何も無かった。
ーーーーーー
「……なぁ師匠。良かったのか?皆殺しにしちまって」
「構わん。多少手間は増えたが、私はコイツらが嫌いだったからな」
「“嫌い”って、随分と自分勝手な理由だな……」
「それ以上の理由が必要か?私の判断基準は“好きか嫌いか”と“必要か不要か”しかない。今回の場合は“必要”を上回って“嫌い”だったんだ。仕方ないだろう?」
「……まぁ、俺もコイツ等は気にいらなかったし、別に良いけどよ」
そう言って若干呆れながらアッシュは頭を搔く。
あの後、私達は勢いに任せて剣角鹿達を手当たり次第に殺しまくった。
若干の取り零しはあったが、しかしほぼ皆殺しと言える状況であり、これで剣角鹿による獣害も収まるだろう。
そんな様子を黙って見ていたバドーが、これまた呆れ気味に口を開いた。
「……トカゲテメェ……拳闘士ですらなかったのか……」
彼がそう言ったのは私がレイジングテイルを使用して剣角鹿の王を殺したからだろう。
詳しい事は知らないが、拳闘士と言うクラスは両手のみしか使えない代わりに攻撃スキルとSTR補正を手に出来ると言っていた。
恐らく尻尾を用いた攻撃スキルも使用出来ない筈であり、レイジングテイルを使った事で漸く私が拳闘士のクラスでは無い事を悟った様だ。
とは言え──
「……何を言っている?私が一度でも“そうだ”と言ったか?」
「……いや、言ってねぇが……。あぁ!クソッッッ!!」
そう言って苛立ち混じりに地面を殴るバドー。
ハッハッハ!良い気味だ!
そう、私は一度たりとも“拳闘士だ”などと言ってはいない。全ては奴の思い込みに過ぎないのだ。
溜飲も下がり切り、逆にかなり気分良くなった私だが、地面を殴りつけたバドーが脇腹を押さえた所で我に返った。
「クッッ……!!」
「ッ!大丈夫か!?」
しまった。
そう言えば奴は私がしこたま殴り付けたんだった。
見た所致命傷と言う訳では無いが、結構なダメージはありそうだ。
「……ダメージポーションなら幾つか備えがある。使うか?」
ここに来る前にスーヤにダメージポーションを幾つか作らせている。それを使えばこのくらいの傷なら完全に回復するだろう。
しかしバドーは首を振った。
「ハァ……ハァ……いや……いらねぇよ。こんくらいの怪我ならツバ付けときゃ治るぜ……」
そう言って強がるバドーだが、やはり顔色は良くない。
……手間の掛かる奴だ。
私はバドーの口に強引にダメージポーションを捻じ込み、無理矢理飲ませた。
「ゲホッ!ゲホッッ!?ッて、テメェ!何しやがる!?」
「何もクソも無い。ここからフィウーメまでどのくらい距離があると思ってる。帰るまでずっと私達の足を引っ張るつもりか?それとも一人で帰るつもりだったのか?」
「ぐっ……」
そう唸って黙るバドー。
万全な状態ならともかく、手負いのままフィウーメに向かうのは相応の危険が伴う。
野生の魔物もそうだが、旅人を狙う野党や強盗も少なくは無いのだから。
暫く悶々とした表情を続けていたバドーだが、やがて意を決したのか頭を下げて続けた。
「……すまねぇ。俺の思い込みで迷惑をかけた」
バドーのこの態度に私は面喰らう。
……随分とらしくない態度だ。
しかしそれだけに本気なのが分かる。プライドの高いバドーが頭を下げるのは相応の覚悟が必要な事だったろう。
最初に出会った時はただの噛ませ犬くらいにしか思えなかったが、こうして見るとそれが誤解だった事が良く分かる。
……強く、賢く、そして分別もある。バドーは頼りになる漢だ。
「……構わない。だが、タダと言う訳にもいかない。それは分かるな?」
私がそう言うと、バドーはそれが当たり前の様に頷いた。
「ああ。これだけの効果があるダメージポーションはレアだからな。俺もタダで貰うのは気が引ける」
「酒を奢れ」
「……は?」
私の言葉に間の抜けた様な表情を浮かべるバドー。私は念を押す様にもう一度言った。
「“酒を奢れ”と言ったんだ。……わかってるとは思うが、泥水で作った安酒じゃ納得出来ないぞ?」
再び惚けた様な表情を浮かべたバドーだが、しばらくして漸く言葉が飲み込めたのか、大笑いを始めた。
「プ、プッハハハハハッ!!なんだテメェ!相場の二、三倍は覚悟してたのに!!良いぜ!!満足するまで飛びっきりの酒を飲ませてやる!!」
「……言質は取ったぞ?言っておくが、私はこれまで一度たりとも酒で飲み負けた事が無い。覚悟は出来てるんだろうな?」
