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小人族御伽草子 橘姫と神の卵  作者: おかやす
第一章 鬼の襲撃
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9 小人と琵琶法師

 「ちょぉっと待ったあ!」


 もうだめだ、と思ったその時。

 楓の頭上から、威勢のいい青年の声が聞こえた。楓が驚いて見上げると、杉の木の上に、小さな人影が見えた。


 「か弱い乙女をよってたかっていたぶるたあ許せねえ。天に代わってこのオイラが、お前たちに鉄槌を下してやるぜ!」


 とおっ、という声とともに、人影が落ちてきた。人影は、空中で鋭く三回転すると、楓の目の前に見事に着地した。

 目の前に現れた「彼」を見て、楓は大きく目を見開いた。

 金髪碧眼やや吊り目。頭にはねじりはちまきを巻き、桜色のはっぴを身にまとっていた。まるで、今から祭りにでも出かけるような格好だった。いや、そんなことはささいなことだ。重要なのは「彼」が、楓の手のひらに乗る程度の大きさだということだ。


 「こ……小人?」

 「耳の穴かっぽじってよーく聞け!」


 驚く楓をよそに、小人の青年は邪鬼に向かってふんぞり返った。


 「我こそは、小人族の英雄ゲルンハルト=ビル=エフタナルの再来といわれる男。人呼んで小人族第二の英雄、ポポロビッチ=バン=ピロスキーだあ!」

 「人呼んで、ねえ」


 ベン。

 何かの弦楽器の音が低く響き、笑いを含んだ艶やかな声が聞こえた。

 楓は我が目を疑った。いつのまにか、見たことのない弦楽器を持った女性が、千早の背中に乗っていた。長い黒髪を流れるままにし、落ち着いた黄色の着物に深緑の袴姿。姉とは違う、だが姉に勝るとも劣らない美しい女性で、どこか不思議な雰囲気をまとっていた。


 「自称でしょ、ポポ。物事は正確にね」


 その女性は艶やかに笑うと、手に持っていた弦楽器を鳴らした。

 ベン、と低い音が響く。

 しかしその音を聞いて、女性は眉をひそめ、小さなため息をついた。


 「なかなかうまくいかないわねえ。これじゃ鬼の鈴に勝てないかしら?」

 「のんびり琵琶の調節してる場合じゃねえだろ、水蓮!」

 「慌てない、慌てない」


 邪鬼に囲まれているというのに、水蓮はどこか楽しそうに笑った。ベン、と再び楽器をかき鳴らすと、水蓮は艶やかな笑みで楓に呼びかけた。


 「馬上から失礼。橘一族の姫君とお見受けいたします」

 「は、はい」


 水蓮に問われて、楓は思わずうなずいてしまった。そんな楓に、千早があきれた表情を浮かべた。これがもし楓の命を狙う者だったら、楓の人生はここで終わっていただろう。


 「私は水蓮、その小人はポポ」

 「ポポロビッチ=バン=ピロスキーだっての!」

 「よろしくお願いしますね」


 水蓮と名乗った女性は、小人の抗議をさらりと聞き流し、言葉を続けた。


 「我ら両名、橘一族のお力を借り、鬼を倒すため、まかりこしました。邪鬼に追われ危ういご様子。ご加勢いたします」


 リィィーン。


 再び鈴の音が聞こえた。邪鬼の目がにごった光を増し、楓をにらみつけた。


 「あらあら、せっかちな方が、ポポの他にもいるようね」


 ベベン。

 水蓮が琵琶をかき鳴らした。すると邪鬼の目に宿る光が弱くなった。


 「お、きいてるぜ、水蓮」

 「鬼が遠いからね。ポポ、さっさと脱出しましょ」

 「おうさ」


 ポポは水蓮に威勢良く答えると、楓を見上げ親指を立てた。


 「あとはオイラに任せて、大船に乗った気持ちでいな!」

 「は、はあ……」

 「でもって、ちょっと体貸してくれな!」

 「は?」


 ポポは楓の体を駆け上った。そして楓の頭の上に立つと、両手を交差させ、大きく回して叫んだ。


 「ポポーロ!」


 ポポの体が赤く輝き出した。ポポはさらに腕を回し、最後に両腕を空に突き上げるような格好になった。


 「フュージョーン!」

 「えっ……ええっ!」


 楓は思わず叫んだ。ポポが叫んだ瞬間、体の自由がきかなくなり、体が勝手に動き出したのだ。


 「ポポロジャーンプ!」


 楓の体が宙を待った。およそ常識では考えられない跳躍で、楓は身長の何倍もある岩の上に跳び乗った。そしてさらに大きく飛び、軽々と邪鬼の包囲網を突破した。

 楓は、くるりと宙で回転し、見事に千早の背に飛び乗った。逃がすまいと、邪鬼は慌てて千早を囲んだ。


 「お見事、ポポ」

 「かるいかるい!」

 「でもその掛け声、なんとかならないの?」

 「なんでだよ。かっこいいじゃねえか」

 「美的センス、もう少し磨きなさいね」


 水蓮は肩をすくめ、楓に向き直った。


 「さて、お姫さま」


 水蓮は戸惑っている楓の耳元で囁いた。


 「我ら両名のこと、信じますか、信じませんか?」


 楓は黙って水蓮を見上げた。探るような楓の視線に、水蓮は、うふ、と艶やかに笑った。


 「なんだか楽しそうですね」

 「人生は、楽しんだ者が勝ちですわ。それが例え、鬼との戦いでも」

 「……あなたは、今何が起こっているのか、知っているの?」

 「おおよそは」


 楓は千早を見た。千早は突然現われたポポと水蓮に対し、警戒している様子はなかった。


 「じゃ、後で教えてね」

 「かしこまりました、お姫さま」


 水蓮は琵琶をかき鳴らした。


 「ポポ、行くわよ!」

 「うっしゃ! ポポロビッチ、バリアー!」


 ポポの体から発する光が大きくなり、楓たちを包んだ。すかさず千早は大地を蹴り、風のように駆けた。邪鬼が立ちふさがったが、ポポが作ったバリアに触れたとたん、一筋の光となって消えた。


 「へへん、邪鬼ごときがオイラのバリアを破れるもんか!」


 楓たちは邪鬼の包囲を突破し、竹薮を抜けると、全速力で夜の中に駆け去った。


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