狸
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「こ、困ります!これは我々に配給された食料です!それを持ち出されるのは……!!」
「黙れッッ!!地働きの分際で戦士たる我々に口出しをするか!!」
「そうだ!!誰のお陰で飯が食えていると思うのだ!?」
「そ、それは……!!」
何処の昭和の男だ。久々にそのフレーズ聞いたぞ。
“地働き”とは、我々で言う工兵の事だ。
彼等の多くは戦士として働けなくなった者やまだ幼い者。
そして、まだ新参で信用度の低い者達で構成されている。
元居た世界よりも事前準備や整備等に重点が置かれ、実際に戦う機会が少ない兵科だ。
まぁ、戦う機会が少ないと言っても、実際は死亡率の高い階級の様だが。
──そして、そんな地働きの彼は見ての通り戦士の連中からカツアゲに遭っていた。
「この食料は我等がダンジョンに入り勝ち得た物だ!!それとも何か!?貴様は自分達の手柄だとでも言いたいのか!!」
「い、いえッ!!決してそのようなつもりはありません!!しかし……その……」
何とか説得を試みる彼だが、しかし押しの強い戦士達に気圧され、強く出る事が出来ないでいる。
ダンジョンや狩りで生計を立てていたオーク達にとって“戦士”とは最上のカテゴリー。
生産職や彼等工兵よりも尊ばれ、食料や雌も当然の様に優遇されていた。
多少の横暴も、命を懸けて戦う彼等には許されて来た経緯がある。
これまでは。
「……何をやっている」
「見て分からんのかッッ!!生意気な地働きに躾をしてやって……」
そこまで言ってやっと気付く。自分が誰に口を聞いていたのかを。
「トカッ……へ、陛下……」
食料を置き、どもりながらそう言ったオーク。確実に“トカゲ”と言いかけていたな。まぁ、聞かなかった事にしておくが。
「……もう一度聞くぞ。何をやっている」
「……ッ」
口を閉じ、視線を逸らすオーク達。その様子からも彼等の不満がよく伝わってくる。
とは言え顎髭とは違い、その中に多分の恐怖も混じっているが。
漸く覚悟が決まったのか、オーク達が話し始める。
「しょ、食料の再配分を行なっているのです!」
「そうです!我等は戦士で此奴らは地働き!その不当な分配を正しているだけです!」
「そ、その通り!」
「……ッ!」
三匹とも随分と好き勝手な事を言ってくれる。
地働きのオークは言いたい事はあるが、それを言い出せない様だ。
まぁ、それだけ彼等オークにとってのこの階級制度が絶対だったのだろう。
しかし──
「……食料の配分を決めているのは私だ。貴様等、私の決定に逆らうつもりか?」
「……ヒッ!」
思わず後ずさる戦士のオーク達。そう、食料の配分は私が決定しているのだ。
食料の配分に関してはネズミ達を使って必要量を割り出し、働きによって加算分を与えたり、良い食材を与えたりしている。
現在、彼等戦士達には工兵の守備と森での狩りを命じているのだが、しかし我々の群れの数は多く、そこにわざわざ現れる様な魔物は余り居ない。
つまり、狩りはともかく、守備を担当する彼等には殆ど仕事が無いのだ。
それでも、彼等戦士は工兵の仕事を手伝うでも無く、日がな一日下らない事を話しながら過ごしている。
無論、中には警戒を怠らない勤勉な戦士も居るが、少なくともこの目の前の連中は前者であり、ただの穀潰しに近い。
当然、配給される食料も最低限のものになるのだが、彼等にはそれが不満の様だ。
ようやく覚悟が決まったのか、一匹のオークが話し始める。
「そ、その様なつもりはございません!しかし、我等は戦士です!地働きの此奴らがこれだけの物を食らう中、我等戦士が粗末な物しか与えられないのは──」
彼の言葉はそこで止まった。
私が彼の首を掴み、そのまま持ち上げたからだ。
「がっ……!!ぐっ……!!」
必死になって私の手を払おうとする戦士のオーク。しかしコイツ程度のステータスでは、擬人化した私を動かす事すら出来ない。
「……それが“私の決定に逆らっている”と言うのだ。貴様の首から上は飾りか?私は働きに応じて配分を決定している。今の待遇に不満があるならば、彼等の仕事を手伝うなりすれば良かろう」
