口が臭い。
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「ツラを貸せ、金魚のフン野郎」
そう言って凄む蜥蜴人。
これで今週に入って8人目か。まぁ、先週の19人に比べるとかなり減ってるし、もう少ししたら落ち着くだろう。
──あの後、私達はフィウーメへと帰りギルドへの報告を済ませた。
本来ならユニークネームドが出た事や、毒を盛られた事も報告すべきだったのだが、コボルド達が幾つかの条件を飲む事と引き換えに取引きし、ギルドには通常通りの依頼をこなしたと報告した。
しかしそれでも相応の数の剣角鹿の死体をギルドに売り渡した事は周知される事となり、私達はそれなりに注目される新人となった。
そしてその後も着実に仕事をこなし、フィウーメに来てから約3週間でCランクへと昇格。これはフィウーメの冒険者ギルドに於いては4番目になるスピードであり、そこまで来ると“期待の新人”等と呼ばれる様になっていた。
──とは言え最初の依頼でユニークネームドを倒したと報告していたら、もっと早く昇格出来ていただろうが。
ともあれ、そんなこんなで私達の冒険者生活は相応に順調な訳だが、顔が売れるに連れて面倒事も増えて来た。
「……はぁ……」
「“はぁ”じゃねぇ。聞こえなかったのか金魚のフンが。バドーに媚び売ってランク上げしたゴミは耳も聞こえねぇのか?」
そう言って更に凄む蜥蜴人。
しかしカケラほども怖くない。バドーの段階で怖くないのに、そこから更に劣化させたコイツにビビる訳も無い。
──しかし面倒は面倒。
そう、他の冒険者。特に蜥蜴人の冒険者から異様に僻まれる様になっていたのだ。
思えば最初の報告が不味かった。
ユニークネームドの事もあり、深く追求されるのを嫌った私はバドーと協力して剣角鹿を狩ったと報告したのだ。
実力は追々証明してみせれば良いが、報告時点ではギルド側からの私の評価はただの新人。
そんな奴が何の後ろ盾も無く大量の剣角鹿を狩ってくれば、間違い無く探りが入る。
しかし凄腕として名が知れ、同様の恒常依頼を受けていたバドーが協力したとなれば誰も不自然には思わない。
まぁ、ギルドでの一件を知っている連中からは若干の疑問視を受けたが、剣角鹿の数が非常に多かった為にバドーが妥協した事にしてそれを躱す事が出来た。
そうして上手くあの事件については隠せた訳だが、事情を知らない他の冒険者から見れば私達は高位の冒険者との協力で棚ボタに評価を受けたに過ぎず、当然ながら良く思われる訳が無い。
そして更に美人で有名な受付嬢であるライラから好意を寄せられており、それが噂になってしまった為に蜥蜴人のオスからは尋常じゃないくらいにヘイトを集める事になっていたのだ。
そうして私は今に至る。
「……ツラを貸すのは構わない。だが、一応聞かせて貰えるか?私に喧嘩を売る理由を」
そう言って返した私だが──
「……イライザの事だ。これで分かるだろう」
──いや、分からん──
何を言ってるんだこのイカれ野郎は。ライラの事だったら逆恨みとは言えまだ理解出来るが、イライザなんて名前は初めて聞いたぞ。
私は思わず頭を抱えてしまうが、しかしながらこのパターンも何度目かになる。これは多分、私が振った蜥蜴人のメスの腹いせだろう。
私は自覚は無いが、蜥蜴人としては超絶的なイケメンらしく、メスの蜥蜴人にめちゃくちゃモテる。
それこそ街を歩けば一区画で2〜3人くらいに声を掛けられる程だ。
しかしながら私の性的な関心は妹達以外には全く向いておらず、正直言って誰が誰かも区別が付かない。
当然ながら彼女達を振るのだが、彼女達はそれに腹を立てる訳だ。
「私より美人が居るとでも?」
「何お高く止まってるの?」
「お願い……!遊びでも良いから抱いて……!」
これは全部リアルに言われたセリフだ。勝手に惚れて、振られたからと腹を立てて逆恨みする。
そして、街中で声を掛けてくる様な女だから、当然の如くに既に彼氏や夫が居たりする。
そこで彼女達は自分が逆ナンした事を隠して、彼氏や夫にこう言うのだ。
「あの男に無理矢理迫られた」
と──
「……はぁ……」
「テメェ舐めてんのかッッ!!」
──ドゴッ!!──
怒声と共に蜥蜴人が私のテーブルを蹴り飛ばす。
咄嗟に飲みかけのグラスを回避させたが、残念ながらツマミは床の上。
まぁ、この状況では食べる余裕も無いだろうが。
私は手に持ったグラスを空けると、それを隣のテーブルに置いて立ち上がった。
「漸く立ったか」
そう言っていきり勃つ蜥蜴人。私は彼に告げる。
「……イライザなんて女は知らん」
「あぁ!?テメェが昨日しつこく言いよった女だよッ!!イライザは俺の女だッ!!ブチ殺すぞ金魚のフンがッ!!」
やはりこのパターンか。まぁ、良くあるパターンと言えば良くあるパターンだ。
少なくとも“実の娘でした”よりは馴染みがある。
「……そうか。お前はそう聞いたんだろうな。だが事実は違う。大方私に振られたそのイライザとやらが、その憂さ晴らしの為にお前をけしかけたんだろう。私に絡むよりも女を見る目を養った方が良いぞ」
「ッッざけんなッッ!!」
私の親切なアドバイスを無視し、そう言って蜥蜴人が私に向かって拳を振るう。
私は首を逸らす事でそれを躱し、距離を置いて忠告する。
「……最初で最後の警告だ。次に私に攻撃しようとしたら反撃させて貰う。面倒は嫌いだが、舐められるのも嫌いなのでな」
「うるせぇッッ!!」
そう言って右手を大きく振り被る蜥蜴人。
全く、人の話を聞けないのか?
