鍛治師のモーガン
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「いらっしゃいませ!鍛治師モーガンの工房へようこそ!」
そう言って私達を迎えてくれたのは、一人の少女だった。
年の頃は12才頃だろうか。円らな瞳と、肩口で切り揃えた髪。工房の制服であろうオレンジ色のメイド風の服装をしている。
健康的な印象を受ける少女だが、美少女かどうかは判断に困る。
そう、彼女はサイクロプスと呼ばれる、単眼の魔物だった。
「お求めの商品は何でしょうか?この工房には剣も槍も弓も鎧も置いてあります!どれもお値打ちですよ!」
そう言って並べられた商品に手を向ける彼女。確かにしっかりとした作りで、誠実な仕事振りを感じる。
しかし今回の要件はそれではない。私は彼女を抑えて本題を切り出した。
「は、はい。後で見させて貰います。ですが、今日来たのは別件でして。私はトカゲと言う者で、彼はアッシュと言います。実は私達はモーガン氏にお会いしたくここまで来たのです」
しかし、それを聞いた彼女は露骨に眉を顰める。
「あぁ〜……。なんだ……。またか。すいませんが、特注はもう請け負っていません。ご存知無いかも知れませんが、父は利き腕を失っていてもう魔剣の類は打てないのです。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」
彼女はそう言い切ると、私達を出口へと誘導しようとする。
……何の話だ?
私達は街の情報収集の為にモーガン氏に会いに来ている。
隻腕なのも知っているし、武器を特注しに来た訳でも無い。
「あ、あの、何か誤解されていらっしゃるのでは?私達はモーガン氏に面会したいだけでして……」
「いいから!!利き腕無いって言ってんでしょ!!あんたらみたいな連中は皆同じ事言って仕事の邪魔するの!!魔剣なんか打てないんだから、さっさと別のお店に行きなさい!!」
そう言って私達の背中を押す少女。アッシュもなんとか説得を試みるが、彼女は頑なだった。
「いや、俺達本当にモーガンのおっちゃんに会いに来ただけだって!そりゃあ、武器だって欲しいけど、その為に来た訳じゃねぇよ!」
「ほらみなさい!“武器だって欲しい”んでしょ?見え透いた事言ってんじゃないわよ!!さっさと出てかないと憲兵呼ぶわよ!?」
それは困る。
私達は当分の間この街で活動する予定であり、初っ端から憲兵に睨まれるなんてのは正直御免だった。
仕方ないか……。
私はそう諦め、アッシュを嗜める。
「……アッシュ。行くぞ」
「えっ!?でも師匠……」
「良いから。憲兵を呼ばれるのは不味いし、無理矢理居座っても印象が悪くなるだけだ。……すいません、お嬢さん。邪魔をしたみたいで……。また日を改めて来ます」
「日を改めたって、父ちゃんの手は生えて来ませんよーだ」
そう言って舌を出す彼女。
余程嫌な目に遭った事があるのだろう。
仕方ない。何度か顔を出して誤解を解く事にしよう。取り敢えず当面の情報は屋台のベラさんから仕入れる事にして、宿でも探すか……。
私がそう考えて店を出ようとした時、入り口が大きな音を立てて開かれ、一匹の魔物が入って来た。
潰れた団子の様な鼻と、顔の割に小さな目。
腹部は大きく出っ張り、身の丈は2メートルを超えるくらいか。
そして、その背中の鞄の中には、どっかで見た様な武器が沢山詰められている。
そう、彼はアッシュの代わりに“選ばれし武器”とやらを買ったトロールだった。
「グフ!グフ!お、オデはトロールのボボ!!伝説の武器に選ばれし勇者だ!!ここに“魔剣鍛治師”のモーガンが居ると聞いた!オデの魔剣を打たせてやる!出て来い!」
……成る程……こういう輩が多いのか……。
サイクロプスの少女は軽く頭を抑えている。恐らく連続で面倒な客が来たとでも思われているのだろう。
大人しく引き下がった私達をおいて、彼女はトロールのボボに話し掛けた。
「お客様、すいません。店主であるモーガンは利き手を失いまして、もう魔剣は打てないのです。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」
そう言って彼女はボボを追い返そうとしたが──
「キャアッ!?」
振り払われたその腕に、彼女は尻餅をついた。
「お、オデをバカにするなよ!!オデは誰一人として握る事の出来なかった剣と斧と槍に選ばれた勇者だぞ!!騙そうったってそうはいかないッッ!!」
お前、そんだけ騙されてるのに何てセリフ吐いてんだ。
激昂したボボは、追い討ちをかける様に彼女に手を伸ばそうとする。
私は咄嗟に割って入ろうとしたが、私よりも先にボボの腕を止める者が居た。
「!?」
「……テメェ、何女に手を上げてんだ。場合によっちゃあ仕方ない時もあるけど、今はどう考えても違うだろ」
そう、アッシュだ。
アッシュは少女へと伸ばされた右手を掴み上げ、ボボを睨み付けていた。
「グッ!?この野郎……!!オデに刃向かうのか!!」
ボボは右腕を掴まれたまま、アッシュの顔面へと左腕を振り上げる。
アッシュなら躱せる程度の速さだったが、しかし奴は躱さなかった。
──ガスッ!!──
「グッ!?」
打ち込まれた拳に思わず声を上げるアッシュ。
何をやっている!!……そう叫びかけたが、私はアッシュの視線の先に気付いてその言葉を飲み込んだ。
「……あっちに行ってな。少し暴れるぜ?」
「は……はい!」
そう、アッシュはサイクロプスの少女を庇って拳を受けたのだ。
彼女はアッシュを一瞥すると、店の奥へと駆けて行く。
拳をふるったボボは得意げに叫んだ。
「ぐふふ!どうだ!!まいったか!!これが伝説の錫杖とニンジンに選ばれたオデの力だ!!」
まだ買ってたのか……。え、ニンジン?
