五年前
「頼む……頼むぞ、水蓮」
その男の言葉に、必ずやり遂げると約束したことは覚えていた。相手が誰だったのか、その約束の内容は何だったのか、水蓮はどうしても思い出せなかった。
だが、どうやらその約束を果たす時が始まったようだった。
水蓮は立ち上がり、隠れていた洞窟から外に出た。
落ち着いた黄色の無地の着物に、深い緑の袴、そして着物の色に合わせた下駄の紐。腰にまで達するほど伸びた黒髪は流れるままにし、細面の整った顔にはごく薄い化粧をしているだけ。飾り気は少ないが、二十歳という年令がそれを十分に補っていた。
だが、水蓮の顔は泥と埃で汚れていた。髪や着物にはあちこち焦げた跡があり、右の下駄の鼻緒も切れかかっていた。
「ポポ」
水蓮は、洞窟の外にいた少年に声をかけた。
少年といっても、ただの少年ではない。身長およそ十センチ。自称小人族第二の英雄、ポポロビッチ=バン=ピロスキーだ。
「よう水蓮。起きたのか」
水蓮の呼びかけに、ポポは振り向いた。
無造作に刈った金髪、やや吊り気味の目と、その目に宿る強い意志の光。人間であれば十四、五歳、一見してやんちゃ坊主とわかる顔立ちだが、どこかあどけなさを残しており、その言動には背伸びをしている感があった。
ポポの顔もまた、泥と埃で汚れていた。いつも身につけている、ねじりはちまきと桜色のはっぴにも、あちこちに焦げ跡があった。
ポポと水蓮はしばらくの間、黙って眼下の光景を見た。
眼下に広がるのは、一面の焼け野原だった。そこには昨日まで、小人たちが楽しく暮らす、平和でのどかな村があった。
「燃えたね」
「そうだな」
「他に生き残っているのは?」
「見つからねえ。たぶん、生き残ったのは、オイラと水蓮だけだな」
水蓮の問いかけに、ポポはハキハキとした口調で答えた。
「……もうちょっと落ち込んでいるかと思ったわ」
「落ち込んでいるヒマなんかねえよ」
ポポは唇を噛んだ。
「みんなの仇は絶対オイラがとる。それまでオイラには、落ち込んでるヒマなんかねえ」
ポポがどれだけ村を愛していたか、水蓮はよく知っていた。焼け野原となった村を見て悲しくないわけがない。それでもポポは、歯を食いしばり、涙を見せようとしなかった。
「オイラは絶対仇を取る。絶対に! オイラならできる!」
「相変わらず、前向きね」
「へへん、オイラを誰だと思ってる」
ポポは自信に満ちた笑顔で親指を立てた。
「小人族第二の英雄、ポポロビッチ=バン=ピロスキー様だぜ。この程度のことじゃ、決して立ち止まりはしないのさ!」
それを見て、水蓮は笑顔になった。
「だからあなたは好きよ」
「オイラに惚れたら、ヤケドするぜ!」
「ふふ、それは素敵な恋ができそうね」
水蓮はポポを手に乗せると、そっと左肩に乗せた。そこが、ポポの定位置だった。
「行こうぜ、水蓮。あいつは絶対、神の卵を狙っているはずだ。先回りしてやっつけてやろうぜ!」
「ええ。行きましょうか、鬼退治に!」