お父さん。
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「……ケリが着いたみたいだな」
アッシュがそう言ってこちらを見る。
とは言え、まだ周囲を剣角鹿が囲んでいるので直ぐに視線を戻したが。
何とか勝てた。無論、地力で負ける要素は無かったのだが、危うく尻尾を使ってしまう所だった。縛りプレイで縛りを解くのは負けに等しいからな。
……とは言え代償も支払ったが。
「……ッ!」
私は痛みに顔を顰めながら自分の右手を見る。
そこには血が滴り続ける右手があった。
あの時、遅延した状態のバドーに全力で撃ち込んだ右手はその反動で骨まで砕けてしまったのだ。
綺麗に切られた左手とは違い、こちらのダメージは大きい。
高位再生能力は、“回復力の強化”では無く、“状態の回帰”が効果の為、このまま放って置いても骨の変形等も無く万全の状態に回復するのだが、その再生時間は傷の状態によって変動する。
バドーも言っていたが、獣型の魔物はこの手の身体系のスキルの適正が高い。その為本来の姿に戻ればせいぜい2〜3時間程度で治るだろうが、擬人化したままの状態だとどのくらい時間がかかるかは分からない。
流石にそこまで検証出来ていないのだ。
まぁ、元々戦闘には手なんて殆ど使って無いから、剣角鹿とやり合うのには支障は無いのだが。
「……さて」
右手の事は一先ず置いておき、私はバドーへと視線を移す。
奴は私から見て数メートル先に倒れ伏している。死んではいないのだが、先程から微動だにしていない。
私は奴へとゆっくりと近付いて──
「“レイジングテイル”!!」
──ガシッ!!──
放たれた尻尾を左手で掴む。
そう、奴は死んだフリをして攻撃の機会を伺っていたのだ。
しかしながら私の視線察知には様子を伺うバドーの視線がバッチリ捉えられており、こうして余裕を持って受け止める事が出来たのだ。
……愚か者め。私に死んだフリは通用しないのだ。一度も受けた事無い。本当に。
「……クソが。渾身の不意打ちまで防ぎやがって……」
そう言って仰向けになるバドー。私は金剛堅皮を解除し、奴の尻尾を放す。
「どうする?“最強の一撃”とやらはまだ見ていないが、まだやるか?」
そう問いかける私だが、しかしバドーは首を振った。
「……ケッ!撃たせる前にトドメ刺しといてよくいうぜ……。……流石にここまで露骨に実力差を見せつけられるとやる気も失せる。テメェ、軽装鎧の同じ場所だけに狙いを定めてただろ。最後の一撃が決め手だったが、ダメージを蓄積させてやがった。……クソったれが。勝てる気がしねぇ……」
そこにも気付いていたか。やはり中々優秀な様だ。
私は鎧越しに奴に攻撃していたが、ついでに防具の破壊も狙っていたのだ。
防具には“耐久値”と呼ばれるステータスが存在している。
これは、この耐久値が無くなるまで防具の性能等が劣化しなくなるものなのだが、当然ながら攻撃を受ければ減少していく。
また、同じ場所を連続して攻撃すると耐久値の減りが早いという性質もあり、私はそれを意識して同じ場所に攻撃を繰り返していたのだ。
「……でも良いのか?私を取り逃がしたら獣害は終わらないかも知れないぞ?」
そう、奴を叩きのめしたは良いが、私達が怪しい事には変わりない。
だが、バドーは笑って返す。
「ハッ!この状況で俺に何が出来んだよ。……それに正直言ってお前らは獣害とは無関係だと思う。お前らが犯人だとしたら俺に手加減する旨味も無いし、毒に関しても盛られた事を利用して自分達に都合の良い交渉でも持ち掛けてたって考える方が納得出来るしな。……交渉内容は聞かないでおいてやる」
「……感謝する。だが、お前なら私達が無関係の可能性も十分に考慮してた筈だろ?疑わしいにしても、他にやり方があった筈だ。何故ここまで直接的な手段に出た?」
「あ?言っただろ。俺の可愛いライラに手を出そうとする奴をぶっ殺す為だ」
このクソ野朗……。
「……でもまぁ、このダメージじゃあそれも無理だ。一先ずは見逃してやる。……だからってライラに手を出す事は絶対にゆるさねぇからな」
そう言ってゆっくりと上体を起こして私を睨むバドー。しかしその目には最初に見た程の敵意は無い。どうやら獣害への関与の疑いは晴れた様だ。
しかし──
「……どうやらまだ誤解している様だな。別に私はあの受付嬢に特別な感情は抱いていない。確かに可愛らしい女性だとは思うが、異性としては見ていない」
これは素直な私の気持ちだ。
まぁ、周囲の反応を見るにライラは蜥蜴人としては美人なのだろうし、仕草も可愛らしいので魅力的であろう事は理解出来る。
しかしだからと言って獣型の魔物である私が、亜人型の蜥蜴人に恋慕の情等持つ訳が無い。
正直に自分の種族を話すつもりはないが、ライラに気が無い事だけは確かだった。
しかし──
「あぁん!?“女として見れない”だとッッ!?テメェそれでも蜥蜴人の男かッッッ!?ライラは例え100キロ先だろうと一目見たら恋に落ちる程の美人だろうがッッ!!」
何故かそう言って激昂するバドー。私は戸惑いつつも口を開く。
「……な、何故そこでお前がキレる。大体お前はライラを狙っているのだろう?それなら私が好意を持っていない方が都合が良いだろうが」
そう、恋敵なんて少ない方が良い筈だ。なのに何故コイツはこんなに怒っているんだ?
