拳闘士
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「うぉらぁッッッ!!」
掛け声と共に振るわれる大剣。
私は後方へと飛び跳ねてそれを躱し、奴へと向き直った。
……このやり取りもこれで何度目だろうか。此方が手出ししないのをいい事に、随分と好き勝手してくれる。
私はバドーから視線を逸らし、アッシュの方を確認する。アッシュはと言うと、こちらが気になる様だがそれを自制して剣角鹿達への警戒に努めていた。
剣角鹿達も静観を決めている様だし、アッシュの力量なら一先ずは任せておいても問題無いだろう。
私は再び視線をバドーに戻す。
「……いい加減にしろ。何度も言うが此方に非は無い。私達は剣角鹿による獣害に関与していない」
バドーに明確な非が無い為、回避に徹して来たのだが、流石にこう何度も何度も斬り掛られると頭に来る。確かにコボルトを脅そうとしたのは事実だが、奴等に毒を盛られた事もまた事実だ。
それにコボルト達を虐げる様なつもりは無かったし、少なくともこんな風に命を狙われる筋合いは無い。
私は更に続ける。
「……それにもし仮に私達をこの場で殺したとして、お前の正当性はどうやって担保するつもりだ?イザコザは兎も角、死人まで出たらギルドも調査するんじゃないのか?」
そう、もし仮に奴の主張が正しかったとしても、それを立証する必要はある筈だ。それが無ければ只の殺人でしか無いし、ギルドがそれを許容するとも思えない。
しかしバドーは私の言葉を鼻で笑う。
「ハッ!口だけは良く回るな。……だが安心しろ。俺は記録石と言う魔術道具を持ってる。ここに至るまでの経緯も全てそれに保存してんだ。確かに暫くは拘束されるかも知れないが、少なくとも処罰対象にはならねぇよ。……仮にテメェが無実でもな」
……成る程。それでこの余裕に繋がる訳か。
しかしその口振りとは裏腹に奴は私の関与を確信している様子だ。
まぁ、確かに客観的に考えれば私が怪しいのは間違いない。
「……仕方ない。諦めるか……」
「ハッ!漸く素直に吐く気になったか。安心しろよ。両手両足をへし折るだけで、殺しゃあしね──えぶばぁぉッッッッッ!?」
次の瞬間、バドーが私の視界から消える。
何のことは無い。私の右ストレートが奴の軽装鎧を打ち抜いたのだ。
数メートル先に吹き飛ばされたバドーが、息も絶え絶えに立ち上がる。
「……ぐぅ……ハァ……ハァ……。漸く……本性を現したって訳か……!クソったれがッ!」
「……本性?何の話だ?」
「惚けんなッ!!分かりやすいくらいの豹変だろうがッッッッッ!!」
そう言って怒声を上げるバドーだが、どうやら彼はまた勘違いしている様だ。
「……勘違いするな。私が今まで言った事に何一つ嘘は無い。毒を盛られた事も事実だし、剣角鹿達の獣害とも無関係だ」
「あぁッ!?だったらなんでこんな真似を──」
「お前のせいだろう?バドー。何度も何度も説明したにも関わらず、貴様は延々と私に斬りかかるばかりだ。私が諦めたのは、貴様に対する説得だ。これ以降は実力行使で黙らせる」
「……ッ!」
私の言葉に思わず息を飲むバドー。思えば私が奴に明確な害意を向けたのはこれが初めてだ。もしかしたら奴はその経験から、私の脅威度を感じ取っているのかも知れない。
バドーが私を睨む。
「……んで?俺を殺したとして、どうやってギルドにお前の正当性を主張するつもりだ?」
そう言って返すバドー。先程の私の言葉への意趣返しのつもりだろう。しかしその様子に先程までの余裕は最早無い。かなり警戒している様子だ。
「証拠がある」
「あぁ?」
「記録石と言ってな。どうやら状況をそのまま記録出来る魔術道具らしいんだが、都合よく持っている奴が居てな?ソイツからそれを奪い取れば……それで私の正当性は十分に担保出来るとは思わないか?」
「……ッッ!!」
奴の警戒度が更に上がる。
そう、私は奴をブチのめしてから記録石を奪い、そして剣角鹿を討伐するつもりなのだ。
そうすれば奴自身が宣言した通り、私の正当性もギルドに説明出来るだろう。
──例え奴を殺したとしても。
「……私は比較的温厚な方だが、流石にここまでコケにされてヘラヘラ笑って許すつもりは無い。今の一撃で理解出来ただろう?私とお前の格の違いを。私がその気になれば、お前程度ならこの両手だけで事足りる。……まぁ、お前の言った通り、両手両足をへし折るだけで勘弁してやるがな」
「……ハッ!安いハッタリだな!!確かに驚いたぜ。鎧越しに拳だけで俺にダメージを与えるなんてな。……だが逆にそれがヒントになった。テメェ、“拳闘士”のクラスを持ってやがるな?」
そう言ってしたり顔をするバドーだが──
「……拳闘士?」
「惚けんなよ。武器を持つ事が出来なくなるが、その替わりに拳撃での攻撃スキルとSTR補正を手にするクラスだ。テメェが武器を持ってねぇのが不思議だったが、これで納得出来たぜ。……だが認めてやるよ。それでもテメェは超一流の拳闘士だ。……これ以降は全力で相手してやる」
成る程、そんなクラスもあるのか。
しかしそれも勘違いだ。
私が武器を持たないのは、私の本来の姿が獣型の魔物で、例え擬人化してても武器装備への適性が全く無い為だ。それに鎧越しに拳撃でダメージを与えれたのも、単純な膂力に過ぎない。
それを教えてやっても構わないのだが……
……しかし、面白そうだ。
勘違いさせたまま拳だけでブチのめし、そしてその後にレイジングテイル辺りを見せ付けてやる。
そうすればこの無礼な蜥蜴人に、自分の身の程と言うものを刻み込める。
その時、コイツが一体どんな顔をするのか。
「……フッ」
私はその時の事を思い浮かべ、思わずにやけてしまった。
どうやら思ってた以上に私はバドーに対して苛立っていた様だ。本来ならそんな無意味な真似は好みでは無いのだが、コイツ相手ならそれも良いと思えてしまう。
「……ッ!随分とヤベェ面してやがるな……。どうやったらそんな整った顔でそんな表情が出来るんだよ」
「簡単だぞ?これから辿るお前の運命を思い浮かべれば自然と出来た。……じゃあ始めるとするか」
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