“剣角鹿”
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「アッシュ。Dランク依頼の下段、一番左から2枚目と4枚目、それにBランク依頼の一番左上を持って来てくれ」
「はいよ」
「あ、困ります!先程も説明しましたが、ご自分のランク以上の依頼を受ける事は出来ません!」
「ああ、いえ、先程の依頼もそうでしたが、少し気になる事があってその確認の為に見て頂きたいのです」
「そうなんですか?……でも、それはそれで他の冒険者の方に迷惑が掛かります。内容は受付けでも把握出来ますので、依頼書は戻して下さい」
「アッシュ。お前そんな事も分からなかったのか?さっさと戻してこい」
「殴って良い?」
良いわけないだろ。
まぁ、アッシュの事は放って置いて、私は目の前に出された依頼内容に目を通す。
ライラもその様子を興味深そうに見ていた。
「……ライラさん、このDランクの依頼2つと先程バドーが持って行った依頼はほぼ同様の内容だと思うのですが、どう言った違いがあるのでしょうか?」
この2つと、先程バドーに持って行かれた依頼の内容は全て剣角鹿の討伐依頼だった。
しかも指定された範囲はどの依頼もフィウーメから約40キロ程北西にある農耕地帯の村々で、客観的に見ると同じ依頼にしか見えない。
「はい。えっと、これ等全ては確かに同じ内容の依頼に見えるのですが、依頼者が異なります。それぞれの依頼地は地図上ではかなり近く見えますが、範囲的には10数キロは離れていて、実際には別の依頼なのです」
「成る程。因みにバドーが言っていた“恒常依頼”とはどういう意味ですか?」
「そのままの意味で、恒常的にある依頼で、期限と受注上限が設定されて無い依頼の事です。ここ数年ですが、この依頼が来ている3つの村落周辺では剣角鹿が多くなって来てて、農作物への被害がかなり出ているんですよ。それでどのランクにも同様の討伐依頼が出ているのです。勿論、最低討伐数にはかなりの差がありますが」
「……それだとバドーが依頼書を持って行った意味があまり無い様に感じるのですが……」
「……多分、単純にトカゲさんに嫌がらせをしたかっただけなんだと思います。きっと今からトカゲさんが同じ依頼を受けて行っても、“これは俺が受けた依頼だからさっさと失せろ”とか言って来るんじゃないでしょうか。もしくは先に行って剣角鹿を必要数狩って、“お前等にはこんなに狩れないだろう”とか言うつもりなんだと思います」
……しょうもない話だが、確かにありそうだ。
「……それにご存知の通り、剣角鹿は大人しく臆病な魔物です。冒険者が現れたら、暫くは身を潜めて素人には中々見つける事は出来なくなってしまいます。やはり少しでも先行するのは相応に有利なんです」
「「へっ!?」」
「ど、どうしたのですか?お二人共。そんな驚いたりして……」
急に大声を出した私とアッシュに驚いたライラが話しかけて来る。
「い、いえ。その、剣角鹿は大人しい魔物なのですか?」
「はい。勿論。あ、すいません。ひょっとして剣角鹿をご存知無かったのですか?」
「そういう訳でも無いのですが……」
そう言って言葉を濁す私だが、正直言うと私が知っている剣角鹿とは別の生き物の様に聞こえる。
私の知ってる剣角鹿は、草食系の魔物とは思えない程に凶暴で残酷な魔物だ。
私も何度かその現場を見た事があるのだが、奴等は肉食系の魔物を喜んで殺す。
酷い時は、グレイウルフの子供を角で突き刺し、親の見てる前でスキルを使ってバラバラにしていた。
しかも当然ながら草食の奴等はそれを食べず、死体の上に糞尿を撒き散らし、そして“ケケケケケーン!”と高笑いしたりする魔物なのだ。
私はその時、余りの光景に涙を流し、奴等を皆殺しにし、そしてついでに近くに居たグレイウルフも皆殺しにした。
