氏族と派閥
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この二週間程オーク達の観察を続けて来て、幾つか分かった事がある。
先ずは彼等に特有の身分制度がある事。
彼等は種類はあれど、“戦い”で生計を立てて来た戦士の一族だ。
それ故に戦いを担当する“戦士”が最も尊ばれ、次いでその戦いを支える“地働き”、そして“生産職”、“雌と子供”と続いている。
当然ながら上位になればなる程優遇される筈なのだが、生産職と雌と子供は庇護対象としての側面が強く、下位の身分とは言え彼等は粗雑には扱われない。
しかし、戦士に次ぐ筈の地働きに対する扱いはかなり酷いのだ。
元々、オーク達の出生率は雄3に対して雌1と言うかなり悪いバランスだったりする。
しかしこれは戦い続けなければならない環境に於いては、雌よりも力が強い雄が多く手に入ると言う側面もある。
死にやすい環境で、死んでも損失が少ない雄が多いのは支配する側としては大きなメリットと言えるだろう。
だが、戦えなくなった雄はどうだろうか?
生と死と隣り合わせの環境では、死ぬだけで無く負傷する戦士も多く出る。
当然まともに戦えなくなる訳だが、そうすれば戦場に出しても使えない雄と言う、極めて邪魔な存在が出来上がる。
なら、“殺せば良い”と思うかも知れないが、彼等は群れの為に必死に戦った者達であり、それを殺すのは現役の戦士達にとっても大きな心理的負担になってしまう。
だからこそ“地働き”と言う階級が生まれた。
彼等は戦場の事を良く知っており、そして負傷しているとは言え動く事は出来る。
だからこそ複数匹で協力し、敵の防禦陣地や自然障擬の破壊、簡易的な橋や行軍の為の道、仮拠点の設営等を行っているのだ。
これは重要な仕事であり、決して軽視出来るものでは無い。
……だが、数が多い。
弱肉強食の世界とは言え、頻回にそう言った準備が必要な戦争が起きる訳では無い。
普段は戦士達の荷物持ちや生産職の手伝いをしているらしいが、それでも数が余る。
だからこそオーク達は戦士に次ぐ筈の地働き達を軽視しているのだ。
幼い新兵達が最初に地働きに付けられるのも、戦闘経験のある先人から学ぶという側面もあるが、主立った理由は地働き達が受ける差別的扱いを体感させる為だろう。
“こんな扱いを受けるなら、戦場で死んだ方がマシだ”
──そう思わせる為に。
……そして次に分かった事は、彼等オークが一枚岩では無いと言う事だ。
スカーフェイスも言っていたが、彼等オークは複数の氏族の同盟に端を発している。
しかし、そもそもの氏族間にも力関係は存在しており、それが派閥と言う形で今日まで尾を引いていた。
最大の派閥は、黒南風と先先代の王が所属していた“リャンスー氏族”。
彼等は元々中規模のダンジョンを保有しており、そしてその上で王を連続排出した為に発言力が強い。
次いで“オルトー氏族”。
彼等も中規模のダンジョンを保有し、かつて王を排出した事もあるので相応の発言力がある。
そして続くのが、“ベルク”、“デイへ”、“ロハル”の氏族で、彼等もダンジョンを保有しているので程々に発言力がある。
……まぁ、全ては過去の話で、ダンジョンは全て奪われている訳なのだが……。
後は元野良のオーク達が集まったりしているが、それは派閥と呼べる程の物では無い。
因みに“オークキング”へと進化する為の条件は、“群れの中で最強である事”だそうだ。
そして群れの規模が大きくなればなるほど、そこで生まれるオークキングの力も強くなるらしく、同じオークキングでも天と地程に実力差があるらしい。
その条件だと、なんで黒南風と幼馴染みの筈の先先代の王がオークキングになれたのか疑問だったのだが、先先代の王は元々リャンスー氏族の中でも発言力の強い個体だったらしく、黒南風を“生産職”に付けていたそうだ。
その為戦闘経験が少なく、進化もしていなかった黒南風は“群れの中で最強”にはならず、結果として先先代の王がオークキングとなったそうだ。
これに関しては、“王がオークキングになる為に黒南風を厄介払いした”と言う噂になったらしいが、これは事実と異なるだろう。
次に分かった事は、雌と子供達の扱い。
先程も言ったが、オークの出生率は雄3に対して雌1のバランスだ。
これだと個体数が減りそうなものだが、オークは一度の出産で平均して3匹程子供を産むらしく、成長の速度も速い為に問題は無い。
そして“結婚”に関してなのだが、これは上位の個体にしか許されていないそうだ。
まぁ、そもそも雌の数が少ないのに一夫一妻制なんてしてたら即座に破綻してしまうから、そりゃそうだとは思う。
