馬鹿の王
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『……そうしてぇ!!僕様がこの森の頂点に君臨したんだよぉ!ゲヒャゲヒャゲヒャ!!』
そう言って高笑いする剣角鹿の王。
……馬鹿丸出しのアホだ。
わざわざ全ての経緯を説明してくれた。
何とも主観的で都合の良い解釈を加えた話だったが、要約すると大体こうなる。
1.ユニークネームドになる。
2.捕食者を殺し過ぎて仲間が増えまくった。
3.冒険者ギルドが介入。話の流れから察するに、恐らく最初に大規模な討伐依頼があってそこから更に剣角鹿の個体数制御の為に恒常依頼が出された模様。
4.ボアファングのユニークネームドとの抗争が始まる。
5.仲間の強化の為に村を支配下に置くも、その直後から何故かボアファングのユニークネームドが消えてしまう。
6.ワイが王様や!
と、こんな感じだ。
まぁ、村を支配下に置く以外は野生なら良くある様な話だが、今回の場合、この5に関しては身に覚えがある。
……多分、ボアファングのユニークネームドを殺したのは私だ。
以前にも話したが、私はフィウーメに来る前に食事の為にこの森に寄っている。
その時にボアファングとボアを何匹か捕食した訳だが、時系列的にそれが奴の言う、“天を貫く牙と、強大にして絶大なる知能を兼ね備えた豚の王とその側近達”なのだろう。
まぁ、確かに大型のボアファングだとは思ったのだが、正直それ以外は印象に残っていない。
獣型のユニークネームドの脅威は、ステータスやスキル以上に、その知性の高さにある。
“武器を持ってようやく対等”と比喩される野生の獣が、人間並みの知能で襲い掛かって来る事を想像すればそれがどれだけの脅威かはわかって貰えるだろう。
しかし残念ながら今回の場合は瞬殺してしまった為にそれを見る機会も無く、ただ少し大きかったくらいにしか他のボアファングと区別出来る点が私には無いのだ。
『ここまで随分とぉ我慢して来たんだぁ!ユニークネームドと疑われない様にぃ獲物をバラしても谷底に落としたりぃ、同胞を殺させてもぉ死体をボアファング達に喰わせて目立たない様に処理したりとぉ色々なぁ?それなのに貴様等と来たら、随分と鼻が効くみたいだなぁあ?折角秘密にしてたのに、こうして僕様の事に気付いてしまうんだぁから。……正直言って、かなり邪魔だぁよ』
そう言って凄んで見せる剣角鹿の王。
奴としてもまだ冒険者ギルドと事を構えるつもりは無いのだろう。今の段階で気付いた私達を生かして帰すつもりは欠片ほども無い様だ。
私は奴に問いかける。
「……ついでに聞きたいのだが、隠していたなら何故グレイベアでマーキングをした?見る者が見れば、あれが剣角鹿の仕業だと直ぐに分かるぞ?」
そう、これに関しては少しだけ引っかかっている。ユニークネームドと疑われない様に行動して来たにしては、ここだけ微妙に抜けている様に感じるのだ。
しかしそれを聞いた剣角鹿の王は、狂った様に笑いだした。
『ゲヒャヒャヒャヒャッ!!ああ、アレか?アレは村長が雇った流れの冒険者の使い魔だぁよ。親子でテイムされてたから、先ず冒険者をバラして、その後に子グマをバラして糞尿をトッピングしてやったんだ!邪魔されない様に、親グマの手足の腱を切ってからなぁあ?ゲヒャヒャヒャヒャ!ゲヒャヒャヒャヒャッッ!!アレは楽しかったぞぉお!?ゲヒャヒャヒャヒャ!!』
その笑い声に連動する様に周囲の剣角鹿達も声を上げる。一種の異様さが感じられる光景で、バドーも若干怯えている様に見える。
しかし私の抱いていた印象は、恐怖では無く強い不快感だった。
……ハッキリ言って胸糞が悪い。
私も必要なら子供だろうと病人だろうと年寄りだろうと殺す。場合によっては愉悦を感じる事もあるだろう。
しかし奴はそれを自慢するかの如くひけらかしている。
本来なら自らを恥じて律するべき醜い衝動を、前面に押し出して愉悦に浸っている。
……親の前で子を殺す事を、楽しんだと言っている。
綺麗事を吐かすつもりは無い。奴が“悪”だとか言うつもりも無い。
私も必要なら、同じ手段か、それ以上に残酷な手段をとる場合も有り得るのだから。
だから私がコイツに言える事は一つしかない。
