恋バナ
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「──と、言う訳でアッシュくんには協力して欲しいの」
「……いや、なんでそうなるんだよ……」
アッシュはそう言うと項垂れた。
ここは冒険者ギルドから程近い飲み屋だ。
繁華街の一画にある店で、時間帯もあるがかなりの賑わいを見せている。
とは言え客層はそこまで悪くは無く、チラホラとだが女性客もおり、場末の酒場とは違う様相だ。
アッシュは項垂れた頭をどうにか上げ、目の前に居る二人の女性を見る。
一人はエルフの女性だ。
年の頃は10代後半と言った所だが、エルフはかなり長命な種族であり、見た目から実際の年齢は分からない。
ただ、見た目と雰囲気はそのまま一致しており、彼女が年若いエルフなのを感じさせる。
彼女の名はラズベリル。フィウーメの冒険者ギルドの受付嬢だ。
そしてアッシュの頭を悩ませるのは、もう一人の女性。
全身が薄緑の鱗で覆われ、薄い紫のワンピースドレスを着た蜥蜴人のメス。
クリクリとした目が愛くるしい、美人で有名な受付嬢。
──そう、バドーの娘であるライラだ。
今日もアッシュは師匠であるトカゲと共に幾つかの依頼をこなし、ギルドに報告に行った。
そしてその報告も終わり、ギルドを離れようとしたのだが、その時に呼び止められこうして彼女達の仕事終わりに一緒に飲む事になったのだ。
トカゲと友好的な関係であるバドーと、その娘であるライラとはアッシュも比較的仲が良く、こうして飲んだ事も何度かある。
無論その時はバドーもトカゲも一緒だったのだが、今回は珍しくアッシュだけが誘われ、トカゲと別れてこうして来てみた訳だが、アッシュはその事を後悔していた。
「……念のためもう一度言ってくれるか?」
自らの聞き間違いを願い、そうライラに尋ねたアッシュだったが、返ってきたのは先程と変わらない答え。
「私がトカゲさんを口説き落とすのを手伝って」
「……はぁ……」
アッシュは再び項垂れた。
どうしてこうなった。
アッシュは頭を抱えてそう思う。
そもそも、ライラは既にトカゲに振られている。
何度目かの依頼の後、仕事終わりのトカゲを呼び止めて、そのままライラから告白したのだ。
その時偶然居合わせたバドーが憤怒の形相でトカゲに襲いかかったが、これまた偶然旅行から帰って来たアルに止められ、トカゲは正式な返答をした。
「すいませんが、私には婚約者が居ます。貴女の気持ちには応えられません」
と──。
それを聞いたバドーは目に見えて上機嫌になっていたが、直後にライラが大号泣してかなりの騒ぎになった。
そのせいでトカゲがライラから好意を持たれている事が周知されてしまい、トカゲは蜥蜴人のオス達からかなり睨まれる様になってしまったのだが、正直自分とは無関係だと思ってアッシュはトカゲが絡まれるのを密かに楽しんでいたりした。
しかし今、無関係ではいられなくなりそうな状況に追い詰められている。
「……あのさ、直接言われたから分かってるとは思うけど、師匠には婚約者が居るんだぜ?しかも二人も。どう考えたって無理でしょ」
ライラは知らないが、トカゲはそもそも蜥蜴人では無く、ただ蜥蜴人に変身しているだけに過ぎない。
しかし、もし仮に蜥蜴人だったとしても既に婚約者が居る以上、ライラが向けている好意はただの横恋慕に過ぎないのだ。
そんな勝ち目の無い状況下なのに、なんでこんな言葉が出て来るのか。
アッシュがそんな風に考えていると、ライラが自信あり気な表情を浮かべる。
「そう!そこよ、そこ!もう二人も婚約者が居るのよ?後一人増えたって平気じゃない?」
「……あぁ、成る程……」
その言葉で、アッシュはライラの考えが漸く分かった。
確かにフィウーメ……と言うか、魔大陸メガラニカ・インゴグニカには重婚を違法とする国は無い。
何人もの女性とハーレムを形成する魔物も少なくないだろう。
そして、客観的に考えれば既に二人の婚約者が居ると言う状況はある程度は好色なのだと判断出来るし、そこに入り込む余地は有る様にも見える。
つまりライラはトカゲの二人の婚約者を押し退けるのでは無く、自分もそこに入り込もうと考えたのだ。
