中世ヨーロッパでは無い。
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結局あれから一晩飲み明かした。
元々前世はかなりのザルだったのだが、今世でもそれは健在らしく、随分な量を飲んだ。
モーガンも同じ様にザルらしく、私とほぼ同量は飲んでいた。
終盤には彼の秘蔵のコレクションであるウィスキーも出されたのだが、これもまた絶品だった。彼もウィスキーは常温で舐めるタイプの様で、思わず硬い握手を交わしてしまった。
良いウィスキーに氷は邪道なのだ。
そして明くる朝。私達はある場所を目指して街を歩いている訳なのだが──
「ううっ……頭痛ぇ……」
アッシュがそう言いながら頭を抱えて痛みに唸っている。
あの時、ウィスキーで盛り上がっていた私達をつまらなそうに眺めていたアッシュを気遣って、アテナが果物のリキュールを彼に進めてくれたのだ。
冷水で割られたそれをアッシュは気に入り、中々の量を飲んだ。
確かにビールやウィスキーと違い甘く、そして水で割る為に軽い飲み口なのだが、それでもやはり酒は酒。
元々あまりアルコールに強くないアッシュは程なく潰れてしまい、こうして二日酔いに苦しむ事になっていた。
「……調子に乗って飲み過ぎるからだぞ?別に酒に弱い事を責めるつもりは無いが、自分の限界を超えて酒を飲むのは止めろ。周りに迷惑がかかるし、何より無粋だ」
「わ、悪かったよ師匠……。にしても師匠はなんでそんな平気なんだよ。俺なんかよりもずっと飲んでたのに……」
「体質もあるが、鍛え方が違う。酒飲みは営業の必須能力だからな」
「なんだそりゃ……師匠だって初めて飲んだ癖に……ウプッ!」
そう言ってえづきそうになるアッシュ。
まぁ、前世の事を知らない彼からすれば戯言の類いにしか聞こえないだろう。……しかし思ったよりも重症の様だ。何処かで休ませたいが……。
そう思い周囲を見回すと、少し行った所に公共の水飲み場が在った。
「……アッシュ。少し行った所に水飲み場がある。そこで休むぞ」
「い、いや、俺は大丈夫だよ師匠。さっきよりはマシになって来てるし」
「私が少し疲れたんだ。流石に昨日は飲み過ぎたかもしれない」
「……悪い。師匠……」
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水飲み場は簡易的な建物で、壁も無く柱と屋根だけで構成されている。その中心には大きな甕の様な物が有り、八俣に別れた注ぎ口から絶えず綺麗な水が流れ出ているのだ。
利用者はそれを掬って飲むなり、手を洗うなりする訳なのだが、周囲には水源と思わしきものは一つも無い。恐らく昨晩モーガンから聞いた魔法道具と呼ばれる物の一種だとは思うが、何も無い所から水が湧き出てくるのは前世の記憶がある私としては中々興味深い。
スーヤも魔法で村の水を賄っていたのだが、どうやら魔法で上水を賄うのはこの世界では一般的な方法の様だ。
アッシュは何度か水を手で汲んで飲むと、人心地ついたのか立ち上がった。
「もう良いのか?」
「あぁ。まだ少し頭が痛むけど、吐き気はもう無いから行ける」
そう言ってこちらを見つめるアッシュ。
まだ若干辛そうだが、恐らくそれを指摘しても言う事は聞かないだろう。自分のせいで遅れるのが嫌なのだとは思うが、中々難儀な性格である。まぁ嫌いでは無い。
「……行くぞ」
私はそう言うと、アッシュを連れて再び歩き始めた。
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水飲み場を抜けて大通りに近づくと、魔物達の数はどんどん増えて行く。
昨日とは違い時間に余裕があった為、道すがら街の様子を調べてみたのだが、やはりこの都市の文明レベルはかなり高い。
先程の水飲み場の様な魔法道具を用いた公共の上水施設。そして錬金術師達により運用されている粘菌を用いた下水処理施設。そして路面に使われているのは、恐らくはコンクリートの類だろう。
其れ等を支える全ての技術が魔法を基盤にしている為に正確な事は分からないが、少なくとも前世で言うところの“近世”から“近代”の間くらいの文明レベルはありそうだ。
大体この手の転生モノは中世ヨーロッパがベターだと思っていたのだが、どうやらこの世界は随分と発達してる様だ。
「……ん?」
暫くそうして歩いていると、見覚えのある露店が見えて来た。
「昨日とは違う場所で店をされてるみたいですね、ベラさん」
「ああ、あんたかいトカゲ。さっそくまた来てくれるとは嬉しいねぇ!」
そう、そこに居たのは蜥蜴人のベラだった。
昨日と変わらず気持ちの良い挨拶をしてくれるベラ。しかし何故店の場所が変わっているのかは分からない。
私の様子を見て察したのか、ベラが疑問に答えてくれた。
「元々ここいらで店を開いてる露店はみんな移動式の屋台なんだ。結構場所で売り上げが変わったりするから、みんなで話し合って場所決めをするんだよ。まぁ、金が溜まったら自分の土地を買ってキチンとした店を構えたりする連中も居るけどね」
成る程。前世で言うフリマの場所決めみたいな事が行われている訳か。
「んで、今日は何の用だい?またリンゴを買って行くかい?」
「それはまた後にさせていただきます。今は少々用向きもあるので、手荷物を作りたく無くて……」
「そうかい!じゃあ是非とも後で寄っとくれ。……実はね、昨日のリンゴは随分と赤字なんだよ」
そう言って笑うベラ。やはり中々の商売上手だ。こう言われては寄らない訳には行かないだろう。ひとしきり笑い終えると、ベラは再び口を開いた。
「所でその“用向き”ってのはなんだい?いや、詮索するつもりは無いけど、また場所が分からないなら教えたげた方が良いのかと思ってね」
「いえ、別に隠し立てする訳では有りませんが大丈夫です。もう見えていますので」
そう言って私が指差した建物に視線を移すベラ。そこには杖と剣をあしらった看板が出ており、丁度そこに武装した集団が入って行った。
「……成る程ね。確かにリンゴは今は買わない方が良いね」
「はい。私達が行くのは冒険者ギルドですから……」
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