特別枠合格。B級索敵者資格……とかは無い。
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“冒険者ギルド”
登録した魔物達は、任意の依頼をギルドを介して受注する事が出来、その成否によって報酬を得る事が出来る。
言ってみれば日雇いの職業斡旋所だ。
その起源は比較的最近であり、元は都市国家間を行き来する傭兵達への交渉窓口だったとか。
それが治安の安定に伴って、依頼の内容が戦争からその他の荒事へと変化して行き、今の形へと落ち着いたのだそうだ。
運営費用に関しては国庫からの負担と寄付、そして仲介手数料から賄われるらしく、前世で見た小説の様な極端な独立性は無い。
まぁ、普通に考えたら国内にある組織に対して国の影響が殆ど無いなんて事は、余程の支持母体が無いと不可能な訳だからそれも当然だろう。
しかしそれでも国軍に所属する軍人等よりは余程自由度が高く、腕に覚えのあり、規律を嫌う魔物達はこぞってその門を叩くのだとか。
私達が入り口から入ると、先ず目に入ったのは奥にあるカウンターだ。
そこではギルドの受付嬢が四匹程並び、笑顔で冒険者達の相手をしている。
その種族は全て異なり、犬の様な顔をした亜人種であるコボルドに、猫の獣人。尖った耳が特徴のエルフと、蜥蜴人も居る。
年若い女性達で構成されているのは、恐らく冒険者達の荒事をなるべく避ける為に、気を削ぐ意図が有るのだろう。
左手側には簡易的な間仕切りと扉が有り、その先はバーになっている。昼間から酒を酌み交わす連中も多くおり、それなりに賑わっている様子だ。
こちらのカウンターには女性は居らず、代わりに歴戦を思わせるオーガが立っている。
私達が入って直ぐにこちらに刺す様な視線を送った所を見ると、彼もまた荒事を抑止する為の人員の一人なのだろう。
──無論、彼女達とは別の方向性で。
「……ッんぐ」
アッシュが生唾を飲み込む音が聞こえる。どうやらこの空気に飲まれた様だ。
しかし私個人としてはこの程度でビビる訳も無い。
私達がカウンターへと歩を進めると、周囲から幾多の視線が注がれる。
視線を向けて来るのは、バーで酒を飲んでいる連中と、受け付けを待っている連中だ。その装備から全員が冒険者達なのだと分かる。
軈て興味を無くした様に視線を逸らして行くが、幾匹かは意識と視線をこちらに向けたままだ。
……多分、全員蜥蜴人。オスは忌々しげにしており、メスは艶っぽい視線を私に送っている。
……やはり蜥蜴人基準では私はかなりのイケメンらしい。別に嬉しくは無いが。
暫く待つと、1組の冒険者の応対が終わったらしく手の空いた受付嬢が居た。
御誂え向きに蜥蜴人の受付嬢だ。
私達は彼女の前に立って問いかける。
「すいません。冒険者として登録をしたいのですが」
「はい!ではこちらの書類をご確認頂いて……ッッ!?」
張り付いた笑顔を私に向けた受付嬢が、思わず言葉を飲み込んでしまう。そしてそのままジッと私の顔を見つめだした。
……あれか。昨日のベラさんと同じか。
「すいません。登録をお願いしたいのですが……」
「ハッ!?は、はい!すいません!彼氏は居ません!!と、とと、登録ですね!?」
要らない情報まで付いて来た。なんかバーの方から凄い殺気が向けられてる気がする……。
まぁ、それは取り敢えず放って置いて、私は出された書類に目を通した。
言葉もそうだったが、文字も何故か問題無く理解出来る。ここいら辺も恐らく神様仕様と言う事だろう。
書かれている内容を要約すればこんな所だ。
1.怪我しても死んでも知らん。
2.依頼に失敗したら金払え。手持ちが無いなら働いて貰う。
3.冒険者同士の諍いは基本的に自分達でどうにかしろ。でもよっぽどヤバかったら介入する。
4.これで良いならサインしろ。
ふむ……。中々解釈に幅のある条件だが、取り敢えず問題無いだろう……。
