撒き餌と魚
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「……進言……か」
「……ハッ」
そう言った顎髭は、不満を隠そうともせずに私を睨む。
“私は貴様等認めていない”
その内心が露わになっていた。もう少し上手く取り繕って欲しいものだが、そうするつもりすら無いのだろう。
私は顎髭に発言を許可する。
「……良いぞ。言ってみろ」
「子供達の警護の任を我々にお戻し下さい」
……そう来たか。敢えて口に出さなかったのだが……。
それを聞いたオーク達は微妙な表情を浮かべていた。恐らく奴等も知っていて黙っていた為に、どうするべきか困っているのだろう。
まぁ、それ自体は無理からぬ事なのだが、ここでその事を口にするには相応の覚悟が必要だ。
日和見してる連中からすれば気まずい話だろう。
私がなんと答えるか考えていると、顎髭が続けた。
「子供達の警護は、そもそも先王陛下から私が仰せつかった任です。それを横紙破りに奪われては困ります」
──なるほど、思ったより馬鹿ではないようだ。
こう言われればオークの子供達を隠していた事を盾にするのは難しい。指示を出したのは黒南風で、その黒南風は既に死んでいるのだから。
仮に隠していた事を問い詰めたとしても、コイツなら平気で「聞かれませんでしたので」と答えるだろう。
「それに陛下は仰られた筈だ。“理不尽な扱いはしない”……と。ならば我等より誇りある戦士の仕事を奪わないで頂きたい。今すぐに任にお戻し下さい」
「「おぉ……」」
幾人かのオークが感嘆の声を漏らす。
確かに筋道の通った話だ。私はオーク達に“この事で咎めるつもりは無い”と宣言している。
にもかかわらず彼等から誇りある仕事を奪うのは、罰を与えているに等しい。
これは完敗だ。正論である以上、彼の言う通り任務に戻さなければならない。
「……分かった。警護の任はお前に任せよう。現職の者達は引き上げさせる。心して勤めを果たせ」
「ハッ!!」
そう言って深く頭を下げる顎髭。ここからは見えないが、笑みを浮かべている事だろう。
──しかし次の私の言葉に奴は思わず顔を上げた。
「……そう言えばジャスティス。お前に預けた部隊も働き詰めだったな。呼び戻して休ませてやれ。ココの村でな」
「なっ!?」
表情を歪める顎髭。しかし此方に非は無い。私は私の領地で、私の配下を休ませるだけなのだから。
「丁度警護の任を解かれた者達がいる。その者達と入れ替えさせてくれ」
「あいよ、了解」
「……」
顎髭は何も言わず私を睨み付ける。だが何も言わないのは此方に非が無いのが理解出来ているからだろう。
私はそれを見つめ返すと、そっと口角を上げた。
“私はお前を信用してない”
──それが顎髭に伝わる様に。
「……他に無いならこれで終わりだ。皆御苦労だった」
私はそう言ってその場を後にする。
顎髭は何も言わず、ジッと私の背中を睨み続けていた。
「ククク……さて、どれだけ魚が集まるやら……」
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「これはこれは陛下。ようこそ御出で下さりました」
そう言って頭を下げたのはノートの村の村長だ。
あの軍議から一日が過ぎ、私は開拓地の様子を見に来ていた。
因みにゴブリン達は既に私の傘下に加わっている。
オークとの戦いが終わった後、
“これで取り引きは完了しましたね。後はご自由にどうぞ”
と言ったら即座に帰順すると宣言したのだ。
まぁ、私達に“彼等とは無関係だ”と言われたらオーク達がどう動くかは考えるまでも無いので、それも当たり前の判断だろう。
いや、脅してないよ?ただ事実を言っただけ。
私は村長に返事をする。
「うむ。進捗状況はどうなっている?」
「はい。いやはや、驚くばかりですじゃ。やはりこのオークの工兵達は極めて優秀です。簡易的ではありますが、用水路はある程度の目処が立ちました」
「そうか。お前も良くやってくれた」
「勿体無いお言葉です」
村長はそう言って満足そうに頷いた。
彼にはノクトと同じ様に農耕地の開拓を進めて貰っている。
ノートの村もココの村と同じくタロを主食としており、そのノウハウを持つ彼は随分と役立ってくれていた。
「……しかし、問題が無い訳ではありません。私もノクトも所詮は村落レベルでの用水知識しかありません。今はジャスティス殿が作られた貯水池から水を引く事でどうにか形になっていますが、今のやり方だと頭打ちも早いかと思います」
「取り敢えずはそれで構わないのだが、先を見据えて考えるとやはり専門家が必要か……」
「はい。用水もそうですが、区画管理や建築技術を持つ者、様々な知者の助力も必要でしょう」
私は黙って頷く。
群れの規模が桁外れに大きくなった今、これまで通りの野生の魔物としての暮らしでは生きては行けない。
食料確保は元より、インフラの整備や、それを可能とする知識階級の確保も急務と言えた。
「……そういった知識階級がオーク達の中にあまり居なかったのは痛いな」
「オーク達は戦士の一族ですからな。それに、“森の魔物”はやはり“森の魔物”なのです。平地の開拓は不得手でも仕方ありますまい」
黒竜の森の魔物達は、その豊かな生態系とダンジョンに育まれて生きている。
しかしその生き方は常に死と隣り合わせの弱肉強食の世界。
これまではそれで良かったかも知れないが、この外周部でそれをするにはいささか恵みが足りず、そして侵略をするには時流が悪い。
「……やはり手は限られるか……」
「はい。陛下のお考えの通りかと……」
そう言って村長は頷く。彼も私が何を考えているのか察しているのだろう。
まぁ、丁度撒き餌も見つかった事だし、そろそろ頃合いかも知れない。
私がそんな事を考えていると、少し離れた場所からオーク達の言い争いの声が聞こえて来た。
「……またか。随分と魚が多いな……」
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