1 千年の戦い
三日間の攻防に決着をつけたのは、橘一族が誇る巫女だった。
百人を越える巫女が、持てる霊力のすべてをつぎ込み、領主の合図とともに術を放った。放たれた霊力は、石を投じた水面のように、波紋となって町に広がった。
霊力の波紋に飲み込まれた邪鬼は、一筋の光となって消えた。第二弾、第三弾の波紋が次々と放たれ、それは強力な結界となって町をおおった。町の外にいた邪鬼は結界の突破を試みたが、ついに果たせず、四日目の朝が明ける頃には町の周辺から姿を消した。
息をつく暇もないまま、傷ついた民の救助活動が始まった。領主の指示の下、作業は手際よく進められ、その日のうちに町の全ての人が、ひとまず雨露をしのげる場所に落ち着くことができた。
鬼の襲撃から五日目のお昼過ぎ、各区域の代表者が橘一族の屋敷に集められた。そこで彼らは、領主の口から、今回の事件の背景を聞かされた。
千年前、一寸法師により鬼は倒され、この地に平和が戻った。
しかし、残された鬼の死体が人を悩ませた。火で焼けば毒の煙となり、土に埋めれば大地が腐り、川に流せば水が汚れた。その上、鬼の死体には人の理解を超えた「鬼の力」が残されていた。いかなる方法をもってしても消すことができず、しかもすさまじい邪気を帯びていたため、「鬼の力」に触れた者は鬼と化した。鬼と化した人は理性を失い、手当たり次第に破壊と殺戮を繰り返した。
ついには町が一つ滅びる事態となり、一寸法師は軍を指揮して鬼と化した人、すなわち邪鬼の掃討を開始した。同時に一寸法師は、故郷の小人族の協力を得て、鬼の力を浄化する術を作り上げた。倒された鬼の死体は北の山に集められ、浄化の術の中でようやく鎮めることができた。
だが、問題が残った。
浄化の術は強力な力で鬼の力を閉じこめたが、その強力さゆえに、浄化が終わった力もそのまま閉じこめられることになった。閉じこめられた力は術の中で融合し、凝縮されて一つの巨大な力となっていった。
元々は神である鬼の力。浄化されれば、それは神の力となる。しかも数万を数える鬼の力が融合し、凝縮されたものだ。その力は想像を絶し、天地すら自在に操る力になるだろうと予測された。
「鬼の力が全て浄化されるまで、およそ千年かかる」
一寸法師はそう計算した。そして自らの血を引く者に対し、こう告げたという。
「以後、我ら一族はこの地に根を下ろし、北の山を聖地として管理する。そして術の管理と維持を使命とし、千年後、浄化が終わった力をすみやかに天に返す。さすれば天上の神が、その力をもって新たな神を作るだろう。ゆめ、この力を我が物としようとはするな。とても人の手に負えるものではない」
それ以来、浄化が終わった力は「神の卵」と呼ばれるようになり、橘一族の中でも限られた者しか知らない秘中の秘とされた。
「その千年が過ぎた。まもなく術による浄化が終わり、神の卵が世に出てくる。それを狙って、鬼が動き出したのだ」
領主の話を聞いた代表者たちは、半信半疑でお互いの顔を見た。しかし領主が冗談を言う人物ではないことは、誰もが知っていた。
「神の卵を手に入れるためには、幾重にも張られた結界を解かねばならぬ。それは橘一族の血を引く者でないとできぬ。それゆえ鬼は、橘一族の者を手に入れようと町を攻めてきたのだ」
「では、今後も鬼は攻めてくるのですか?」
「かもしれぬ。しかし町は、巫女が総力を挙げて作った結界で守っている。鬼といえどそう簡単には破れぬから、安心せい」
代表者たちは狐につままれたような顔で退出した。
代表者を見送ると、領主の横に控えていた橘姫は立ち上がり、領主の前に出て平伏した。領主は人払いをし、部屋の中には領主と橘姫だけとなった。
「椿」
領主は、橘姫に向かってそう呼びかけた。
「証は、ちゃんと渡したな?」
「はい、確かに」
「そうか」
面を上げよと言われて、橘姫はゆっくりと顔を上げた。
「結局、お前には一番つらい道を歩ませることになったな」
「いいえ、領主様。これは私が望んだことです」
橘姫は領主の言葉に、首を振って微笑んだ。
「それに、これまでの十五年間、衣食に困らぬ暮らしをさせていただいたこと、本当に感謝しております。私は、幸せ者です」
「そう言ってくれるか」
すまぬな、椿。
領主はその言葉を飲み込んだ。それは、橘姫の覚悟に対する侮辱と思えたからだ。
「椿よ。いよいよ決戦だ。命に代えても、その使命を全うせよ」
「はい、かしこまりました」