みんな美味しかった。きっとお腹の中で仲直りした事だろう。
まぁ、私の食レポは兎も角、黒竜の森に於いては例え草食系の魔物だろうとかなり気性が荒い。
これは恐らく、敵を殺す事で位階を上げようとする魔物の本能の様なものと、環境的に捕食者を少しでも減らそうとする傾向が強く出ている為だと思う。
前世でもアフリカゾウやカバは、捕食動物が多い環境に適応してかなり気性が荒かったが、黒竜の森のそれは前世の比では無かった。
この世界ではみんなそんなものだと思っていたのだが、しかしどうやらフィウーメ周辺では違う様だ。
「……因みになんですが、気性が荒い剣角鹿は居ないんですか?」
「居るのは居るんだと思います。聞いた話だと、魔力の濃い地帯……つまり魔域やダンジョンなんかでは草食系の魔物も凶暴になるのだとか。でも、この周辺ではそんな個体は出ませんよ」
成る程。それで納得……いや、出来ないな。引っかかる。
「……」
「どうされました?」
「ああ、すいません。少し話を整理してました。次にこのBランクの依頼にある“メーレ草の納品依頼”なのですが、この依頼も受け取りが先ほどの村々になっていますね」
「はい。メーレ草はこの時期に新芽を伸ばしてて、その新芽が薬の材料になるんですよ。でも、先程言った様に剣角鹿が増え過ぎてメーレ草を食い荒らしてるみたいで、その村々では量が不足しているのです」
「この依頼は何故Bランクなのですか?聞くだけだと剣角鹿の討伐の方が難しいと思うのですが……」
「……えっと、正直言うと、確かにそうです。メーレ草は確かに見つかり辛いですが、森の中を注意深く探せば見つかりますからね。ただ、期間と量が決まってる分、相応に難易度は高いんです。それに対して剣角鹿の討伐は期間が決められていない恒常依頼です。ギルドとしてはこの際失敗されても構わないから色んな人に受けて貰いたいのですよ。それだけ多く依頼を受けた方々が居れば、剣角鹿が怯えて村々の獣害が減りますから。言い方は悪いですが、本当の意味での討伐はBランク以上にしか期待していません」
「じゃあ、先程私が依頼を受けようとした時に必死にバドーを嗜めてたのは……」
「……ギルドの面子の為と、“動く案山子”を増やしたいからです。ギルドの依頼は全て成功報酬式ですので、どれだけの数の冒険者を送り出そうと損は無いんです。そして数が増えれば増えるだけ獣害は減ります」
成る程。確かに“獣害を減らす”という目的の為ならかなり効率の良い方法だ。移動にかかる費用は冒険者持ちだし、怪我をされても保障が無いのも規約として明言してある。どれだけの数の剣角鹿を狩れば獣害が無くなるかなんてのはギルドでも把握出来ないだろうし、対処療法的に依頼が出されているのだろう。
中々考えられた依頼だとは思う。しかし──
「……随分とぶっちゃけますね。多分、言っちゃダメな内容だったんじゃないですか?」
「ああっ!?本当だ!!私ったらつい!?」
そう言って頭を抱えるライラ。隣のエルフの受付嬢が若干呆れた様子を見せている。どうやらライラはドジっ子属性らしい。
「……まぁ、一応聞かなかった事にしますよ。とは言え、他の方にも聞かれてますが……」
私の言葉に周囲を見回すライラだったが、取り立てて冒険者達に騒ぐ様子は無い。多分、公然の秘密というヤツなのだろう。
「ここ数年という話でしたが、それ以前はどうされてたのですか?」
「は、はい。それまでは問題になる程の数の剣角鹿が居なかったんです。それに、各村も別に無防備にしてる訳でも無いので、自警団員が見回りする事でどうにかなってました。本当にここ数年の事なんですよ。問題になって来たのは……」
……どうやら当たりの様だ。
これなら私の得意分野だし、ギルドでの評価も上げる事が出来るだろう。
私は思わず上がりそうになる口角を抑え、ライラにこう質問する。
