 「そう……危ないわね」

 「ああ、アブねえな」

 「危ない?」

 「北の山も橘一族の町も、巫女と兵が守っているから、鬼といえどもそう簡単には落とせねえ。でも百人足らずの砦ならわけないさ」

 「それじゃ……みんな殺されてるかもしれないの?」

 「それならまだマシさ」


 ポポは表情を引き締め、ねじりはちまきを締め直した。


 「殺されて、邪鬼として甦っているかもしれねえ」

 「そうね」


 水蓮もまた厳しい表情となり、琵琶の調子を整え始めた。


 「楓、覚えておいてね。私たちが戦う鬼は、死者を邪鬼としてよみがえらせるなんて朝飯前の、とんでもないやつだってことを」

 「ま、そんなに心配することねえけどな!」


 楓を元気づけようとしているのか、それとも本当にそう思っているのか、ポポは自信に満ちた笑顔になると、楓に向かって親指を立てた。


 「この小人族第二の英雄、ポポロビッチ様がいるんだからな。大船に乗った気でどーんと構えてろって!」

 「うん。頼りにしてるね、ポポ」

 「まかしとけ!」


 ポポはどーんと胸を叩くと、千早の頭の上でそっくり返るほど胸を張って笑った。


 「うるさい小僧だ」


 千早はそう呟くように、迷惑そうに耳を振った。それを見て、楓は思わず吹き出してしまった。


   ◇   ◇   ◇


 その頃、ポポと水蓮の予測した通り、砦は鬼の攻撃を受けていた。


 「どこだ、どこにいるんだ、鬼は!」


 攻撃はなんの前触れもなかった。朝早く、突如として巫女が苦しみ始め、高熱を発し嘔吐を繰り返した。巫女は苦しみながら、これが鬼の攻撃によるものだと兵に告げ、どこかにいるはずの鬼を探すよう伝えた。

 しかし、兵が総出で探し回っても鬼の影すら見つからなかった。兵は次第に捜索範囲を広げていったが、ついに鬼を見つけることはできず、日暮れとともに砦に戻った。

 砦に戻った兵の表情は暗かった。楓同様、多くの兵にとって鬼の存在はおとぎ話の中だけのものだ。にわかに鬼が実在すると言われても戸惑うばかりで、戦場にあっては死をも恐れぬ兵が、姿も見えず正体も分からない鬼の攻撃に動揺を隠せなかった。

 深夜を過ぎる頃、ついに巫女の一人が命を落とした。

 それまで必死に鬼の攻撃を耐え続けてきた巫女だが、仲間の死を目の当たりにして気がくじけた。一人、また一人と巫女の命が失われ、二十名の巫女が、瞬く間に四人となった。


 「隊長殿」


 砦の巫女頭は、残された力を振り絞って立ち上がり、砦の責任者である隊長を呼んだ。


 「もはやこれまでです。砦に火をかけ脱出してください。このままでは我ら全員、鬼に支配されることになります」

 「巫女頭殿。鬼はどこにいるのだ。居場所さえ突き止めれば我らが……」

 「無駄です」


 巫女頭は、こみ上げてくる吐き気を必死でこらえた。


 「鬼はこの付近にはいません。我ら、最後の力で鬼の居場所を探りました。鬼の気配は、町の周辺近くから感じます」

 「町の周辺?」


 隊長はごくりとつばを飲み込んだ。砦から町まで、歩けば半月以上かかる距離だ。


 「そんな遠くから、どうやって攻撃をするというのだ?」

 『こうやってさ』


 隊長の言葉に、若い男の声が答えた。


 リィィーン。


 続いて不気味なほどに澄み切った、小さな鈴の音が砦中に響き渡った。その途端、最後に残った巫女も命を落とした。兵は声も出せず、ただ立ちつくすしかなかった。


 リィィーン。


 再び鈴の音が聞こえたとき、砦のあちこちに掲げた篝火(かがりび)が一斉に消えた。一瞬の静寂の後、暗闇に呑まれた兵は恐慌状態となり、我先にと逃げ出した。


 リィィーン。


 逃げ出した兵を鈴の音が追いかけた。恐怖のあまり一人の兵が剣を抜いた。鞘走りの音が暗闇に響く。それを聞いた他の兵も次々と抜刀した。

 闇の中で、凄惨な同士討ちが繰り広げられた。鬼はここにはいない。わかってはいても兵は剣を振るわずにはいられなかった。


 『クックックックッ』


 声は楽しそうに笑った。その声に、兵はさらに恐怖を募らせ、剣を振るった。それが味方であるか敵であるかは関係なかった。周囲で動く気配がすれば、渾身の力で剣を振り下ろして両断した。しかし次の瞬間には、自らが両断され闇の中に倒れた。

 凄惨な騒ぎは、さほど長く続かず、やがて静寂が訪れた。

 砦には、生きる者はすでにいない。


 リィィーン。


 そこへ再び鈴の音が響いた。

 すると死んだはずの兵と巫女が、音もなく立ち上がった。切断されたはずの手や足や首が元通りになったかと思うと、その体が二回り近くも大きくなり、頭に角が生え、口が大きく裂けた。


 『まもなく、橘の姫がやってくる』


 その言葉に、鬼と化した兵と巫女はニタリと笑った。


 『姫は捕らえよ。他は殺してかまわぬ。よいな、姫は捕らえよ』


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