そっちがメイン。
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私達はコボルトの村長に付き従う様に森の中を進む。
彼は周囲が気になるのか、頻りに視線を泳がせていた。
どうやら奴等の事が気になって仕方がない様子だ。
『……師匠。気付いてるだろ?』
不意にアッシュの声が私の耳に届く。コボルトには気付かれない様に、遠距離会話を使用した上で小声で話し掛けて来たのだ。
『勿論だ。まぁ、もう少しだけ付き合ってやろう』
同じ様に遠距離会話でそう返すと、アッシュは頷いた。
コボルトは私達が気付いていないと思っている様だが、今、私達の周囲を剣角鹿達が囲んでいる。
あのコボルトが言った“討伐した”と言うのは嘘で、私達を誘き出す為の口実に過ぎない。
その証拠に森を進むにつれて剣角鹿の数がどんどんと増えて来ている。
……恐らくこのまま一定の数まで増えたところで一気に襲いかかってくるつもりなのだろう。
『……でも妙な感じじゃねぇか?なんて言うか、視線以外じゃ居るか居ないか分からないんだけど』
『恐らく“隠密”か、その系統のスキルだろう。視線察知以外のスキルでは看破出来ないくらいには習熟しているのか、それともユニークかEXクラスのスキルで補正がかかっているのかもしれない。まぁ、もう少し近付けば破れる可能性もあるが』
『どうする?近付くか?』
『まだだな。大物が釣れるまではこのまま行く』
『はいよ』
アッシュとの会話が終わると同時に、私はコボルトの村長に話し掛けた。
「……まだですか?その討伐したと言う場所は?」
「は、はい……。もう少し……です」
不安気な表情でそう返したコボルト。毒の効き目が見えない事もそうだろうが、私達を嵌めた事への後ろ暗さも彼の表情を歪めている一因なのだろう。
この様子を見るに彼も望んでしている訳では無さそうだが、しかしだからと言って無罪放免とするつもりは無い。
と、そんな事を考えていた私だったが、不意に視線察知に強い反応があった。視線察知の習熟度も上がり、向けられた視線からある程度敵の強弱が分かる様になって来たのだ。
恐らくは群のボス……つまり、“ユニークネームド”だろう。
私は立ち止まり、口を開いた。
「……動くぞ、アッシュ」
──シュルルッ!!──
「ぐがっ!?」
コボルトが悲鳴を上げる。
私の尻尾が伸び、彼の体を縛り上げたのだ。
アッシュはそれを見届けると、腰から手斧と片手盾を出して私達を背にする。こうする事で剣角鹿からの強襲に備えるのだ。
これは有事の際の為に予め決めておいた段取りだった。
「な……なに……を……!?」
締めつけられる痛みに耐えながら、コボルトがそう言って私を見る。
私は彼を手繰り寄せて、その耳元でこう囁いた。
「“何を”は此方のセリフだとは思わないか?依頼を受けて来た私達に毒を差し出したのは……お前ではないか」
「……ッッ!?」
コボルトの顔が驚愕に歪む。気付かれていないと思っていたのだろう。
確かに味が似ていた為に気付き辛かったが、しかし生憎と私は生前からそれなりに舌が肥えている。
あのくらい味が違えば気付けるのだ。
「……ど、毒など盛ってはいません!何かの誤解……グゥッッ!」
更にキツくなった私の尻尾に声を上げるコボルト。
「……私達を新人の冒険者と見て侮ったのか?残念ながら私達は並みの新人では無い。お前に盛られた毒入りの湯呑みはアッシュに隠して持たせているし、これを持ってギルドに行けば間違い無く調査が入るだろう。まぁ、無論私達も在らぬ疑いをかけられるかも知れないが、都合が悪いのはお前達の筈だ。違うか?」
「……うっ……ぐぅ……ッ!」
そう唸り、顔を歪めるコボルト。通報された時のデメリットが頭に浮かんだのだろう。
しかしまぁ、私はギルドに通報するつもりは無い。彼等の農耕技術にはかなり興味があるし、農作物自体も魅力的な為だ。
「……だが、私の提案を受け入れればギルドには黙っておいてやる。ついでにお前にこれを強いたであろう問題も解決──」
「うぉりゃぁぁぁぁぁッッッ!!」
「!?」
掛け声と共に振り上げられる大剣。
私は即座にコボルトを突き放し、さっと身を翻した。
直後、先程まで私が居た場所に大剣が振り下ろされる。
私は奴を睨み付けた。
先程の強い視線の持ち主。しかしその姿は期待していた剣角鹿の姿では無い。
「……なんのつもりだッッッ!!」
そう言われても、どこ吹く風に口角を上げる巨漢の蜥蜴人。
そう、そこに立っていたのは私達とギルドで揉めたAランク冒険者のバドーだった。
奴は手にした大剣を軽く振ると、私にその剣先を向けて来た。
「“なんのつもりだ”だと?決まってんだろ。悪党退治だよ。……まさかテメェが犯人だったとはな。魔獣使いのクラスでも持ってやがった訳か。ユニークネームドが犯人だと思ってたんだが……まぁ、当たらずも遠からずって所か」
そう言って鼻息を荒くするバドーだが……絶妙な違和感がある。
先程の反応はコイツだった訳だが、何故私に襲いかかったんだ?剣角鹿とグルだった線も無い事は無いかも知れないが、コボルトとは違い脅されてる風には見えないし。メリットも薄い。
……コイツ何か勘違いしてないか?