──私は、コイツが“嫌い”だ。
『ゲヒャヒャヒャヒャ!……ハァ……。ああ、ゴメンゴメン、聞きたいのは理由だったっけぇ?理由は取捨選択さぁ。僕様の事を気取られるリスクより、メリットを取っただけの話。あのマーキングを施した場所は、僕様の縄張りじゃ無くて、ボアファングの縄張りだったんだぁよ。つまり、分かりやすく挑発してた訳。……誘き寄せて、こんな風に罠に嵌める為にねぇ!!』
「なっ!?」
思わず声を上げるバドー。
突如として周囲に剣角鹿の群れが現れたのだ。
周囲の最前列を囲んでいる剣角鹿は、先程から隠密を使用して周囲を囲んでいた連中だ。そしてその数歩後ろに控えている奴等は恐らく──
『ゲヒャヒャヒャヒャッ!!驚いた?驚いたぁあ?コイツらはお前が見張りのゴブリンを気絶させたから仕込めたんだぁよぉ?感情的になってたとは言え、牽制してた見張りを気絶させたのは悪手過ぎたんじゃぁない?』
そう、アッシュに筋肉バスターを決めた後に間合いを詰めて来たのだろう。
「……チッ!予想以上に数が多い……!!どうすんだよトカゲッッ!?」
そう言って焦るバドー。確かに彼から見れば、自身は負傷し装備が破壊された状態であり、そして仲間である私は拳闘士のクラスを持っているのに利き手が潰れた状態だ。焦るのも無理は無いかも知れない。
しかし実際の所は慌てる必要など欠片ほども無い。全て私の予定通りなのだから。
『ゲヒャヒャヒャヒャッ!ゲヒャ!?ゲヒャヒャヒャヒャッッ!!どうする?どうするぅう?利き手の使えない拳闘士と、負傷してまともに起き上がれない戦士ぃ!!どう考えても絶望だぁねぇえ!?命乞いする?命乞いするぅう!?命乞いするなら、互いに殺し合いなぁよ!生き残った方は見逃してあげるよぉお!?』
「黙れ」
『!?』
私の言葉に顔を歪める剣角鹿の王。
焦りも怒りも浮かばない私の表情と言葉に、奴の嗜虐心が満たされなかったのだろう。
『……そんな態度でぇ良いのぉ?状況が分かってるぅのぉ?ここで僕様に逆らったら、どうなるか分からないのぉ?』
そう言って更に凄む剣角鹿の王。
しかし奴は絶対に私やバドーの間合いには近づかない。周囲に配下を置き、安全な位置に居続ける。
自分が優位な時にしかこうして姿を見せる事すらしないのだ。
そして姿を見せてやる事と言えば、弱者を嬲る事だけ。
……同じ王でも、随分と違うものだ。
『何を黙っているんだ!!死にたく無いなら命乞いをしろって言ってるんだぁよぉ!!』
「……お前みたいなクズが約束を守るとでも?どうせ生き残った方を嬲り殺しにするだけだろう。それと──」
私はそこまで言うと、軽く背後を指差す。
「バレバレだぞ?」
「投擲斧ッッ!!」
『!?』
私がそう呟いた直後、倒れていたアッシュが飛び起きてスキルを発動させた。
“投擲斧”は、投げた手斧にSTR補正をプラスするスキルだ。
戦士系の中距離攻撃スキルだが、威力と命中精度は使い手の腕に依存する。
アッシュの手元から離れた手斧は、剣角鹿達から大きくそれて、何も居ない筈の私の背後へと吸い込まれる。
その直後──
『ギュエエエエェッッッッッ!?』
何も居なかった筈の空間から剣角鹿が現れ、そしてそのまま息絶えた。
『そんなっ!?』
驚愕の表情を浮かべる剣角鹿の王。私は淡々と奴に告げる。
「……貴様の狙いは“暗殺者の一撃”だろう?未発見状態の隠密中、初撃のみ発動可能な単一スキル技で、高い補正値を誇るスキルだ。周囲の剣角鹿に隠密を解除させたのは、この攻撃を成功させる為の囮だったんだろう。だが、生憎と私はこのスキルを知っているし、最初から隠密中のコイツの事も感知している。なんでむざむざアッシュに気絶したフリをさせたと思う?……お前の事を誘き出す為だ。“馬鹿の王”」
『……!!』
そう、バドーとの喧嘩も含め、私達はずっと奴に隙を見せ続けていた。
確かに視線察知は優れた探知能力を誇るが、その反面視線を送らない相手には一切の効果を発揮しない。ゴリ達が黒南風から逃げ切れたのもその為だ。
それ故に隠密を使用した状態のまま逃げられれば取り逃がしてしまう可能性もあったので、私はどうにか奴を誘き出す為にバドーとのタイマンに乗ったり非効率な戦いを続けたりしていたのだ。
私は鷹揚に続ける。
