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前傾姿勢

ーーーーーー




「……」


 無言で大剣を構えるバドー。


 先程までの無防備な構えと違い、両手で握りしっかりと掴み剣先を私へと向けていた。


 剣道で言う“正眼の構え”に近い。

 ……しかし成る程。中々堂に入った構えだ。恐らく正式な剣術に覚えがあるのだろう。


「……来いよ。返り討ちにしてやる……!」


 静かにそう言ったバドー。今の奴には混乱も怯えも見えない。

 奴も私とのポテンシャルの違いはある程度理解しただろうに、流石は経験豊富なAランク冒険者と言った所か。


 私は彼の要望に応える為、そっと()を執る。


「……あ?」


 バドーの顔に露骨な疑問が浮かんだ。


 まぁ、無理も無いだろう。こんな離れた位置で、姿勢を低くし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 次の瞬間──


 ──ゴウッ!──


「!?」


 轟音と共に私の右腕が掬い上げられる。


 ()()()()()()()


「ッッッッッッ!!」


 バドーへと土塊が迫る。


 奴の顔に驚愕が浮かぶ。恐らく彼()初見だったのだろう。


 その気持ちは手に取る様に分かる。


 ……私も初めて見た時は肝を潰されたからな。


「ックソがッッ!!」


 悪態を吐きつつ、構えを解いて土塊から身を横に躱すバドー。


 しかし咄嗟に躱した奴は、目に見えて重心のバランスを崩していた。


 無論、この好機を見逃す訳が無い。再び奴の軽装鎧ライトプレートへと私の拳が振り抜かれる。


「ぐぅッッッッッ!?」


 またもや数メートル先へと吹き飛ばされるバドー。

 しかし今度は先程の様に悠長に起き上がるのを待つつもりは無い。私はそのまま倒れた奴に近付き、追撃を加えようとする。


 しかし──


「〜〜ッ“レイジングテイルッッ!!”」


「!?」


 掛け声と共に奴の尻尾が光りを放ち、周囲にデタラメに振るわれる。

 私はすんでの所で立ち止まり、それを回避した。


 驚いた。


 どうやら2回目の拳撃の際は何らかの防御スキルを発動させていた様だ。

 でなければこのタイミングでレイジングテイルを放つ事は出来なかっただろう。


 バドーはそのまま尻尾を地面に叩きつけ、反動で起き上がる。

 中々器用な奴だ。


「ハァ……ハァ……。クソが。両手しか使わないんじゃねぇのかよ」


「使ってないだろう?私は地面を殴り飛ばしただけだ」


「ざけんなッッッッッ!!」


 不満の声と共に一足飛びで私へと迫るバドー。


 大きく上段に構えたその大剣から、淡い光が放たれた。


「“高位斬撃ハイスラッシュッッッ!!”」


 “高位斬撃ハイスラッシュ


 そのままズバリ、斬撃スラッシュの上位互換スキルだ。

 斬撃スラッシュよりも高いSTR補正が乗るが、インターバル時間もその分長くなる。


 何故私がこのスキルを知っているかと言うと、私は使えないのだがアッシュがこのスキルを使えるからだ。


 私のフィジカルなら、このまま後方に下がるだけで避ける事は出来るが……しかしそれでは面白くない。


 私は迫り来る大剣へと手を伸ばし、二つのスキルを発動させる。


 ──ガキィン!──


「なっ……!?」


 バドーが驚愕に目を見開く。


 そこには片手で奴の刃を止める私の姿が在った。


「……どうした?この状況がそんなに意外か?私とお前との力量差を考えれば、当然の結果だろう?」


「ッッ!」


 バドーの顔に悔しさが滲む。

 はっはっは。良い顔だ。中々にスッキリする。


 因みにこの状況だが……スキルを使ったハッタリだ。


 確かに私の位階は奴よりも二つは上だろうし、擬人化しているとは言えステータスの差も大きいのだが、流石に武器を用いた攻撃スキルを無傷で受けれる程の差は無い。