私がそう言うと、首を掴まれていない戦士の一匹が口を挟んだ。
「そ、その様な真似は出来ません!!我等は誇りある戦士!!地働きの仕事を手伝うなど下賤な事は──」
彼の言葉も止まる。私の尻尾を首に巻かれて。
「……ならば別に構わん。働かないならば扱いもそれに比例させるだけだからな。……良いか?これまでは“戦士”が尊ばれて来たかも知れん。しかし私の支配下で尊ばれるのは、戦士では無く“より働いた者”だ。その前では戦士か否か等無意味。努力し、尽くした者こそが尊ばれるべきなのだ。……それが分かったらさっさと行け!」
私はそう言って二匹を投げ飛ばす。残る一匹は、怯える様に彼等を担ぎ駆け出していった。
「……下らん。自らの仕事を棚に上げて他者に集るとは……」
「……!」
私がそれだけ言って立ち去ろうとすると、先程まで揉めていた地働きのオークが話し掛けて来た。
「あ、あの!!陛下、ありがとうございました!!」
そう言って彼は深々と頭を下げる。
「別に構わん。配下の管理は我々の仕事だ。役目を果たせない者に支配者は務まらん」
「それでも、こんな風に良くして頂いたのは初めてです!先王陛下の時代には、こんな事は無くて……」
「……そうか」
まぁ、それもそうだろう。
農耕では無く、ダンジョンの報酬と狩りで生計を立てていた時代なら、確かに連中の主張は正しいのだから。
しかしダンジョンを奪われ、外周へと追いやられた今は違う。
「……ん?」
気がつくと、騒ぎを遠巻きに見ていた地働きのオーク達が集まっていた。
……これは丁度良い。
私は周囲のオーク達を見回した。
「……黒南風は優れた戦士だった。気高く勇猛な紛れも無い戦士。群れの為に命を惜しまず戦って来た奴は、戦士の中の戦士と言っても過言では無いだろう。……しかし、私は思うのだ。お前達の働きも、それに匹敵すると」
「「!?」」
地働きのオーク達の表情が驚愕に染まる。しかしそれは怯え等では無い。
「……ここから見える景色。田を耕し、水を引き、命の糧を育む土壌を作っているのは、紛れも無くお前達なのだ。お前達が居なければ、誰が群れの仲間を食わしていける?お前達が居なければ、誰が子供達を育てられる?」
「……ッ……」
幾人かのオークが声にならない声を出し始めた。
私はそんな地働きの一匹に近付く。
彼の右手は中指から下が無い。これではまともに武器も握れないだろう。
「……お前、その手はどうしたのだ?」
話し掛けられると思っていなかったのか、そのオークは驚いた表情をした。
しかし、やがて意を決したのか彼は答える。
「……これは、その昔蜥蜴人との戦いで失いました」
「……それで戦場に出れなくなり、地働きになったのか?」
「はい……」
彼はそう言って俯く。地働きの面々にはそういった経緯で戦士から落ちて来る者も多く、周囲にも同様の者達が居た。
彼等オークにとって、“戦士では無い”と言われるのは最大の不名誉らしく、その事実が彼等に影を落としているのだろう。
私はそっと彼の肩に手を置く。
「……何一つ恥じる事は無い。お前は地働きとなった後も、群れを支え続けて来たのだ。戦士であったお前にとって、それは死ぬ事よりも辛かったかも知れん。だがお前はそれに耐えて今日まで生きて来たのだ。黒南風はそれを過小評価していた。お前の様な者もまた、“真の戦士”と呼ぶに相応しいのに……」
「……ッッ!!」
私がそう言うと、彼は嗚咽を漏らした。
「この者だけでは無い。私にとって、誠意を持つ勤勉な者達は須らく真の戦士なのだ。……私はお前達の働きに深く感謝している。……これより先も私を支えてくれ」
「「は、はいッッ!!黒鉄王陛下!!」」
私はその言葉を受け取ると、満足して頷き、ゆっくりとその場を後にする。
すると、その様子を見ていた村長が私の下に駆け寄って来た。
「……相変わらずの狸振りですな……。あれでは戦士達と地働きの間に大きな溝が出来ますぞ?」
「……それが狙いだからな。お前も分かっているだろう?」
私がそう言うと、村長は口角を上げて頷いた。
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