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3 異世界の人

 夕食後、水蓮は約束通り、かつて何が起こり、今何が起こっているかを教えてくれた。


 「そういうことだったんだ」


 楓は大きく息をついた。


 「ウソみたいなお話だけど……本当なんだよね?」

 「私も信じられなかったけどね。まあ、目の前に事実を突きつけられちゃ、信じる信じないもないわよね」


 ベン。

 水蓮は静かに微笑み、琵琶をつま弾いた。

 琵琶は、水蓮が自分で作ったものだった。鬼の力を消し去る力がある、世界にただ一つの琵琶だ。楓が好奇心に駆られてどういう仕組みかと尋ねたが、水蓮は「ひ・み・つ」と言って、艶やかな笑みを浮かべただけだった。

 もっとも、鬼を倒す力はまだ十分に発揮されていない。二年かけてようやく楽器としては完成したが、鬼を倒す武器としてはさらに改良を加えなければならなかった。


 「きれいな音だね」

 「そう? ありがと」


 低く響く琵琶の音は、どこかもの悲しく、はかなかった。


 「水蓮さんは、どうして鬼を倒そうとしているの?」

 「さあ」

 「さあ?」

 「わからなくなっちゃったのよ。とりあえず、ポポの仇討ちにつき合ってるんだけどね。でも、私にも鬼を倒さなければならない理由があったと思うわ」


 そう言って水蓮は、さらに楓を驚かせることを述べた。

 水蓮は、この世界の住人ではないという。

 元いた世界のことはほとんど記憶がなく、帰る方法もわからない。覚えているのは、自分が舞妓だったことと、そのとき習った歌と舞いだけだった。

 六年前、何かの理由で、どのようにかして、水蓮はこの世界にやってきた。わけがわからないまま山中をさまよい、ようやく里に出たと思ったら、そこは小人族の村だった。

 警戒心の強い小人はなかなか水蓮を受け入れてくれなかったが、一度心を許すと家族のようにつき合ってくれた。別の世界に来たことに戸惑い嘆く水蓮を、陽気な小人たちは連日のお祭り騒ぎで慰めてくれた。

 そして一年。ようやく別の世界に来たことを受け入れた水蓮に、転機が訪れた。

 なんの前触れもなく、鬼が小人の村を襲ったのだ。予期せぬ出来事に小人族の村は一夜で壊滅、やっとのことで生き残ったのは、ポポと水蓮だけだった。


 「それからずっと鬼を追ってるわ。四年前に一度追いついたんだけど、軽くあしらわれてこのザマよ」


 水蓮は自分の目を指差した。

 水蓮は目が見えなかった。四年前、鬼が放った力をまともにくらったのが原因だった。危うく命を落とすところだったが、ポポがイチかバチかで、鬼の力を打ち消すという小人族の力を水蓮にたたき込んだ。おかげで命だけは取り留めたが、代償として水蓮は光を失った。


 ♪

 森のおーくふーかく小人むーらにー

 一人の男がうまーれたーのさー

 その名はポポロビッチ=バン=ピロスキー

 小人族第二のえーいゆーうさー


 ポポロビッチポポロビッチ ポポロビッチチー

 ポポロビッチポポロビッチ ポポロビッチチー

 ♪


 不意に、元気のいい歌声が聞こえてきた。

 歌声の主はポポだった。腰に手拭いを一枚巻いただけのお風呂あがりスタイルで、奇妙なステップを踏みながら同じ歌を何度も歌った。


 「いよっ、お風呂お先にいただいたぜ!」

 「ごきげんねえ、ポポ」

 「あったりめえさ!」


 ポポは腕を組んでふんぞり返った。楓はハラハラしたが、かろうじて手拭いはずり落ちなかった。


 「あのゲルンハルト=ビル=エフタナル様の御子孫に出会えた上に、ともに鬼と戦うんだからな! これで不機嫌になってちゃあ、オテントサマに怒られるぜ!」

 「ゲルンハルト……ああ、一寸法師ね」

 「燃える、燃えるぜ! 一度は叩きのめされたものの、再び立ち上がり鬼に挑む、若き日のポポロビッチ! そしてついに出会ったゲルンハルト様の子孫! ああ、これほどオイラのサクセスストーリーの始まりにふさわしいシチュエーションはねえ! やっぱオイラは、英雄になるべくして生まれてきたんだなあ! そうは思わねえか、楓!」

 「え? それはその……」


 楓は、どう答えようかと水蓮を見た。しかし水蓮は、のんびりとお茶をすすって微笑むだけだった。


 「……自信を持つって、大切だよね」

 「そうだよな、やっぱ自信を持つのは大切だよな! さすがゲルンハルト様の御子孫、いいこと言うぜ!」

 「うぬぼれは困るけどねえ」


 ボソリと言った水蓮の言葉は、ポポには聞こえなかったようだ。


 「しびれる! 震える! ああ、オイラの人生が、今、勝利に向かって動き始めた!」


 ポポはあさっての方を向いて一人で盛り上がり、そのうち涙まで流し始めた。ついには喜びを押さえきれなくなり、また歌いながら踊り出した。そのため、かろうじて持ちこたえていた手拭いがついにずり落ちた。幸い楓から見れば後ろ姿だったので、ポポのタイセツなところは見ずに済んだ。


 「盛り上がってるとこ悪いけど」


 手拭いがずり落ちたのにも気づかず踊っているポポに、水蓮が冷たい口調で言った。


 「手拭い、落ちたんじゃないの?」

 「うおわっ! なんてこったい!」


 水蓮の声で我に返ったポポは、照れくさそうに頭をかくと慌てて服を着た。


 「ホント、小人族って歌と踊りを始めると我を忘れるわよね」

 「はっはっは、面目ない。で、話は終わったのか?」

 「一通りね」

 「それにしても不思議な話だよなあ。橘一族の姫が、何も知らないなんて」

 「うん……でも、私は次女だから。きっとお姉様は全部知ってると思うよ」

 「あら、お姉さんがいるの?」

 「うん。橘の名はお姉様が継いでるの。だから、私は何も知らされていないんだと思うけど」


 楓の言葉に、ポポと水蓮は顔を見合わせた。


 「ポポ、どういうこと?」

 「オイラに言われてもなあ」

 「どうかした?」

 「いや、実はよ、オイラの村の長老が、橘一族は、今代は姫が一人しかいない、て言ってたから……」

 「は?」


 ポポの言葉に、今度は楓が首を傾げた。


 「私のことは知らなかった、てこと?」

 「うーん、そんなはずはないんだけどなあ」


 楓は初耳だったが、小人族と橘一族は、数年に一度はお互いに使者を送り、近況を知らせ合っているという。


 「次女とはいえ、次期領主候補だろ? 知らないわけないんだよなあ」

 「ま、いいじゃない。お姉さんでも妹でも、橘一族のお姫様なんだし」

 「ま、それもそうだな」


 事情はよくわからないが、何かの手違いで、楓のことが伝わっていなかっただけだろう。水蓮はそう言うと、琵琶を置いた。


 「さて、楓。私たちもお風呂に入ろうか」

 「あ、そうですね」


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