私達は内容を確認すると、サインして受付嬢に書類を渡す。
「これで依頼が受けられるようになるのですか?」
「はい!基本的にはそうです。しかし受けられる依頼にはランクによる制限が設けられており、これを越える依頼は受けられません。ランクを上げるには、“実力”では無く“実績”を示す必要があります。登録に来られる方の多くは腕に覚えのある方なのですが、例えどれだけ強くとも最低ランクであるDランクから始めて頂きます」
成る程。まぁ、それは当然の考えだな。
例えどれだけ強かろうとも実績の伴わない者を信用する事は出来ない。
名前を書くだけで登録出来るこの冒険者ギルドは、下手をすれば他国の犯罪者なんかでも容易に登録出来てしまうだろうし、ギルドとしては上のランクに上げる者の氏素性を調べる為の猶予期間も必要だろう。
そう考えれば実力いかんでは無く実績で判断するのは当たり前の事に思えた。
そう考え納得していると、私の様子を誤解したのか受付嬢が声を掛けて来た。
「す、すいません。別に貴方達の事を実力に増長した者と言うつもりは無いのです。しかしながら一定数はそうした方々も来るので、この説明は絶対に口頭でする様に指導されているのです」
「ああ、いえ、すいません。合理的なシステムだと思って感心していただけで、別に不快に思った訳では無いのです。不安にさせて申し訳ありません」
私がそう言うと、本心なのが理解出来たのかホッとした表情を浮かべる受付嬢。心無しか私に向ける視線に熱が帯びる。
……いや、心無しでもないな。間違いなく私に気があるのだろう。
流石に童貞でも鈍感系主人公でも無いのでそれは分かるが、だからと言って蜥蜴人なんか相手にするつもりは無い。興味も無いし、何より私の心は既に二匹の妹達に鷲掴みにされているのだ。
私は彼女の視線を躱して質問する。
「それで、依頼はどうやって受ければ良いのですか?」
「はい!受け付けで確認して頂いても良いですが、右手にあるコルクボードにランク毎の依頼が張り出されています。それを取られて受け付けで受注されれば手続きを進めさせて頂きます」
「分かりました。ありがとうございます」
私は受付嬢にお礼を言い、アッシュを連れてコルクボードの方へと向かった。
コルクボードに貼り付けられているのは、羊皮紙では無く紙の依頼書だった。まぁ、先程の書類もそうだったのだが、書体がほぼ一緒な所を見るに活版印刷かそれに近い技術体系も存在しているのだろう。
やはり文明レベルは中世では無く近世か近代に近い。
……こうして見ると、ゴリに付け焼き刃の知識で“ファランクス”について説明してみた事に若干の後悔を覚える。
まぁ、私と違い指揮能力に特化した種族であるゴリがいけると言っているのだから、それを信じて準備を進めるしか無いが……。
若干の不安を抱えつつも、私は依頼内容を確認して行く。
最低ランクであるDランクの依頼は、殆どが期限の無い簡単な依頼ばかりだった。
迷子のペット探し。人探し。薬草探しに、農家の手伝い。引っ越しの手伝い。
ざっと見ても冒険者と言うよりも便利屋の仕事にしか見えない。
今一やる気になれないな……。
そんな風に思っていたのだが、そんな中でも幾つか気になる依頼があった。
「……これは……」
「どうしたんだ師匠。なんか良さそうな依頼あったのか?」
そう言って私の顔を除くアッシュだが、その内容は私にも疑問があるものだった。
私はそれを確認すべく依頼書へと手を伸ばしたのだったが、その手を弾いて私が取ろうとしていた依頼書を取る者が居た。
「へぇ?剣角鹿の討伐依頼か。お前らみたいなカスには無理な依頼だな」
そう言って薄ら笑いを浮かべたのは先程私に殺気を向けた冒険者。
大柄な蜥蜴人のオスが、そこに立っていた。
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