 ならば何故こんな事が出来たかと言うと、コカトリスの魔眼と金剛堅皮ダイヤモンドスキンの複合効果なのだ。


 先ず奴の斬撃に合わせて左手を伸ばし、金剛堅皮ダイヤモンドスキンを発動させる。

 金剛堅皮ダイヤモンドスキンは発動させると一瞬だけ高いDF値の補正がかかるスキルなのだが、しかし流石にそれでも無傷で受け切る事は出来ない。


 このままなら多少なりともダメージを受ける事になってしまうのだが、そこで私は更に左手にコカトリスの魔眼の効果である“遅延”を発動させたのだ。


 “遅延”は文字通り対象の状態の変化を遅延させるものなのだが、発動させた対象はダメージが通りにくくなる性質がある。


 熱湯で説明すれば分かりやすいだろうか。


 例えば、沸騰するまで熱された熱湯でも、一瞬だけなら火傷を負わずに触れる事が出来る。

 これは熱湯に接触した時間が短く、火傷する程に熱移動が起きない為に起きる現象なのだが、遅延させた対象にも似たような現象が起きるのだ。


 遅延させた対象は、その効果の性質上、周囲よりも時間の流れが遅くなった様な状態になっている。


 その状態で攻撃を加えられたとしても、遅延させた対象からすれば、ほんの一瞬だけ攻撃が加えられただけに過ぎず、ダメージが入り切る前に攻撃が終了してしまうのだ。


 つまり私が無傷で奴の高位斬撃ハイスラッシュを受ける事が出来たのは、“金剛堅皮ダイヤモンドスキン”でDF値が上がっており、更にコカトリスの魔眼の“遅延”でダメージが入る時間を局所的に短縮させた結果なのである。


 私は更に続ける。


「……どうする?命乞いするなら見ててやるぞ?」


「……師匠。完全に悪役だぞ……」


 そう言ってアッシュがジト目で見て来るが、しかし私は気にしない。だって楽しいんだもの。ミッツ・マングローブ。


 まぁ、流石にバドーが本当に命乞いなんてする訳が無い。


 今の顔で多少溜飲も下がったし、ここら辺で取り押さえて気絶でもさせとくか。


 私がそう思ってバドーに視線を送ると──


「……ヘッ!」


 ()()()()()()()()()()


「〜〜ッッ!」


 不意に私の背に悪寒が走る。スキルでもなんでも無い。ただ、黒竜の森を逃げ回っていた頃の、野生のトカゲの勘が警鐘を鳴らしていたのだ。

 私は咄嗟に手を下げようとしたが、それよりも先にバドーが動いた。


「“追従せよ!”デカログスッッ!!」


 奴の掛け声と共に、その大剣が再び光を放つ。


「何ッッ!?」


 手を下げようと動いていたのが幸いし、どうにか切断は免れたが、私の左手は無視出来ない程に大きく切り裂かれていた。


「何をしたッッ!?」


 思い掛けない攻撃にそう叫ぶ私。


 バドーは笑みを浮かべたまま答える。


「“高位斬撃ハイスラッシュ”だよ。あの密着状態で直撃したんだ。寧ろ左手がまだテメェに付いてる事の方が驚きだ」


「ふざけるな!斬撃スラッシュ系統のスキルは武器を振るう事が条件になっている!!密着状態で放てる訳が無い!!」


 そう、スキルにはインターバル時間以外にも発動条件が存在するものがある。斬撃スラッシュ系統のスキルの場合は、切断武器の所持と、その武器を振るう事が条件になっている。


 受け止められて停止した状態で放てる訳が無い筈だった。


 なのに──


魔術道具マジックアイテムだよ」


「!?」


「……この大剣、“魔剣デカログス”は、俺のダチである神剣の匠。モーガンが鍛えた魔術道具マジックアイテムなんだよ。幾つか効果はあるが、今使った“追従”は、直前に使用されたスキルを再現する効果がある。テメェに高位斬撃ハイスラッシュを無傷で防がれた時は面喰らったが、直撃した瞬間に金属同士の接触音が聞こえた。だからなんらかの防御スキルで防いだのは確信してた。後はそのスキルが解除されるまで待って“追従”させたんだ。中々上手いハッタリだったが、流石に演出が過ぎたな。返って冷静になれたぞ?」