「……分かりました。長々と質問させて頂きありがとうございます。では、この獣害を年単位で解決出来た場合、私のランクはどのくらい上がりますか?」
「!?」
私がそう言うと、周囲の空気が変わる。嘲笑混じりの視線を向ける者も居るが、興味深そうに様子を伺う者も居る。
まぁ、どちらでも良いが、上手く注目は集めれている様だ。
周囲のそんな様子を察してライラが口を開く。
「……すいませんが追加報酬が出るくらいで、直接的なランクの上昇には繋がりません。一度の功績だけで無条件で評価する様な未熟な組織ではありませんから……。……ただ、それ以降はある程度の優遇は受けれると思います。具体的な事は確約出来ませんが、依頼の交付前に優先的に依頼を紹介させて頂いたりは出来るかも知れません」
ふーむ、思ったよりもシワい報酬だな……。
しかしまぁ多少でも優遇されるなら、それを取るべきか。
「……分かりました。それで十分です。では私達もこの剣角鹿の討伐依頼を受けさせて頂きます」
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「……なぁ師匠。あんな大見栄切って良かったのかよ?」
ギルドを出て、ベラさんから果物をいくつか買った後。アッシュはおもむろにそう言った。
彼の言う大見栄とは、先程のギルドでのやり取りの事だろう。
「問題無い。と、言うかお前気付いてないのか?」
「……気付く?」
「……おまっ……いや、いい。私達がフィウーメに来る直前、私が食事の為に寄った森があるだろ。あそこで剣角鹿のマーキングがあったのを覚えているか?」
「ああ、あれだろ。グレイベアの血文字だろ。久々に見た悪趣味なマーキングだから覚えてる」
私達がフィウーメに来る直前、空腹を覚えた私は食事の為に森に立ち寄っていた。
運良く直ぐに大型のボアとボアファングを数匹見つけれたのでそれ程滞在時間は無かったが、その時に剣角鹿の縄張りを主張するマーキングを見付けていたのだ。
親子のグレイベアをバラバラに切り裂き、その血と肉片で縄張りを主張する、かなり悪趣味なマーキングを。
「でもよ、確かに悪趣味なマーキングだったけど、あんなん俺らの所じゃ普通じゃねぇか?」
「ああ、“黒竜の森”ならな。だがあの森は黒竜の森じゃない。偶然だが、あの剣角鹿の討伐依頼の直ぐ近くだ」
「そうなのか……。え、いや、おかしくないか?だって受付の姉ちゃんは“剣角鹿は大人しい魔物だ”って言ってたじゃねぇか。明らかに凶暴だろ」
「おかしいのはそれだけじゃない。彼女は言ってただろ?“村も無防備じゃない。自警団員が見回りしている”と。なのに被害が減るのは“冒険者が来た時”に限定されている。剣角鹿達はどうやって“自警団員”と“冒険者”を区別していると思う?」
「……匂いとか?」
「ああ、多分そうだな。見た目に関してはほぼ変わらないだろうし、匂いを覚えて区別しているんだろう。冒険者と自警団員では、余程のことでも無い限り冒険者の方が脅威度は高い。仮に殺しても、次は更に強い冒険者が派遣される事になるだろうしな。……だが、ここでもう一つ疑問が浮かぶ。“誰がそうしろと指示しているのか?”だ。ただの野生の剣角鹿にそんな知能があると思うか?」
「……!」
アッシュの顔に驚愕が浮かぶ。漸く彼も察したのだろう。
「……そう。“ユニークネームド”だ。マーキングに関しては何故おこなったのかは分からないが、相応に高い知能を持つユニークネームドが群れを支配している筈だ。私達はそいつを見付け出し、そして──」
私はそっと右手をアッシュの前に向ける。私の意思に呼応する様に、向けた右手が光りを放つ。
「私が“支配”する」
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