「……どうする?命乞いするなら見ててやるぞ?まぁ、生憎と気が変わったから、生かしておくつもりは無くなっているがな」
『ホザけ爬虫類が!!状況は何も変わらないッッ!!やれぇぇぇえぇっっ!!』
奴の掛け声に反応して、周囲の剣角鹿達が一斉に動き始める。
私はバドーを背に隠す様に立つと、剣角鹿の死体から拾い上げた手斧をアッシュに投げ返し、声を掛けた。
「作戦変更だアッシュ。バドーは私が守るから、お前が奴等を殺せ。“命を大事に”じゃなくて、“ガンガン行こうぜ”だ」
それを聞いたアッシュは軽く口笛を吹く。
「ヒュ〜♪良いね!訓練以外だと初めてじゃねぇか!本当に本気でやっても良いのか!?」
「……構わないが油断はするなよ。ステータスの差が有っても、スキルの効果によっては遅れを取る事もある。それとお前の覚醒解放は使うな。……あれは癖が強い」
「了解!」
私の言葉を聞いたアッシュは、そのまま一足飛びで近くに居た剣角鹿へと近づく。
しかしそれを察していたその剣角鹿は、直ぐさまその鋭利な角をアッシュへと向けて迎撃の構えを見せた。
『ゲヒャヒャヒャヒャ!!馬鹿がッッ!!僕様の兵達はただの野生の魔物じゃない!!訓練を積んだ優秀な兵士なんだぁ!!』
そう言って嗜虐的に笑う剣角鹿の王。
確かにあの構えは攻防一体の構えだ。あのままの対面を維持されると攻め手に欠けるし、不用意に攻めれば手痛い反撃を食らうかも知れない。
……一対一ならば。
「投擲斧!!」
『!?』
アッシュは投擲斧を発動させ、一匹の剣角鹿へと投げ付ける。
その剣角鹿は胸部を大きく引き裂かれ、そのまま絶命した。
そして、その様子をアッシュへと角を向けていた剣角鹿が呆然と見つめている。
……そう、アッシュは立ち止まり、油断して遠くから眺めていた別の剣角鹿へと手斧を投げ付けたのだ。
『なっ!?卑怯なっ!!』
批難の声を上げる剣角鹿の王に、アッシュが笑いながら応える。
「ぎゃっはッッはっ!!笑わせんなよ!決闘でもしてるつもりだったのかよ?今は戦闘中だぜ?……死んだ方が悪りぃんだよ」
『〜〜斧と奴の間を塞げッッ!今の奴に武器は無い!奴にあの斧を握らせるなッッ!!』
そう言って剣角鹿達に指示を出す剣角鹿の王。
確かに正確な判断だ。アッシュの手から離れた手斧は、比較的離れた位置で剣角鹿を仕留めており、その間にはそれなりの数の剣角鹿達が居る。武器を握れなければ、亜人型の強みである武器装備適性を活かす事は出来ず、アッシュでも基礎ステータスが高い剣角鹿達に不利を強いられる事だろう。
武器を持っていなければ。
『ゲヒャヒャヒャヒャ!!武器を手放したのは愚策だったなぁあ!?お前達!!そのまま嬲り殺して──』
「“盾の弾丸”ッッッッッ!!」
『!?』
その掛け声と共に、手盾を前面に構えたアッシュが駆け出す。
道を塞いでいた剣角鹿達は、その進行を止めようと立ち塞がるが、次々と弾き飛ばされ息絶えて行く。
『馬鹿な!?何故だッッ!?』
「……馬鹿はテメェだよ。誰が武器を持って無いって?こうしてしっかり握ってんだろうが」
そう言ってアッシュは左手に持った手盾を指差す。そう、手盾はそもそも武器と防具の両方の性質を持つ装備であり、攻撃スキルも備えている。
“盾の弾丸”
手盾装備時に発動可能な単一攻撃スキルで、直線的かつ、一定距離を進むまで解除出来ないと言うデメリットもあるが、高い補正値を誇る攻撃スキルだ。
アッシュがわざわざ遠めの敵を狙って手斧を投げたのは、剣角鹿達を可能な限り直線上に集中させる為。剣角鹿の王は見事にそれに乗せられたのだ。
アッシュは手斧を拾い、剣角鹿の王を挑発する。
「で、どうすんだ?馬鹿の王。降伏すんなら部下の命だけは見逃してやるぜ?まぁ、テメェが死ぬのは確定済みだがな」
『ホザけぇぇぇッッッッッ!!』
剣角鹿達は再び動き始めた。
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その後も続く攻防。アッシュは剣角鹿達の攻撃を防ぎ、躱す。そして手斧で斬りつけ、投げ付け、手盾で叩き付ける。
時折思い出した様に私達に攻撃を仕掛ける剣角鹿も居たが、私は魔眼と左手のみで対処する。
見る間に剣角鹿達が数を減らして行くが、その様子を見ていたバドーが話し掛けて来た。