しかし──
「……無理」
「なんでよ!?私って結構美人だし、見込みは充分な筈よ!!」
そう言って両手をテーブルに叩き付けるライラ。
その気迫に一瞬たじろいでしまうアッシュだが、しかし何をどう言った所で不可能なものは不可能だ。
──だって、全然種族違うもん。
トカゲの本来の姿を知るアッシュから言わせれば、ライラの言っている事は世迷言以外のなにものでもない。
巨大な体に、これでもかとばかりに恐怖と凶器と凶暴さを詰め込んだ様なあの姿は、思い出すだけで背筋に来るものがある。
正直言うと、二匹の妹達ともどうやったって交尾なんて出来るとは思えない。
まぁ、本人達は進化して互いに交尾可能な近縁種になるつもりらしいし、当人同士がそれに納得してる以上は外野がとやかく言う事では無いが、しかしそんな種族の壁を越えようとする程深い絆で結ばれた彼等の間に入り込むなんて、どう考えたって不可能だ。
正直に話して、逃げたい気持ちはある。
しかしアッシュの師匠は不必要な情報の流出を嫌うし、妹達について下手な事を言えば殺されてしまう可能性がある。
比喩では無く、直喩で。
何とか良い言い訳は無いものかと、首を捻りながら考えていたアッシュだったが、酒場の入り口から入って来た一匹の魔物の姿にその視線が奪われた。
入って来たのは巨躯の蜥蜴人。
バドーと同じ程の背丈だが、彼よりも遥かに横に大きく、まるでダルマの様なシルエットだ。
しかし受ける印象は決して可愛らしいものでは無い。
その淀んだ眼は、見る者に強い不安感を与える。
「……」
アッシュの表情が変わった事を察した二人の受付嬢は、その視線を追う様に背後を向き、そして驚愕の表情を浮かべた。
「……そんなっ!?」
直ぐ様視線を戻し、小声で話し始める二人。
「そんな……!どうしてアイツが!?フィウーメには入れない筈じゃ無かったの!?」
「分からない。でも、あの姿は見間違う筈が無いわ。……なんでフィウーメに……!!」
突然変わった二人の様子に、アッシュが小声で話し掛けた。
「……なんだアイツは?二人とも知ってる奴なのか?」
その言葉にラズベリルが答える。
「……ええ。あの男は、かなり名の知れた冒険者の一人よ。“鉄槌のバルドゥーグ”。二つ名の通り、巨大な鉄槌で戦う戦士。だけどアイツは──」
「キャアァァッッッ!?」
「「「!?」」」
聞こえて来た悲鳴に、再び視線を向けるアッシュ達。
そこには地面に倒れたオスの蜥蜴人と、それを踏み付けるバルドゥーグの姿があった。
「……俺が“退けろ”と言ったんだ。黙って退けろ」
低い声でそう言うと、何度も蜥蜴人を踏み付けるバルドゥーグ。
その様子を見て、倒れている蜥蜴人の連れであろうメスの蜥蜴人が割って入った。
「や、止めてくださいッ!!か、彼が死んじゃう!!」
涙ながらにそう訴える彼女に、バルドゥーグは表情一つ変えずに呟く。
「……別に良いだろう。……死んでも。……女、お前は今日から俺の女なんだからな」
「!?」
バルドゥーグはそう言うと、彼女の手を掴んだ。
「は、離してッ!!離してくださいッッッ!!」
必死に抵抗する彼女だが、バルドゥーグはそれを無視して出口へと進む。
「……酒を飲むつもりだったが、良いものが手に入った。……これで壊れるまで遊ぶか」
「……ッ!」
そこに一人の女性が居るとは思えない様なバルドゥーグの言葉に、絶望の表情を浮かべたメスの蜥蜴人。
いや、違う。事実彼にとって彼女は自らの獣欲をぶつける為の道具でしかないのだ。
周囲の魔物達は、その圧倒的な凶暴さに怯えて顔を伏せていた。
無理も無い。例えバルドゥーグの前に立ち塞がろうとも、床に倒れる魔物が増えるだけに過ぎ無いのだから。
──この男以外なら。
「止まれよ丸デブ。……テメェの下衆ぶりにゃあ吐き気がするぜ」
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なんと、7件目のレビューを頂きました!
まだまだ未熟な拙作に、高評価を頂けて本当に嬉しいです。
露資亜陸亀さん、メッセージでも言わせて頂きましたが、本当にありがとうございます。




