表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/48

4 愛する人のため

 この小屋の裏にも温泉があった。

 一昨日とは違い、今日は一人ではないから、楓はゆっくりと湯に入り、疲れを癒すことができた。

 楓はそれとなく水蓮を見ていたが、水蓮はまるで目が見えているように動いていた。危なっかしいところはまるでなく、言われなければ、目が見えないとは気づかないだろう。


 「なあに? さっきから私を見てるみたいだけど」

 「え……あの……」


 どうして気づいたのだろう、と楓が首を傾げると、水蓮は艶やかな笑みを浮かべた。


 「感じるのよ」

 「え?」

 「人の視線とか、気配とか、周囲の様子。目が見えた頃よりもずっとよくわかるの。不思議よね」


 水蓮は濡れた髪を絞った。その仕草は、女の楓から見ても色っぽかった。楚々とした美しさでは姉の方が上だと思う。だが、女としての色っぽさでは、水蓮に軍配があがるだろう。

 髪を絞り終えると、水蓮は湯に入り、楓の隣に腰を下ろした。


 「いいお湯ね。身も心もほぐれるわ」

 「水蓮さん、一つ聞いてもいい?」

 「なあに?」

 「鬼のこと、怖いと思ったことはないの?」

 「あるわよ。鬼に関わらずに済めば、それに越したことはないと思うわ」

 「それなのに、鬼を追いかけてるの?」

 「そうよ」

 「どうして?」

 「さあ、どうしてかしら」


 水蓮の目が楓をとらえた。見えていないはずの目に、楓は心の奥まで見られてしまうような錯覚を覚えた。


 「怖いの、鬼が?」

 「うん……」


 楓はお湯に顔をつけた。


 「六日前に、いきなり鬼が来て町をめちゃくちゃにして……たくさんの人が死んだの。あんなの、初めて見た……」


 楓の体が震えた。わけのわからぬまま、血を浴びながら突破した邪鬼の包囲。好々爺に化け襲ってきた邪鬼、道のあちこちで見かけた邪鬼、そして昨日は、鬼に操られ楓を殺そうとした葵。千早が身を挺して守ってくれたから生きているが、一人だったらとっくに死んでいる。そう思うと楓は怖くて仕方なかった。


 「そうね、普通は怖いよね」

 「水蓮さんは別の世界から来て、何が何だかわからないんでしょ? それなのに、目が見えなくなってもまだ鬼を追うなんて、どうして?」

 「知りたい?」

 「……うん」

 「うふふ、おマセさんねえ」

 「はい?」


 思わぬ言葉にまばたきした楓に、水蓮は楽しそうに笑いかけた。


 「じゃ、楓には教えてあげる。でも女同士の秘密。ポポには内緒よ」


 水蓮は楓の手をつかむと、それを自分の胸に押し当てた。大きくて柔らかい感触に、楓は思わず赤面した。


 「ここにね、男の人がいるの」

 「男の……人?」

 「そう。ぼんやりとしか覚えてないけど、男の人がいるの。そして私に言うの。頼むぞ、水蓮、てね」


 それが誰なのか、どんな約束をしたのか、水蓮は覚えていなかった。だが水蓮が鬼を恐れ追跡をやめようとすると、必ず夢に現れた。

 そして言うのである。「頼むぞ、水蓮」と。


 「私、その人のことを思うと体が熱くなるの。顔は忘れても、体はあの人のぬくもりを覚えてる。きっと、何度も何度も愛し合ったんだと思うわ。そのまま死んでもいいと思うぐらいね」

 「は、はあ……」


 楓はますます顔を赤らめ、うつむいた。水蓮の言葉は、初恋もまだの楓には少々刺激が強かった。


 「その人と、鬼を倒すと約束したんだと思うの。だから、私は鬼を追うのよ。それがその人を思い出す、たった一つの手がかりだもの」

 「そうなんだ」

 「うふふ。楓は好きな人はいるの?」

 「い、いないよ、そんな人」

 「じゃ、大切な人は?」

 「大切な人?」


 水蓮に問われて、楓が真っ先に思い浮かべたのは姉だった。


 「お姉様……かな?」

 「どんな人?」

 「とってもきれいで優しいの。お茶を入れるのが上手なんだよ。でもお姉様、いつも病気がちだから、心配なのよね」

 「次期領主でしょ? 体が弱いのは心配ね」

 「うん。だから私が助けてあげなくちゃ、て思うんだ。でも私、霊力も目覚めないし、性格的に巫女とか向いてなさそうだし……お姉様の護衛でもしようかな、て思ってるの」

 「あなた元気そうだものね」

 「あはは、それだけが取り柄だから」

 「それでいいんじゃない」

 「え?」

 「大好きなお姉さんに代わって橘の務めを果たす。鬼と戦いながら神の卵のもとへ行くなんて、病弱なお姉さんにはできないから、あなたが代わりにしているのよ。そう考えれば、少しは怖くなくなるでしょ?」


 楓は、すぅっと心が軽くなるような気がした。

 橘の使命だの人の存亡だの、正直そんなことを言われても、楓はピンとこなかった。だが大好きな姉のためと言うのであれば、楓はがんばれそうな気がした。

 鬼と戦いながら北の山へ行き、神の卵を天に返す。病弱な姉にそんなことができるとは、楓には思えなかった。だからこそ自分が選ばれたのだと思うと、楓はなんだか元気が湧いてきた。


 「そっか……そうだよね。お姉様には無理だものね」

 「少しは気が楽になったかしら?」

 「うん」

 「それじゃ明日から、一緒に頑張りましょう。私は愛する人のため。あなたは大好きなお姉さんのため」

 「うん、頑張ろうね!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