「……お、お前ら何者だ?ここまでの実力者が全くの無名なんて信じられねぇ。それこそSランクの冒険者なんじゃねぇのか!?」
「……生憎と街に来て日が浅いから、冒険者としては新人で間違いない。ただ、生まれた時からずっと命懸けで戦い続けて来てるから、それなりに腕はあるがな」
「……ずっと戦い続けてるって、まさかテメェ、黒竜の森から来たのか!?」
「そうだ。それがどういう意味を持つかは分からないが、一応は“二つ名持ちユニーク”とされている。実際にはユニークネームドじゃあないから、それは誤解だがな」
「……なッッ!?」
バドーが驚愕して黙り込む。
……ふむ。よくあるラノベ展開だな。こういう時は「俺、なんかやっちゃいました?」とか、スッとぼけた事を言わなければならないのだろうが、生憎とそこまで私は鈍感ではない。
──ハッキリ言おう。気持ちイィィィイイイイイイッッッッッ♪
私がそんな事を考えていると、剣角鹿の王が声を上げた。
『き、きき、貴様ッッ!!決闘だ!!僕様と決闘をぉしろぉッッッ!!』
「……それは私に言っているのか?群れの配下を殺しまくってるアッシュじゃなくて?」
『貴様がぁこの場の長だろうぅッッッッッ!!貴様以外に無いッッ!!』
「……」
剣角鹿の王の言葉に、アッシュが呆れている。
確かにこのままやり合っても、奴の群れが削れるだけで旨味は無い。一対一で決着をつける方が損害は少なくて済む。
そしてその相手として私を選んだのは、無傷でその強さを見せ付けているアッシュより、負傷した私の方が弱いと判断した為なのだろう。
反論しても構わないのだが……。
しかしそれよりも決闘を受けた方が面白そうだ。
「……良いだろう。ルールは?」
『合図と同時に開始する。負けた方はこの場から手を引き、一切関与しない。これでどうだぁ?』
「合図はこちらに任せて貰えるか?」
『……良いだろうぅ』
私はアッシュにバドーを任せ、少し距離をとって奴の前に立つ。
すると私とアッシュ達を分断する様に剣角鹿達が移動を始める。
……確かに訓練されてるが……やはりコイツ等は嫌いだ。
「……じゃあ、始めるか?」
取り敢えず剣角鹿の動きは無視し、私がそう話し掛けると奴は口角を上げた。
『死ねぇッッッッッ!!』
「!?」
なんとあのクソ野朗は開始の合図も待たずに不意打ちを仕掛けて来たのだ。
クソだゴミだとは思っていたのだが、まさかここまで節操も無いとは……。
私は初撃を躱すと大きく距離を置き、一旦奴の動きを止める為にコカトリスの魔眼を発動させる。
しかしその直後、驚くべき事が起きた。
私の動きが遅延したのだ。
「!?」
『ゲヒャヒャヒャヒャッッ!!驚いたぁ?驚いぃたぁ?それが僕様のユニークスキル、“反射”の効果さぁあ!!反射は事前に指定したスキルを自動で反射するスキル!貴様がコカトリスの魔眼を使っているのは何度も見ていた!情報を漏らし過ぎたんだぁょぉ!馬鹿なのは貴様だったな!!」
そう言って高笑いした剣角鹿の王が、角を私に向けて突き出し、スキルを発動させた。
『“爆撃角”ッッッッッ!!』
周囲の木々をなぎ倒しながら、奴が私へと迫る。
恐らくこのスキルの効果には効果範囲の拡大が含まれているのだろう。でなければ直接触れていない木々までへし折れる筈が無い。
『ゲヒャヒャヒャヒャ!効果時間も確認していた!!この距離なら効果が切れたと同時に直撃する!躱す事も出来ないだろう!死ねぇぇぇ馬鹿の王ぅぅぅッッッッッ!!』
「“魔眼殺し”」
『へっ?』
突然動き出した私に、呆気にとられる剣角鹿の王。
あれだけ魔眼を使っていたのに平然と決闘相手に選ぶ時点で何らかの対策は用意してるとは思ったが、反射とは恐れ入った。
しかしこちらとて魔眼の対策は用意してある。私の“継承”は応用力に関してはずば抜けているスキルなのだ。
私はそのまま奴に向かって尻尾を振り被り、スキルを発動させる。
「“レイジングテイル”」
『ま、待ってくれ!交渉を──』
──ドゴォォォン!!──
轟音と共に私の尻尾が奴に叩き付けられる。
こうして馬鹿の王は死んだのだった。
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