進言
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その名を聞いた時、オーク達を包む空気が変わった。
“賢猿のスグリーヴァ”
黒竜の森最大勢力にして、オーク達を黒竜の森の外周部へと追いやった忌むべき敵。
オーク達からすれば、私の次に忌々しい相手だろう。
心なしか私に非難めいた視線を向けるオークも居るが、そこは置いておこう。
「“賢猿のスグリーヴァ”。主にグランドエイプ達を支配する王ですが、その他にも多くの亜人、獣人、魔獣を従えています。総勢約3万。黒竜の森では最多の群れです」
「複数種族を従える……か。私と同じだな」
「仰る通りです。通常だと同種で集まる傾向が強い黒竜の森の魔物達ですが、賢猿はそういった所には頓着が無いようで、実力さえあればどんな種族だろうと受け入れます。それにより一代で強大な勢力を築き上げました」
「“一代で”って言ったけど、他の連中は違うの?」
「はい。大概の勢力は、ある程度下地がある状態から群れを拡大しています。我々オーク達は、幾つかの氏族達の同盟に端を発しますし、獣人達も、蜥蜴人達も同様です。今は一人ですが、焔舞もそもそもは古い氏族の盟主でしたし、大呑もその親から一族を引き継いでいます」
「蛇は頭悪いんじゃねぇのか?」
「引き継いだ時点で既にラミアを産んでいましたので」
成る程。
「それに対して賢猿は非常に低位階から進化を繰り返して上り詰めた個体です。奴等の言うには、賢猿は“スモールリトルマーモセット”と言う最小の原猿から進化したのだとか。まぁ、流言飛語の類いだとは思いますが……」
ジャスティスが私を見る。
「真実はどうあれ賢猿が低位階の魔物から進化したのは本当の様です。奴はその強さにも関わらず慎重で、無理をしません。強い種族で生まれて来た魔物は、その分戦いにも傲慢さが出るのですが奴には殆どそれが無い。それこそ、木々の影に隠れる羽虫の様に慎重なのです」
姉さんも私を見る。
「……私も元はスモールリトルアガマだったんだが……」
「ハハハ、冗談はよして下さいよ陛下。あれは魔物では無くてただのトカゲですよ?」
スカーフェイスはそう言って私の言葉を流した。本当なのに。
「……そして、賢猿が誇る5匹の側近達……。彼等も解説が必要でしょう」
ここから先は大体私も把握している内容だが、群れの認識を統一する意味でもこの場で話させる意味はあるだろう。
「先ずは蛙人の二人組。彼等はユニークネームドではありませんが、我々で言う所の公爵と同位階とされており、その舌を使った変則的な攻撃と、二匹のコンビネーションは注意すべきです」
コイツらはジャスティス一人で対処可能だ。帯電させたまま戦えば、舌で戦う相手なら完封出来る筈だ。
「次が将軍級のミノタウルスです。彼もユニークネームドではありませんが、その巨体と機動力から放たれる一撃は脅威です」
コイツの相手は姉さんだな。姉さんのステータスとクラスなら、正面から潰せる。
まぁ、ここまでは正直脅威では無い。聞き取りでしか調べれてはいないが、少なくとも我々で対処が難しい相手では無いのだから。
……問題はここからだ。
「……そして次からが本当の意味での側近です。先ずは賢猿と同族のユニークネームド、“双剣のエステリア”。雷撃と炎を双剣に宿す凄腕の魔法剣士です」
「“二つ名持ちユニーク”なのか?」
「いえ、流石にそこまでの知名度では無いので……。しかし、その実力はそれに近い程です。私もかつて、奴とフランシス様が互角に切り結んだ場面を見た事があります……」
そう言ったスカーフェイスが遠くを見る。周囲のオーク達も何処か切なげな表情を浮かべていた。
それだけ彼等にとってフランシスと言う雄の存在が大きかったのだろう。
「まぁ、その時も焔舞が乱入して来たのですが……」
そう言ったスカーフェイスが遠くを見る。周囲のオーク達も何処か苦々しい表情を浮かべていた。
それだけ彼等にとってコイシュハイトと言う雄の存在が大きいのだろう。
「双剣はシンプルに強いです。その技も知恵も申し分ない。倒すのであれば数的有利をとるか単純な実力で上回るかです」
コイツはステラだな。まぁ、ステラだけだと不安も残るから、ジャスティスも付けたい所だが。
とは言えそもそも現状の戦力でやり合うつもりは無いから、全て仮定に過ぎない訳だが。
「……そして最後の一匹」
スカーフェイスはそこで一旦区切ると、再び居住まいを正した。
「“禍蜘蛛のタチバナカエデ”。大型の蜘蛛のユニークネームドで、略奪系のユニークスキルの持ち主です。先王陛下の見立てでは、対象を捕食する事でその能力を奪うスキルだと予想されています」
“橘楓”
前世では元カノ。今世では親の仇と、中々に面白い関係だ。まぁ、全く笑えないが。