では、下位のオーク達はどうしているかと言うと、何と働きに応じて“雌と交尾する権利”が与えられるそうだ。
この話を聞いた時は、なんとも微妙な気持ちになったのだが、種族的特徴を考えれば効率的なものだと理解出来る。
雌達もそれが当たり前だと思っているらしく、何ら問題は起きていない。まぁ、上位の個体と結婚したいとは思うらしいが。
そういった経緯で、基本的に子供達は群れ全体の子として育てられる。
母は一人だが、父親は群れの戦士達全員と言う訳だ。
……そして、ここからが本題なのだが、
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「オーク達は切り崩せる」
私はそう言って皆を見渡す。
ここには元々の我々の群れの主要メンバーが集まっており、皆耳を傾けている。
「今言った通り、連中には結構な亀裂が入っている。戦士、地働き、雌と子供、派閥。そのどれもが我々にとって切り崩せる要素を持っている。そこを突いて取り込んでいく」
私がそう言うと、ジャスティスが口を出した。
「でもよ、そもそもオーク達は現状でもお前に従ってる訳だろ?それに最悪“支配”を使えば良いじゃねぇか」
まぁ、彼の言う事は最もだろう。しかし──
「……それがな。分からないんだ」
「分からない?」
「誰に“支配”が掛かっているか、後何回命令権が残っているのか、それが分からない」
「「んなッ!?」」
その場の全員の顔が驚愕に染まる。
そう、私は“支配”の効果範囲が把握出来ていないのだ。
私は“継承”で黒南風から“支配”を引き継いだ。
当然様々な検証を重ねた訳だが、そこで“支配”は対象に対して目印になる様な反応が無いスキルだと分かったのだ。
とは言え、発動させた本人なら、その状況を覚えてさえおけばそれで良いだけなのだが、黒南風から引き継いだ私は当然ながら誰が“支配”を受けているのか分からない。
勿論、オーク達の主要メンバーには間違いなくかけていると思うが、それにしたって根拠はない。
この先を見据えれば、“支配”以外の要素でオーク達を支配するのは必要不可欠なのだ。
「……それでネズミ達を使って色々してた訳か」
「ああ……。まぁ、勿論他の事も色々調べたりしてたが、オーク達の調査は重要だった。お陰でどうにか目処が立ったから皆を集めたんだ」
「成る程ねぇ……」
ヤスデ姉さんがそう言って顎に人差し指を添える。人間だった頃ならさぞ魅力的に映った事だろう。
「で、俺様達は何をすりゃ良いんだ?ただ状況を説明する為だけに集めた訳じゃねぇだろ?」
「……まぁ、そう焦るな。知っての通り我々の群れの食料事情はかなり悪い。農耕地の開拓を進めたり、狩りをしたりでどうにかしているが、不確定要素も多いからな。狩りもそうだが、芋にしても水害や病気で育たない可能性もある。そして侵略を仕掛けるには時流も悪い」
「……それだけ聞くと結構な手詰まりよね。まぁ、何か考えがあるんでしょう?」
「あぁ。ここから黒竜の森を突っ切って、南東に100キロ程行った所に、“五壁都市フィウーメ”がある。フィウーメは交易都市で、かなりの物流がある都市だ。私はそこに行って食料を買い込むつもりだ」
「成る程」
そう、黒竜の森内部では調達出来ないが、それなら外部から仕入れれば良いだけなのだ。
自警団長から聞く限り、フィウーメにはそれだけの蓄えは間違いなくある。
食料の持ち運びに関しても、私の“異次元胃袋”を使えば問題が無い。
「でもよ、今の状況でお前が森を離れるのはマズいんじゃねぇ?戦士階級の連中は、今の“労働報酬制”に不満タラタラじゃねぇか。まぁ、納得してる連中も多いけど」
「……そこでさっき言った話が出て来る。確かに戦士階級には不満を抱えている連中が多いが、地働きや幾つかの氏族は待遇が改善されてて喜んでる。彼等は既に我々寄りの勢力に近い。私が居なくても騒動を起こす事は無いだろう」
「いや、だから不満を抱えてんのが戦士なのが問題なんだろ。お前がこの状況で居なくなったら……」
そこまで言うとジャスティスが黙る。私が何を考えいるのか察したのだろう。
「……ゴリ、状況を説明してやれ」
「はい!王様!王様の読み通り、現状に不満のある“魚達”は“撒き餌”の下に集まっている模様です!その数約150です!」
ジャスティスが頭を搔きながら呟く。
「あ〜……。そう言う事か……」
私は口角を上げて答えた。
「あぁ。2000は無理でも、150なら容易いだろう?」
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