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2 過去〜鬼との戦い

 邪鬼の包囲を脱した楓たちは、夜の闇の中を駆け続けた。

 やがて夜が明ける頃、千早は次の小屋にたどり着いた。

 昼夜を通して駆け続けたためか、さすがの千早も疲れていた。楓と水蓮が鞍を下ろそうとしても逆らわず、鞍を下ろすと、土間に巨体を横たえすぐに眠ってしまった。

 楓もくたくただった。ポポと水蓮が寝てていいと言ってくれたので、楓はその言葉に甘えて眠ることにした。


 そして、また夢を見た。


   ◇   ◇   ◇


 何もかもが突然で、成すすべもなかった。

 軍を率いて海を渡った鬼の総大将は、またたく間に三つの国を滅ぼすと、そこに鬼の国を作った。

 近隣の諸国は連合軍を組織してこれに対抗したが、人と鬼の力の差は歴然、十万を数えた大軍もわずか数百の鬼に全滅させられた。生き残った人は祖国を捨て、鬼の国から最も遠い、橘姫の国へと逃れた。

 橘姫の国は決して貧しくはなかったが、急激に増えていく避難民すべてを受け入れるほどの国力はなかった。次第に食糧の配布が滞るようになり、あちこちで住民と避難民の間に小競り合いが生じた。

 領主は病身を押して国難に当たった。橘姫も、一寸法師と禅高をお供に国中を駆け回って人々の慰撫に務めた。しかし状況は日増しに悪くなり、ついには暴動の鎮圧に兵が動く事態となった。

 二カ月後、七つ目の国が鬼に滅ぼされた。

 その五日後、諸国の王が橘姫の国に集まり対策を協議した。しかし妙案など思いつくはずもない。鬼との圧倒的な力の差は、刃向かう気力すらなくすほどのものだった。


 「このままでは滅亡を待つばかり。打って出て、起死回生を計るべきだ」

 「バカを言うな。十万の大軍ですら、たやすく蹴散らされたのだぞ」

 「ではどうするというのだ」

 「降伏するしかあるまい。鬼の支配を認めると伝えれば命まではとられはせぬ……」

 「要するに命乞いか」

 「仕方ないであろう! 無駄に命を落とすより、ここは忍んで力を蓄え、捲土重来を果たすのだ!」

 「やめておけ。これまで降伏を申し出た国はあったが、いずれも滅ぼされている」

 「それみろ。やはり打って出るしかない。たとえ全滅しようとも、我ら人の意地を見せてくれるわ!」

 「民に死ねと命ずるのか? 王のすることではないわ!」

 「なら黙って殺されるのを待つのか? この腰抜けめ!」

 「なんだと?」

 「落ち着け。我らが争ってどうする!」


 王たちの議論はいつ果てるともなく続いた。橘姫は根気よく議論につき合っていたものの、やがて疲れてしまい、適当な理由を付けて席を立った。

 橘姫の部屋の前では、一寸法師と禅高が橘姫が戻るのを待っていた。橘姫は二人を部屋に入れると、手ずからお茶を入れ二人に振る舞った。


 「それで姫、結論は出ましたか?」


 橘姫は、一寸法師の問いに黙って首を振った。


 「そうでございますか」

 「相手が人間であれば、降伏して終わりなんでしょうけど……」

 「きゃつら、降伏など認めませぬからな」

 「そうね」

 「どうあがいても結果は同じ。ならば打って出ようという意見が出たのでは?」

 「そうね。お父様も止めているけど、無理でしょうね」


 橘姫と一寸法師は、期せずして同時に禅高を見た。

 禅高は今までのヨレヨレの着物ではなく、品のいいしゃれた着物に身を包んでいた。服装に無頓着な自分を悔い改めたわけではない。妻が見つくろった着物を、言われるままに着ているだけだった。

 その妻とは他でもない、禅高が想いを寄せていた三条の姫だった。

 一寸法師が言った通り、三条の大臣は一寸法師が考えた策に見事にだまされ、娘を勘当した。一寸法師と橘姫は、渋る禅高の尻を叩いて三条の姫を禅高の屋敷へ迎えさせると、電光石火の早業で禅高と姫の縁談をまとめてしまった。その手並みは、禅高が「稀代のサギ師だ」とあきれたほど見事なものだった。