私は再びその拳を躱すと、素早く近付いてその顔目掛けて軽く左ジャブを放った。
「グブッ!?」
鼻血を吹き出し地面に転がる蜥蜴人。
……弱過ぎる。
フィウーメに来て3週間程だが、絡んで来る奴はどいつもこいつも本当に弱い。
まぁ、黒竜の森が環境的に異常なのかも知れないが、こんなレベルで良く喧嘩を売る気になるな。
「はぁ……。で、まだやるのか?私としては弱い者イジメなんて暇な真似は好みでは無いのだが、これ以上続けるなら次は腕をへし折るぞ?」
「……ッ!!」
私の言葉にたじろぐ蜥蜴人。先程の一撃で彼我の戦力差に気付いたのか、或いは鼻血に気勢を削がれたのか。
どちらにせよ次のセリフは大体想像が付く。
「いつか殺してやるッッ!!覚えてろよッッ!!」
それだけ言うと、蜥蜴人はその場から逃げ出した。
「……情け無い奴だな。私やアッシュなら顔面を殴られた瞬間に腕を貰いにいってたぞ」
「クスクス。それは無理。理想が高すぎる。あんな顔面持ってかれる様なパンチ貰ってそんな事考えるのはあんたらくらい」
私は声がした方向を見る。
そこに居たのは、全身を鱗状の硬い板で覆われた巨大な哺乳類……。
いや、文章的な表現は難しいので止めよう。
アルマジロの人獣、その名もアル・マジーロゥだ。
「……アル、見てたなら手伝ってくれても良かったんじゃないか?」
そう言ってジト目で見る私に、アルは首を振る。
「クスクス。思っても無い事を言う。僕が助けたら更に“スケイルノイズ”の金魚のフンと言われる。助けに入っても止めた筈」
……チッ。その通りだ。
私はバツが悪くなり、ジト目を止めて視線を逸らす。
アルはバドーがリーダーを務める冒険者チーム“スケイルノイズ”のメンバーで、バドーの紹介で知り合った。
彼も私と同じくウィスキーを好み、一度一緒に飲んだ事もある。
まぁ、今夜は完全に一人飲みに来ていたのだが、偶然居合わせた様だ。
アルは自分の座っているカウンターの横の席を軽く指で叩き、私はそれに従って席に着いた。
「クスクス。災難だったな。でも僕が思うにトカゲにも原因がある」
「原因?」
「そう。トカゲは自分が興味の無い相手の扱いが雑過ぎる。気に入ってたり、認めたりした相手にはとても紳士的なのに、それ以外の相手はかなり酷く遇らう。こないだ飲んでた時に声をかけてくれたメスの蜥蜴人に、自分が何て言ったか覚えてる?」
「いや、全く。声を掛けられるなんて当たり前だから意識もして無い」
「モテない男が聞いたら発狂するレベル。まぁ良い。僕は衝撃的だったから覚えてる。“口が臭いから話し掛けるな”。女の子にあれは無茶苦茶失礼」
……あー、そう言えばそんな事もあった気がする。
「しかし私としてはカケラほども興味が無い相手なんだぞ?それに酒場で声を掛けてくる様な女に誠意を持って接する価値があるのか?」
「価値は無い。そこは同意。でもある程度の擦り合わせは必要。その考え方で接して来て、面倒事は増える一方だったろう?難しい事じゃない。仕事中に接した相手くらいの扱いをすれば良い。“相手に対しての誠意”では無く、“この先の自分に対しての誠意”だと考える。そうしたらそこまで拗れたりしない」
そう言って私をジッとみるアル。高圧的では無いが、しかししっかりとした私の返答を待っている。
なんともむず痒いが、どうやら心配してくれている様だ。
「……分かった。上手く出来るかは分からないが、これからは善処してみる」
「うん。それで良い。トカゲは優秀だけど、そう言う所は抜けてたりする。アドバイスしてくれる人を大事にした方が良い」
「ああ」
「言質は取った。ここの払いは頼んだぞ」
この野郎……!
私はその後、アルとたわいも無い話を幾つかした後、もう一杯だけウィスキーを飲み、カウンターに迷惑料を含めた多めの金額を置いて席を立った。
「もう行くのか?」
「ああ。今日は少し整理して考えたい事があるからな。深酒は止めとく」
「そうか。気を付けて帰れよ」
「ああ、アルも奥さんに叱られないくらいにしとけよ」
そう言って酒場から出ると、心地良い夜風が吹いていた。
さて、この風に吹かれながら今の状況を少し整理してみよう。
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