「……チッ!」


 油断し過ぎた訳か。……いや、隠し球をうまく使ったバドーの作戦勝ちと言う所だろう。

 モーガンのダチとか言う情報も入った気がするが、それは聞かなかった事にする。


「……どうする?これでテメェの武器は一つ潰れた。残る右手だけで俺を相手するのは少しキツいんじゃねぇか?命乞いなら見ててやるぞ?」


「ホザけッッッ!!」


 そう叫ぶと私は再びバドーへと迫る。

 確かに一手譲ったが、しかしそれでも埋められない程のポテンシャルの差が私とバドーの間にはある。


 このまま一気に決めてやる。


 しかしバドーは再び大剣を構え、そして叫んだ。


「“吠えよ!”デカログスッッ!!」


「!?」


 次の瞬間、奴の大剣から私に向かい衝撃波が放たれる。


 奴が言っていた、“幾つか効果”の一つだろう。


「チィッ!」


 今度は私が重心を崩してしまったが、その好機を見逃す程バドーも甘くはなかった。


「“高位斬撃ハイスラッシュッッ!!”」


 再び放たれる斬撃。


 しかもご丁寧に潰した私の左手側を狙っている。

 なんて嫌なヤツだ。絶対モテないだろ。


 このままいけば再び手痛いダメージを受けてしまう。


 しかし──


「なっ!?」


 大剣の動きが遅くなる。


 そう、()()()()()()()()である。


「ブバァッッ!?」


 再び撃ち抜かれる軽装鎧ライトプレート。今度はきちんとダメージが入った様だが、しかし左手にダメージがある私は追撃をしない。


 暫くすると、バドーは血を吐きながら立ち上がった。


「ハァ……ハァ……グッ!ベッッ!!……っテメェ。さっきからずっと軽装鎧ライトプレートばかり殴りやがって。やる気ねぇのか」


 私も左手を抑えながらそれに答える。


「ハァ……ハァ……。……いや?狙った訳じゃ無い。たまたまそこに当たるだけだ。運が良かったな?一撃でも他の場所に当たってたら、そこで勝負は終わってたぞ」


「……チッ!腹の立つ野郎だ……」


 バドーはそう言って再び大剣を構える。奴も私が意図的に狙っている事に気付いたのだろう。


 正直言って、私はまだこの体に慣れていない。

 本来の姿では結構な訓練を積んでいるので、ある程度融通が利くのだが、この擬人化した姿ではそこまで訓練出来ておらず、上手く手加減出来る自信が無い。


 だからこそ鎧越しにブチのめし、そこから動けなくなった奴の両手足をへし折るつもりだった。


 ……まぁ、流石にもう頭も冷えたし、両手足は勘弁してやるつもりだが。


 そんな事を考えていると、バドーが再び口を開いた。


「……正直言って、ここまでやるとは思わなかったぜ……」


「それは私も同じことだ。手加減してやってるとは言え、ここまで粘られるとも思わなかった。……まぁ、それもここまでだがな……」


 私はそう言ってバドーに左手を見せる。


「なっ!?」


 バドーの顔に驚愕が浮かぶ。


 そこにはダメージから完全に回復した左手が在った。


「私には“高位再生能力”が備わっている。……まぁ、本来の性能よりもかなり劣化しているが、それでもこの程度の傷なら例え戦闘中でも回復は可能だ。……ダメージを負ったままのお前と、回復した私。どちらが優位かは言うまでも無いな?」


「……ハッ!んなスキルを蜥蜴人リザードマンが持てる訳ねぇだろ。亜人型デミヒューマンタイプの魔物は武器装備適性は高いが、身体系のスキルやステータスは獣型ビーストタイプに劣るんだからな。……だがまぁ、どんな手を使ったにせよ、回復したのは本当らしいな……」


 そう言うとバドーは大剣の構えを、正眼から大上段へと変えた。


「……次で決着ケリを付けてやる。来いよ。魔剣デカログスの最強の一撃を見せてやる」


 バドーがそう言うと、奴の大剣から黒い光が立ち登り始める。


 確かにそれしか手は無いだろう。

 このまま長期戦になれば、ダメージを負ったままのバドーはどんどん不利になる。

 そのまま嬲られるくらいなら、最大の一撃に賭けた方が良い。


 まぁ、勝負に乗らず遠巻きに嬲る事も出来るのだが……。


「……」


 それを考えた時、私の脳裏に黒南風の姿が浮かんだ。

 勇ましく、そして誇り高い。オーク達の王の姿が。


「……戦士らしく、か……」


 そう呟くと、私はバドーから距離を置き上半身を低く構える。

 それはさながら相撲力士の立会い直前の様な構えだ。


「……なんだその構えは?遊びのつもりか?」


 そう言って私を睨むバドー。


「……そんなつもりは無い。貴様の次の一撃は、貴様の最大の一撃なんだろう?私もそれにならって最大の一撃を貴様にくれてやるつもりだ。無論、“この両手だけで放てる”と枕言葉が付くものだがな」


「ハッ!……そうかよ。まぁ、遊びならテメェが死ぬだけだ。……いつでも良いぜ」


 バドーのその言葉を最後に、沈黙が訪れる。


 どのくらいの時間が経っただろうか。一瞬だった様にも思えるし、数分にも思える。


 ──先に動いたのは、私だった。


 ──ゴウッ!──


「!?」


 バドーが驚愕に目を見開く。


 無理も無い。奴が見た今までの私の動きと比べても、圧倒的に早い筈だ。


 私が取った構えは、相撲の真似等では無い。

 私が最も慣れ親しんだ、ラプトル系の魔物の態勢を模倣したものだ。


 無論、そのまま同じ速度が出せる訳では無いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()余程まともに走れている。


「クソッ!!“断ち切れ!”デカロ──」


 迎撃しようと剣を振るったバドーだったが、次の瞬間、その動きが遅延する。


 無論、コカトリスの魔眼の効果だ。


 私はそのまま奴の軽装鎧ライトプレートに右手を撃ち込む。


「ッッ!」


 想像以上の硬さに思わず顔が歪む。まぁ当然か。向こうは遅延してても、此方の反作用まで遅延する訳では無いのだから。


 私はそのまま右手を押し込み続ける。


 ゆっくりと奴の軽装鎧ライトプレートが凹んでいくのが分かる。


 そして──


「ッッブグギャァァッッ!?」


 コカトリスの魔眼の効果が切れると同時に、押し込み続けた私の拳撃が奴の軽装鎧ライトプレートを打ち砕いた。





ーーーーーー


 

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