そんな風に疑問符が浮かぶ私だが、バドーの興奮は止まず、奴は私に詰め寄る。
「俺がライラを狙っているだと!?何をふざけた事抜かしてやがるッッ!!ライラはなぁ!ライラはなぁッッ……」
──そう言い溜めた奴の次の言葉は、私の予想を裏切る内容だった。
「 俺 の 娘 だ ッ ッ !!」
……
……。
……ん?
「……すまない、聞き漏らした。もう一度言ってくれるか?」
「ライラは俺の娘だっつってんだよ!!」
……。
「……マジで?」
「マジだッッ!!大体俺みてぇな良い歳したオヤジが、幾ら可愛いとは言えあんな小娘狙う訳ねぇだろ!!」
「……ッ!!」
……成る程。そういう理由で突っ掛かって来てたのか……。
確かに思い返して見れば、奴がライラに惚れているというのは私の勝手な思い込みだ。
なんの根拠も無く、向けられた敵意を恋慕の情と結び付けてしまっていた。
しかし、まさかそんなパターンとは思わなかった。こんな展開は携帯小説では無かったじゃないか……。
思わず目頭を押さえる私だが、バドーは更に詰め寄る。
「オラッッ!!それで俺の娘のドコが“女に見えねぇ”ってんだよ!あ?あぁ?死ぬかテメェ!!」
「い、いや、すまない。気に入らないとかじゃ無い。ライラは魅力的な女性だ」
「あぁん!?魅力的だと!?……テメェやっぱりライラに気があんじゃねぇのか!?」
「あ、そう言や師匠はライラに“可愛らしい”とか言ってたぞ」
「やっぱりそうか!!ブッ殺すッッ!!」
正解が無いやんけ。
私はアッシュに筋肉バスターを決めた後、バドーへと向き直る。
「……魅力の有無の話では無い。“魅力的な女性だが、異性として意識する訳にはいかない”と言う話だ」
「どう言う意味だッッ!!」
尚も激昂するバドー。だが、それを抑える様に私は続ける。
「……落ち着いてくれ。私には婚約者が居るんだ。だからどれだけライラが魅力的でも、異性としては見る訳にはいかない。大切にすべき人は既に居るんだ」
「……」
それを聞いたバドーはようやく押し黙った。
そう、この言葉にも嘘は無い。私にとって、“異性”とは二匹の妹達以外は考えられない。
あの子達の為なら、何だって捧げる。例え命だろうと安い物だと思える。
「婚約者は二人居るんだ。一人は天真爛漫で、もう一人はしっかり者だ。二人とも私には勿体無い程の美人でな。例えどれだけ魅力的な相手でも、浮気する気なんて欠片ほども起きないんだ……」
「……チッ!」
バドーは舌打ちをすると、再び仰向けに倒れた。
「……俺ぁライラの夫になる奴は、絶対に俺より強くなきゃ認めねぇ事にしてんだ。テメェは腕っ節もあるし、度胸もある。……その惚気の相手がライラだったら、認めてやってたかもな」
「それは残念だ。……まぁ、お前よりも強い蜥蜴人を見付けたらライラに紹介しといてやるよ」
「殺すぞ」
お父さんって怖い。
「……で、この後はどうすんだ?剣角鹿を殺るにしても、その右手じゃあキツいんじゃねぇか?」
そう言ってバツが悪そうに私の右手を見るバドー。
そう言えば奴はまだ私が拳闘士だと思っていたんだったな。自分で仕向けといて忘れてた。
私はそれを説明しようと、バドーへと視線を移す。
しかし私とバドーの視線は交わらず、奴の視線は私の背後へと注がれていた。
私は釣られる様に視線を背後へと移す。するとそこには──
『……ゲヒャ!ゲヒャゲヒャ!確かにそうだなぁ!その右手じゃあ、拳闘士のスキルもまともに使えないだろぅなぁ!だがなぁ、心配は要らないぞ?お前達三匹は、これから死ぬんだからなぁ!ゲヒャヒャヒャヒャ!』
そこには、王冠の様に変形した角を持つ、巨大な鹿が立っていた。
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