その性格は利己的で不寛容にして悪辣。
上部だけは“良家の子女”を取り繕っていたが、その内心はドス黒く、他者を貶めて喜ぶ様な人間だった。
奴が死んだ時は心の底からスッキリしたものだが、こうして再び巡り逢う事になるとは思わなかった。
「……正直、コイツはかなり厄介です。通常、魔物は種族によりそのスキルに偏りが存在していますが、コイツにはそれが通用しない。何をして来るのか分からない以上、戦闘予測は不可能に近いでしょう。そして、殿下の……フランシス様の仇でもあります……」
そう言うとスカーフェイスは少しだけ俯いた。先程の話といい、彼は何らかの形でフランシスの側に支えて来たのだろう。
何匹かのオークも似た様な表情を浮かべていた。
「そして言うまでもありませんが、奴等を従える“賢猿のスグリーヴァ”自身も凄まじい強者です。先王陛下と正面からやり合う程の膂力と技量。そして戦闘中に受けた攻撃への耐性スキルを高効率かつ自動で獲得するユニークスキル、“経験”は極めて厄介です。先王陛下も可能な限り戦いは避けていらっしゃいました」
それを聞いたジャスティスは獰猛な笑みを浮かべる。
私から黒南風の話を聞いていたジャスティスは、そんな黒南風が戦いを避ける程の強者に興味を持った様だ。
「ヒヒ、面白そうだな。その“経験”って、効果はどのくらい続くんだ?まさか永続じゃねぇよな?」
「流石にそれは無いかと。恐らくスキル発動中に受けた攻撃に限定される筈です」
まぁ、それはそうだろうな。でないとバランス崩壊し過ぎだ。
とは言え非常に厄介なユニークスキルには違いない。戦闘を続ける程に自分の攻撃が効かなくなっていくのだ。
同格相手でも有利を保てる上に、格上を相手にしても慎重に戦えば勝ち筋が残る。
格下相手なら抵抗もまともに許さないだろう。
「対処と言えば圧倒的火力での瞬殺か、多種多様な攻撃での継続戦闘のみになると思います。しかし、それも仕留め損なえば次の手が打てなくなる為、攻める際には慎重に行動しなければなりません」
概ね正解だ。今ある情報からの分析としては間違ってはいない。だが、
「……他にも手はある」
私がそう言うと一斉に全員がこちらを見た。
「……と、言いますと?陛下」
「状態異常だ。ここに居る面々なら知っているだろうが、ジャスティスは雷撃耐性を降下させるスキルを持っている。そして、お前達の中にも恐らく同系統のスキルを使える者が居るだろう。そういった者達に耐性を降下させて、攻撃の要とする。それに、耐性を獲得すると言っても、スキルにはコストが存在している。攻撃スキルを残す為に、全ての耐性スキルを維持出来る訳では無い。そこを突いて攻めれば効率的にダメージを与えれる筈だ」
「成る程……」
スカーフェイスはそう言って頷く。どうやら彼は私に対して悪感情を抱いていない様だ。
しかし、そうで無い者も勿論居る。
「……フン、そう上手くいきますかな?そもそも賢猿とて馬鹿ではない。それを悟られぬ様に立ち回る筈だ。そう易々と見抜けるとは到底思えませんな」
そう言ったのはスカーフェイスではなく、一匹の年嵩の将軍。
特徴的な顎髭と、この場のオーク達の中では一番大きな身体を持つ。
奴の周囲のオーク達も、同意する様に頷いている。この反応を見るに、相応に発言力のある個体のようだ。
恐らくこうして私の上げ足取りでもして、今の待遇に対する不満を少しでも晴らしたいのだろうが、残念ながらそれは失敗だ。
「……まぁ、普通ならそこまで上手く穴を見付けれる訳は無いな。だが、此方には観察を持つゴリと、視覚共有を持つネズミ達が居る。相応の体制で挑めば攻略は可能な筈だ」
「……!」
オーク達が黙る。何匹かは感心した様に、そして何匹かは忌々しさを隠し切れない様に、だ。
当然顎髭は後者だった。
「……無論、お前の憂慮する様に賢猿は馬鹿では無い。周囲を配下で固められれば寡兵の我々には対処は厳しいだろう。進言感謝する」
「……はっ」
取り敢えず顎髭の顔は立てておく。
こうすれば奴等が感情的になる事も防げるし、下手に詰め寄られる心配も減るだろう。
流石にここで詰め寄られれば、処罰せざるを得ない様になってしまう。
この様子だと、彼は良い撒き餌になりそうなのに、それは勿体ない。
私は思わずニヤケてしまうが、そっと口元を隠して誤魔化した。
──それ以降も軍議は続いた。
各々の役割の再確認や、采配等についてだ。
そして概ねの話が終わり、私が終了を告げようとしたその時、顎髭が再び口を開いた。
「……陛下。もう一つ進言したき事があります……」
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こういう会話だけの回ってクソ難しいですね……。作家の皆さんはどうやって考えてんだ……。