「ハッ!そりゃあこっちの台詞だ!吐くまで飲ませてやる!!」
そう言って再び高笑いするバドー。
どうやら微妙に残っていたわだかまりも無くなった様だ。
「……とりあえず私達の話はこれで終いだ。続きは酒を飲みながらすれば良い。……後は落とし前を付けさせに行くぞ」
私がそう言うとアッシュが口を開いた。
「……落とし前?」
「なんだもう忘れたのか?バドーに邪魔されたから出来なかったが、私達を嵌めようとした奴等にケジメを付けさせるんだ」
ーーーーーー
「グウッ!?」
壁に叩き付けられて呻き声を上げるコボルドの村長。
しかし今度はバドーも邪魔をせず、逆に厳しい視線を村長達へと送っていた。
私達はあの後、近隣の村落の村長を全員呼び集めて詰問していた。
全員集めたのは、全ての村を支配下に置いたと剣角鹿の王が宣言していた為だ。
「……何故ギルドに通報しなかった。最初に来たのが私達だから良かったものの、低ランクの他の冒険者達が来ていたら死人が出ていたかも知れない。それが分かっているのか?」
「……」
私がそう言うと、村長達は黙って項垂れる。
しかしその表情には沈痛なものが浮かんでおり、彼等がそれを望んでいなかった事は明らかだった。
「……何か言う事は無いのか?」
「すいません……ただそれだけしか言えません」
一人の村長がそれだけ言うと深く頭を下げた。私達に毒を盛った張本人だ。
私は彼に問い掛ける。
「……もう一度聞く。何故通報しなかった」
私の言葉に一瞬だけ戸惑った様子を見せた彼だったが、意を決した様に重い口を開いた。
「……理由は幾つか有ります。先ず、支配されてからそれ程時間が経っておらず方針が定まっていなかった事。我々の三つの村落は、そもそも元は一つの村が開拓の為に別れたもので、他の村よりも繋がりが強いのです。しかし支配された直後から分断されてしまい、連絡を取る事が出来なくなっておりました。その状態であの剣角鹿の王を敵に回す判断をする事は出来ません。一人の判断で決められる様な内容ではありませんでした……」
彼がそう言うと、他の二人の村長も頷いた。
……これは確かにそうかも知れない。
仮に一人の村長が通報する事を決めたとしても、他の村がどういう風に考えているか分からない状態では二の足を踏んでしまう。
それにもし仮に上手く秘密裏に通報する事が出来たとしても、実際にギルドが討伐に入った場合戦場になるのは勿論この近隣だ。
その時にどんな被害が出るのかは、実際になってみなければ分からない。
「……そして、一番大きな理由ですが、依頼を出すだけの金が無いのです」
「……金だと?」
「……はい。ご存知の通り、連邦は大小様々な都市国家や村落の集まりです。国家レベルの侵略ならばフィウーメも議長国として対応して下さりますが、今回の件はそれとは異なります。そして“ユニークネームドの討伐”とは当然ながらかなり高位の依頼となり、我々が負担する金額も相応な物になります。それに依頼を出せたとしても直ぐに受けて貰える保証も無く、ただ手をこまねいておりました……」
そう言って再び項垂れる村長。
……成る程。結局はノートの村とほぼ同じ理由と言う事か。
比較的簡単に加盟する事は出来るが、保証は弱く、懐事情で全てが決まる。
異世界ファンタジーと言えば封建社会がベターだが、どうやら我々の魔界は資本主義社会の様だ。
同情出来る余地は確かにある。……しかし今回はノートの村の時とは違う。
「……悪いが今回の件はギルドに報告させて貰う。その時にどんな処罰を受けるかは分からないが、相応の覚悟はしておくんだな」
「!?そ、そんな!!お待ち下さい!!そんな事をされてはどの様な目にあうか!!どうか!どうかご容赦ください!!」
そう言って縋り付く村長を振り払うと、私は静かに告げた。
「“ご容赦ください”だと?毒を盛った相手に良くそんな言葉が出て来るな。それにお前達の誠意ある対応を期待して口にしなかったが、犠牲者は既に出ている。お前達は口にしなかったが、流れの冒険者を一人死なせているだろう?まぁ、お前達から言わせたら流れの冒険者なんてのはゴミみたいな物かも知れないがな。……それでも平然と第三者を使い捨て、依頼を受けた冒険者にも毒を盛る。……お前達に情けを与える理由が何かあるのか?」
「……ッ!」
私の言葉に絶望的な表情を浮かべる村長達。
そう。ノートの村とはそこが違う。立ち向かう事を選んだノートの村に対して、彼等は剣角鹿の支配を受け入れ、私達を差し出す事を選んだのだ。
