金貨3枚
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「そこの蜥蜴人の旦那!あんたに似合いの胸当てがあるぜ!?寄ってかないか!?」
要らん。そもそも私の鱗の方が硬い。
「そこの凛々しいゴブリンの旦那!あんたみたいな男前見たの初めてだ!是非あんたに手に取って欲しい剣があるんだ!」
「見せてもらおうか……」
「……そいつに財布は持たせて無いぞ」
「うせろ醜い糞ゴブリンが!!地獄の炎に焼かれて消えろッッ!!」
「酷すぎだろ!?」
それは同意する。
あの後、私とアッシュは8番街を歩いていた。
8番街は二壁目と三壁目の間にあり、その周辺は工房が多く軒を連ねているのだが、そこを歩くとやたらと工房の客引が呼び込みに来る。
恐らく私達の格好から田舎者が来たと思われているのだろうが、生憎と私には前世での経験がある為スルースキルは完璧だった。
しかし──
「そこのゴブリンの旦那。あんたには他に無い光を感じる……。この店には使い手を選ぶ剣があるんだ。良かったら見て行かないか?」
「……ほう?良いだろう。見せてみろ」
「そいつは金持って無いぞ」
「手垢が付くだろうが薄汚いゴブリンがッッ!!二度と暖簾をくぐるんじゃねぇ!!」
「酷ッ!?」
お前も学習しろ。
そう、街歩きの経験が全く無いアッシュは、この手の客引きに引っ掛かりまくっているのだ。
まだ宿も確保していない私達は、当然ながら相応の荷物を持ち歩いており、パッと見は田舎に帰る前に立ち寄った旅人にも見える。
その為、長い付き合いになる事を想定せず粗悪な品を売り付けようとする低俗な客引きが多く寄ってくるのだが、アッシュはその大半に付き合っていた。
「……いい加減に学習しろ。連中の謳い文句は全て嘘だと思え。本当に使い手を選ぶ武器なんかあるとしても、それを捨て値で売る奴が居るわけ無いだろう?」
「で、でもよ!“あんたしか使えないから売り物にならないんだ”とか言ってたりするし、本当かも知れないだろ!?」
「んな訳無いだろ……。ほら、見てみろ」
私はそう言って後ろを指差す。
そこでは私達と似たような格好のトロールが、上機嫌で客引きに着いて行く姿があった。
「……!!」
「分かったか?まぁ、不慣れな内は仕方ないかも知れないが、連中から言わせれば買ってくれれば誰だって良いんだ。一々反応せずに無視しろ」
「……分かったよ。悪かった。師匠」
そう言って項垂れるアッシュ。
まぁ、コイツは確かに馬鹿だが、この素直で一本気な性格には好感が持てる。
追い追いこの手の事を学んで行けばそれで良いだろう。
「……分かったならそれで良い。今後は気を付けろよ?」
「ああ!大丈夫だ!!」
「そこの凛々しいゴブリンさん!!お願いします!!この剣を買って下さい!!この剣が売れなければ、私達家族は首をくくるしかありません!!どうか!どうか買って下さい!!」
「なんだと!?師匠!!金は幾らあるんだ!?」
私はアッシュにスピニングトゥホールドを決めた。
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暫く進むと、街の雰囲気が随分と変わって来た。
大通りから入って直ぐの先程の場所と違い、こちらは客引きは殆ど無く、どちらかと言えば質素で地味な印象さえ受ける。
しかし点在する商店に僅かながら並べられた武具の数々は、先程までの物よりもしっかりした作りに見えた。
私はその中の一つの、握り拳程の刃渡りのナイフを手に取る。
何となくだが、他の武器とは違う感じがしたのだ。
「なんだよ師匠。随分と地味なナイフを持ってんな」
「……」
店に居る店主らしきドワーフは、アッシュの失礼な言葉に眉一つ動かさない。
「……これは幾らですか?」
「……金貨で3枚だ」
「はぁ!?こんなちっぽけなナイフで金貨3枚も取るのかよ!!師匠!そんだけあったらちょっと良い宿で3週間は暮らせるぜ!?」
アッシュはそう言って私を止めようとするが、私は金貨を取り出した。
「……毎度」
「あぁ、もう!師匠も引っ掛かかってんじゃねぇか!」
そう言って批判の声を上げるアッシュ。
まぁ、言ってる事は分かるのだが、何となく私は良い買い物をした気がした。
「……時に店主殿。この辺りにユニークネームドのモーガンと言う鍛治師は住んでいませんか?」
私がそう聞くと、店主らしきドワーフは一本の煙突を指差した。
「あの煙突の工房ですか?」
「……」
彼は黙って頷く。
私は一言お礼を告げると、アッシュを連れてその場を後にした。
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