疑問が浮かび訝しげに奴を見つめる私。
その視線を鼻で笑うと、奴は得意げに続けた。
「……最初に違和感を感じたのは、村長の反応だった。“適当に歩きまわるだけで良い”とか、本来なら冒険者にわざわざ言うメリットが無い事を言って、挙げ句の果てには討伐に着いてくるなんてぬかしやがる。まるで討伐させたく無いみてぇにな」
あ、コボルトが逃げた。
「次に違和感があったのが、剣角鹿が食い荒らしたって言う田畑と林道の様子だ。依頼書には“剣角鹿の増加に伴う獣害”と記されていたが、林道の下草も荒らされた形跡が無いし、奴等の頭が届く範囲の草木も比較的綺麗な状態だった。だが、逆にフィラの実やクルドの木の新皮、そして麦畑の麦みたいな栄養価の高い餌だけは異常に食い荒らされていた。もし本当に剣角鹿が増えて被害が出て来たなら、そんな選り好みした様な餌だけが減る訳がねぇ。そこで俺は村長の様子と合わせてピンと来たんだよ。“剣角鹿達の中に相当な知能を持つユニークネームドが居て、ソイツにコボルト達が脅されているんじゃないか”とな……」
何その名推理。正解じゃん。
「そして……!!ソイツを探し出す為に隠密を使って森を探索していた時!!コボルトの村長を締め上げて脅迫するテメェを見つけたんだ!!何か言い訳でもあるか!?この悪党がッッッ!!」
成る程。確かにそれは怪しい……って!?
「いや、ちょっと待て!!私はこのコボルトに毒を盛られてそれを問い質していただけだ!!そこで何で私が黒幕みたいな流れになる!お前だって剣角鹿のユニークネームドって言ってただろ!?大体、剣角鹿に美味い餌食わして私になんのメリットが有るんだ!!」
「メリットなんざ知るかッ!目が合っただけで殺し合いする輩も居るのに、一々動機なんざ気にする魔物なんていねぇよ。それに毒を盛られただと?なら聞くが、どうやってそれに気付いたんだ?毒が遅効性で、症状が出て気付いたってんなら分かるが、テメェの様子を見るにそれはなさそうだ。じゃあ耐性スキルが有って毒が効かない場合だが、それなら何故今それを言い出したって話になる。そりゃあそうだよな。毒を盛られた時点で気付かない限り、毒が効かないお前が“毒を盛られた事”に気付く術はねぇ。そして気付いてたなら、なんでその場で取り押さえなかったんだ?……それをやらなかったのは、テメェにそれ以外の意図が有ったからだろう?」
……こ、この野郎……!
全然馬鹿じゃない!誰だ!?ギルドで最初に絡んで来る奴は咬ませ犬だって言った奴は!!
しくじった。村長に支配を施そうとして墓穴を掘ってしまった。状況的に今の私が何を言っても、奴の側から見れば言い訳にしか聞こえない。
少ない証拠でユニークネームドの可能性を見抜いた観察力。
そして私との僅かなやり取りから違和感に気付いた洞察力。
ライラが頼りになると言ったのも頷ける。
これが“Aランク冒険者”か……!!
「……ッッ!!そ、それは……他の村人達も共謀していたからで……」
「……成る程な。まぁ、確かにそれは道理だと言える。……だが状況的にお前達の身柄を抑えるのには十分な理由があると思わないか?」
「ぐっ……!?」
クソったれが。そん通りだよコンチクショー。
「分かってくれたみたいだな。どうする?大人しく捕まるなら痛い目見ずに済むぞ?」
そう言って私達に降伏を促すバドー。剣角鹿達に動きは無いが、しかしだからと言って放置しておいて良い訳でも無い。なんとか説得しないと……。
「……状況的にお前の判断が間違っているとは思わない。だが聞いてくれ。気付いてないみたいだが、今我々の周りを剣角鹿達が囲んで──」
「うおらぁぁぁッッ!!」
「!?」
大きく踏み込んで大剣を振り下ろすバドー。私は後方に跳ねてそれを躱す。
「いきなり何をする!?話は終わってないだろう!!」
「あぁ?終わってんだろ。投降を促した俺に対して、“剣角鹿が囲んでる”だなんて言った時点でな。……誰がどう聞いても脅してんだろ」
「いや、そうじゃない!!私が奴等を操っている訳じゃないんだ!!奴等はユニークネームドに支配されてて──」
「黙れ。どの道お前を俺がボコるのは確定済みだ。“疑惑があり、投降を促したが拒否されて脅された”。武力行使には十分過ぎる。……だが、正直言って感謝してるぜ?お前が墓穴を掘ってくれたお陰で──」
ゆっくりと振り抜いた大剣を引き上げるバドー。
「合法的に俺の可愛いライラに粉をかけたテメェをブチのめせる」
……絶対そっちがメインやんけ。
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7月25日時点でのエッセイカテゴリー週間ランキングで一位をいただきました。
エッセイとは言え、ランキングで一位をとれたのは嬉しかったです。




