君臨。
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──彼は生まれた時から変わっていた。
“変わっていた”とは彼の主観でしかないが、しかし周りの同族とは明らかに違っていたのだ。
彼の同族である剣角鹿達は、彼を除き皆臆病で、いつも何かに怯えていた。
それは大地を穿つ雷だったり、流れ行く川であったり、自らを襲うグレイウルフだったり。酷い時には風で揺れた木々の音にさえも怯えていたのだ。
彼にはそれが理解出来なかった。
剣角鹿は、強靭な四肢と鋭利な角を持っている。それなのに何に怯える必要があるのかと。
雷はただ光って大きな音が出るだけだし、川は泳いで渡れば良い。木々の音等、論じる必要すら無い。
──そして、グレイウルフは殺せば良い。
そう考えた彼は、それを実践して見せた。
そしてそれは、彼が思うよりもずっと簡単だった。
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それから数年が過ぎた。
縄張りに住むグレイウルフを皆殺しにした彼は、暴虐神クレマカレマより真名を授かり、剣角鹿の王となっていた。
一見すると順調に見える彼の人生だが、しかし同時に二つの大きな問題を抱える事にもなっていたのだ。
一つは同族が増えすぎた事。
捕食者を殺し尽くした事で、彼の同族は森の中で死ぬ事が殆ど無くなってしまった。
その為に数が増え過ぎて森の食料が枯渇し、逆に飢えで死ぬ者さえも出て来たのだ。
彼は群れの活動範囲を広げる事でこれに対処したが、それにより近隣の村の農作物に被害を出す様になり、冒険者を差し向けられる事になる。
初めは村の自警団員と差は無いと考えていた彼だったが、しかし冒険者達は思いの外強く、かなりの数の配下を失う事になった。
ただ、これにより群れの食い扶持が減り、結果として食料問題がやや改善されたのは、何とも皮肉な話だろう。
そしてもう一つの問題。
それは、強大な力を持つ好敵手の出現だった。
冒険者達に追われる様に一時的に縄張りを後退させた彼だったが、そこには既に彼と同じユニークネームドが君臨していたのだ。
そのユニークネームドは、個体数こそ少ないがその分強力な力を持つボアファングの王だった。
ボアファング達は雑食であり、剣角鹿と食性が異なるのだが、それでも被ってしまう面も多くあり、二つの勢力は程なくして対立する事となる。
初めは数で対抗しようとした彼だったが、しかしボアファング達は強く、逆に配下達を殺される結果となる。
そして、そこから二年程はボアファング達に良い様にされてしまい、彼は苦渋を舐める事となった。
しかし彼も指を咥えて見ていた訳ではない。
弱い配下を殺されつつも、生き残った配下の中で強い個体を選別し、群れの質の向上を図ったのだ。
栄養価の高い餌。戦闘教育。そして、同族を殺させる事で効率的に経験値を獲得させた彼等は、他の配下達とは比べ物にならない程に精強な剣角鹿へと成長していった。
そうして作り出した強大な兵達を用い、彼はボアファング達への反撃を開始したのだ。
初めは奇襲が上手く行き、ボアファング達を押し込める事が出来ていたのだが、しかし精強な剣角鹿が居ると理解したボアファングの王に直接出張られる事になり、戦況は一変してしまう。
結局その時の戦いも痛み分けの様な形に終わり、彼は次の手を考えざるを得なくなった。
そこで彼が思いついた方法。それが近隣の村の住民の家畜化である。
数が減ったとは言え、それでも彼の群れの数は多い。
そして、強い個体を作り出す為には栄養価の高い餌が大量に必要であり、近隣の住民が作る農作物は正に打って付けだったのだ。
彼は手始めに村の住民を攫った。
そうする事で強引に村長達を交渉の場に引き摺り出したのだ。
一人の村長が流れの冒険者を雇って襲って来たが、その冒険者を彼が召喚した二匹のグレイベアと共に八つ裂きにしてやると、村長達は黙って従った。
後は配下達を鍛え上げ、ボアファングの王を殺すだけ。
そう考えていた彼だったが、不意にボアファングとの戦争は終わりを迎えた。
──消えたのだ。ボアファングの王が。
理由は分からない。
しかし近隣の村を抑えて直ぐに、ボアファングの王とその側近達が忽然と姿を消したのは事実だった。
初めは戸惑った彼だったが、しかしこの好機を逃すつもりもない。
王を無くしたボアファング達は、如何に強かろうとも烏合の集に過ぎず、瞬く間に彼に屈服した。
こうして彼は、名実共にこの森の王として君臨したのだった──
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村長達が素直に従った理由は追い追い語られますので、突っ込みはもう暫くお待ちください。
あと、全然脈略無いんですけど、最近筆者が見つけた良作を紹介させて下さい。
『雲海のオデッセイ』
https://ncode.syosetu.com/n0109fq/
“なろう”と言うよりは王道ファンタジーラノベみたいな内容です。
展開は遅いと感じる方が多いと思いますが、文章力と世界観は極めて完成度が高く、続きが楽しみな作品です。
個人的に楽しみにしてる小説なのですが、余りにもブクマ数が少なく、エタられる恐怖もあり紹介させて頂きました。
もし良かったらブクマと評価をしてあげて下さい。