同じ様に救ってやる謂れは無い。罰を受けて当然であり、寧ろ受けるべきとまで言えるだろう。
彼等の農耕技術には興味があったが、冒険者から死人が出ている以上、その報告を怠るつもりはない。
私がそんな事を考えながらその場を後にしようとすると、一匹のコボルドが私の前に立ち塞がった。
私に毒入りの茶を持ってきたコボルドだ。
「……なんのつもりだ。剣角鹿の王を殺した私に、その王に怯えていたお前達が敵うとでも思っているのか?それとも別の毒を試すつもりか?」
そう言って凄む私に、怯えた様子を見せるコボルド。しかし奴はそれでもそこを退かなかった。
「……と、取り消して欲しい……」
「?何を取り消す必要がある。私が言った事は全て事実だろう?流れの冒険者を使い捨て、勝ち目が無いからと剣角鹿に尻尾を振ったのはお前達だ。……どう客観的に考えてもお前達に非がある」
そう、誰が何を言おうとそれは変わらない。この場に於いて私達が責められる要素など欠片ほども有りはしないのだ。
「わ、分かってる。私達がやった事も、それが招いた結果だと言う事も。だから、私は貴方がギルドに報告する事は当然だと思うし、それを止めるつもりは無い」
……ほう?
これは中々興味深いな。奴の言葉に表情を歪める二匹の村長を尻目に、私は続きを促した。
「……なら、何を取り消せば良いのだ?」
「……な、“流れの冒険者を平然と使い捨てた”と言った事だ。村長は平然となんかしていない。だ、誰よりも傷付いている。あんたの、その言葉にも。だから、取り消して欲しい」
「取り消す必要が何処にある。口先だけで何を言った所で事実は変わらない。お前達はその哀れな冒険者を使い捨てたんだ。正にゴミの様に──」
「違うッッ!!」
私の言葉を遮る様にコボルドが叫び、そして睨み付けた。
「その……殺された人は……流れの冒険者なんかじゃない……ッ!り、リーンの兄ちゃんは……!!村長の孫だったんだ!!流行り病で家族を無くした村長の、最後の家族だったんだ!!村を良くしたいからって、世界を見たいからって、冒険者になって、漸く帰って来た所だった!!そ、そんな兄ちゃんをゴミみたいだなんて、平然と使い捨てたなんて、そんなの……そんなの村長が……!」
そこまで言うと、そのコボルドは泣き崩れた。
「……」
……成る程な。随分と都合良く冒険者が居たと思っていたが、元々は村の住民だった訳か……。
そしてこの数年で王となった剣角鹿の王は、その見知らぬ冒険者を流れ者と誤認し、私達に伝えたのだろう。
私が何も言わずに黙って見ていると、孫を殺された
と言う村長が私の前で跪いた。
「ど、どんな処罰でも受けます。ですから、ですからどうか、その言葉だけは……ッ!!」
その言葉に促される様に、他の二人の村長も頭を下げて懇願し始めた。しかもその内容はギルドへの報告を妨げるものでは無く、先の二人と同じく言葉を取り消して欲しいというもの。
その表情からも彼等が本気なのは見てとれる。彼等にとっても相応に思い入れのある人物だった様だ。
……。
…………。
………………。
「………………………………………………はぁ……」
私は長いため息をすると、ゆっくりと口を開いた。
ーーーーーー
「凄いっ!!まさかこんなにも沢山の剣角鹿を狩ってくるなんて!!」
目の前に並べられた剣角鹿の死体に、そう言って喜ぶ蜥蜴人の受付嬢。背後から若干の視線を感じるが、最初程の殺意は無い。
「……いえ、たまたまですよ。偶然群れに出会す事が出来ましたし、バドーの協力もありましたから」
そう言って背後を見ると、バドーも黙って頷く。
「そうなんですか!?でも、それでも十分凄いですよ!おと……いえバドーさんが協力してくれるなんて、それはそれで信じられない様な事ですもん!」
「どう言う意味だ!俺ぁこう見えて面倒見は良いんだぜ?」
「トカゲさん大丈夫でしたか?酷い事されませんでしたか?」
「いえ、とても良くして頂きましたよ」
「あれ?俺無視されてない?」
そんな風なやり取りが続き、ライラは依頼完了の手続きを進めて行く。
そして書類が完成した後、最後の確認の意味で私達にこう尋ねた。
「これにて依頼完了です。最後にもう一度確認させて頂きますが、何か変わった事はありませんでしたか?」
私はその言葉にこう応える。
「はい。何もありませんでした」
ーーーーーーー