 とはいえ、禅高は単純な男である。だまし討ちのような形で三条の姫を妻に迎えることになったのが、どうにも落ち着かなかった。

 絶対に言うな、と一寸法師に釘を刺されてはいたが、とうとう我慢できなくなって、禅高は婚礼の前日に、三条の姫にすべてを白状した。

 禅高は破談を覚悟した。しかし話を聞いた三条の姫は、怒るどころか、さもおかしそうに笑い出したのである。


 「とっくに気づいてましたよ。私は、お父様ほど頭が固くありませんからね」


 三条の姫は、土下座する禅高を起きあがらせると、その頬に手を当てて優しく微笑んだ。


 「あなたは思った通りのお方ね。あなたの妻となれること、嬉しく思いますわ」


 こうして二人はめでたく夫婦となった。

 よほどの縁だったのだろう、二人の間にはすぐ子供ができ、やがて元気な男の子が産まれた。二人目の子供もまもなく臨月で、禅高は指折り数えてその誕生を心待ちにしていた。


 「ん、なんだ?」


 禅高は二人の視線に首を傾げた。一寸法師と橘姫はうなずき、禅高の方に向き直った。


 「禅高。私は一度国へ帰ろうと考えているのだ」

 「国に?」


 禅高は目を見開いた。出会って以来八年、一寸法師が故郷のことを口にしたことは一度もない。その一寸法師が、国へ帰るという。


 「実はな、我ら小人族に鬼の力は通用せぬのだ。それだけではない。小人族には鬼を倒すための術が数多く伝わっている。私はそれを学ぶ前に国を出てしまったが、小人族の力を借りれば、きっと鬼を倒すことができると思うのだ」

 「私も法師とともに行くつもりです」


 橘姫はきっぱりとした口調で言った。禅高は黙ったまま腕を組み、右の眉を跳ね上げた。


 「で?」

 「法師の話では、小人族の村まではおよそ一カ月。その間に険しい山をいくつも越えねばなりません。しかし、鬼を倒す方法が他にない以上、なんとしても行くつもりです」

 「領主様はなんと?」

 「伝えていません。言えば別の者が行くことになるでしょう。しかし小人族は非常に警戒心が強く、簡単には人を受け入れてくれぬとのこと。私自身が出向き説得せねば、信を得ることはできないでしょう」

 「なるほど」

 「……共に行ってくれぬか、禅高」


 一寸法師の言葉に、禅高は今度は左の眉を跳ね上げた。


 「道のりは険しい。姫の護衛が必要だ。だが、小人族に警戒されぬよう最小限の人数で行かねばならぬ。おぬしの力が必要なのだ」

 「なんでそんなつまらねえことを聞く、法師」


 禅高は怒ったような口調で言った。


 「俺が行かないとでも言うと思ったのか」

 「おぬしの妻は臨月ではないか。姫は気を使ってくださっているのだ」

 「……俺は情けねえよ」


 禅高は目をむいて、橘姫と一寸法師をにらみつけた。


 「何もかも分かり合っていると思っていたやつに、そんな風に思われていたなんてな。まったく、情けねえ」

 「禅高、そう怒るな。姫は……」

 「俺がお仕えしているのはな、法師」


 禅高は一寸法師の言葉をさえぎった。


 「この国とそこに生きる民の命を背負って、毎日必死に働いている姫だ。いざというときは、てめえの命を差し出す覚悟ぐらい、とっくの昔にできてるぜ!」

 「怒鳴るな、禅高!」

 「そもそもだ。俺は……」

 「禅高、もうよろしい」


 橘姫はそう言うと、禅高の手に自分の手を重ねた。


 「覚悟がないのは私の方でした。禅高、法師、私は今こそ心に刻みましょう。二人の命は、この私が預かっているのだと」


 重ねられた橘姫と禅高の手の上に、一寸法師が飛び乗った。それを見た禅高は眉を開き、底抜けに明るい笑顔を浮かべた。


 「それで、出発はいつだ?」

 「おぬしの準備が出来次第だ」

 「よし、なら今から行こう」

 「おぬし、手ぶらで行く気か? それに、奥方にも伝えねばならぬだろう」

 「この町に来たときは手ぶらだった。それで困ったことは何もねえ。カミさんには、行きがけに顔を出せばそれでいい」


 すでに立ち上がっている禅高を見て、橘姫と一寸法師は肩をすくめた。


 「やれやれ、おぬしには感心するよ」

 「あれこれ迷った私と法師がバカみたいね」


 そこへ、家老が慌てふためいて飛び込んできた。橘姫は、もしや小人族の村へ行こうとしていることがバレたのかと肝を冷やしたが、そうではなかった。


 「ひ、姫。今すぐ領主様のところへお戻りください!」

 「どうしたの、そんなに慌てて」

 「お、鬼が……鬼の使者が、来たんです!」


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