しかしアッシュは軽く首を振ると、ボボに対して手招きをした。
「テメェ程度の拳じゃあ痛くも痒くもねぇよ。こちとらあの化け物みてぇな師匠に毎日シゴかれてんだ。後百発殴られたって平気だぜ?」
「な、なんだと!!なら百一発殴ってやるッッ!!」
どうやら足し算は出来るらしい。
ボボはアッシュの進路を塞ぐ様に両手を広げて掴みかかる。
しかしアッシュは脇の下を潜り抜けて背後に回ると、ボボの背中を蹴り飛ばした。
バランスを崩したボボはそのまま前のめりになって倒れるが、直ぐさま振り向いて立ち上がる。
「フゥ……フゥ……良い気になるなよ!!オデはまだまだ本気じゃない!!」
「へぇ?奇遇だな。俺もまだまだ余裕があるぜ?」
「ホザけ!!“多重強化”!!」
「!?」
強化魔法を使ってアッシュへと迫るボボ。
これは私も予想外だった。正直魔法を使えるオツムがあるとは思って無かったのだ。
先程よりも格段に動きが早くなったボボ。
大振りで野生的ではあるが、その動きは一種の洗練されたものを感じさせた。
アッシュはボボの猛攻に攻めあぐね、徐々に壁際へと追い詰められて行く。
「どうした!?逃げてばかりじゃねぇか!!臆病者め!!伝説のタマネギとジャガイモに選ばれたオデの力に恐れをなしたか!!」
今夜はカレーかな?
そう言って得意げにするボボだったが、残念ながら甘い。
「これで終いだッッッ!!」
そう言って振り抜かれたボボの右腕だったがー
──ボキッ──
「グギャァアッッ!?」
鈍い音と共にボボの指が曲がる。
アッシュがボボの拳に合わせて、肘でその拳撃を止めたのだ。
「ど、どしてだ!?魔法を使ったのにッッ!!」
困惑してそう叫ぶボボ。アッシュはニヤリと笑いながら答えた。
「……タイムアウトだよ。自分が使う魔法の効果時間くらい把握してろ」
「なっ!?」
そう、アッシュはこれを狙っていたのだ。効果時間中にわざわざやり合う必要は無い。効果時間の終了後を狙えば少ない労力で済む。
まぁ、アッシュの実力なら強化状態でもやり合えただろうが、まともにやり合ってては陳列された商品に被害が出てたかも知れない。だから奴はこうしてボボを壁際まで誘い込んだのだ。
「く、喰らえェェッッ!!」
ボボはそう言って無事な左腕を振り上げる。
しかし──
──ゴリュッ!──
「あ……ッ……!あぁ……ッッ!!」
ボボが声にならない声を上げて泡を吹く。
アッシュの金的が奴の股間を貫いたのだ。
ボボは、そのまま白眼を剥いて床に倒れた。
「……死ぬほど痛そうだな……」
「……しゃあねぇだろ。こんなデカブツ沈めるなんて、金的以外は浮かばなかったし」
……まぁ、自業自得か。
私はボボを尻尾で掴み上げると、邪魔にならない様に外に放り投げた。
すると、丁度そのタイミングで店の奥から先程の少女が一匹の魔物を連れて来た。
「父ちゃん!早く!!」
「分かってる!そんな急かすな……って……!?」
そう言った彼の視線がアッシュで止まる。
アッシュも彼に気付いた様で、声を出した。
「おお!モーガンのおっちゃん!久しぶり!!」
「お前、ナナシの所の坊主か!?いや、見違えたぞ!!随分デカくなったな!!」
軽く抱き合う二匹の魔物。
先程の少女はその様子を気まずそうに見ている。どうやら本当に知り合いだとは思ってもみなかった様だ。
やがて一区切り着いたのか、モーガンが私へと視線を向けた。
「すまん。どうやら世話になったみたいだな。俺がこの工房の主人で、鍛治師のモーガンだ」
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短編で少し怖い話を書いてみました。
結構面白いと思うので、一度ご覧になって貰えると嬉しいです。