残る5人の強者達。
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「先ずは現在の黒竜の森の主要勢力の説明です。そこの貴方、説明を」
「ハッ!」
そう言って立ち上がったのは、貴族級のオークだ。
顔に傷が在り、他のオークに比べると線が細い。私は心の中で、勝手に“スカーフェイス”と名付ける。
しかしながら名前が無いのは不便だ。
どうやら黒竜の森の魔物達の中では、“名前は神に授かるもの”と言う認識が強いらしく、特別な理由が無い限り名前を自分達で付けたりしない。
それ故に“貴方”とか、“おい”とか、そう言った個人を特定し難い呼び方でやり取りする事になるのだが、これだとすれ違いや齟齬が生まれやすい。
少なくとも、将兵クラスの連中には名前を付けたいのだが、果たして受け入れて貰えるのやら……。
私がそんな事を思案してると、スカーフェイスが口を開いた。
「現在、我々の住む黒竜の森には、5体の“二つ名持ちユニーク”が存在しています。一名を除き、その各々が多くの配下を連れています」
ふむ、確かに“賢猿”については結構情報を集めていたが、他の連中に関してはまだ手付かずだったな。良い機会だししっかり聞いておこう。
「先ずは、最も我々の縄張りの近くに居を構える二つ名持ちユニーク、“不動のグラクモア”。蜥蜴人を統べる王です」
「……リザードマンねぇ……」
ジャスティスがそう言って私の方を見る。いや、私はリザードマンじゃないだろ。変身してるだけで。
「彼は比較的最近王となった年若い蜥蜴人ですが、その能力は強大です。先王陛下の見立てだと、彼の覚醒解放とユニークスキルは、軍勢の指揮と強化に関係しているのでは無いかと言う事です」
「……何か根拠はあるの?」
姉さんがそう言ってスカーフェイスに向き直る。
「ハッ!“不動”はその二つ名の通り、戦闘の最中でも玉座から全く動きません。しかし、不動が現れた戦場では蜥蜴人達が明らかに強くなります。そして、一度先王陛下が奴等の防御陣形を崩して不動へと迫った事が有ったのですが、その時ですら奴は一歩も動こうとしませんでした。ここまで来ると、自己顕示の為と考えるより、何らかの制限と考えるのが妥当だと思われます」
「道理だな。……因みにその時は何故黒南風は討ちもらした?」
「ハッ!戦闘の最中、横槍が入りました。そちらへの対処の為に一時休戦となり、撤退した次第です」
なるほど。確かにそれなら討ち漏らす事もあるだろう。しかし横槍を入れた奴も気になる。
私の様子から察したのか、スカーフェイスがこう告げた。
「横槍を入れたのは、二つ名持ちユニークの一人、“焔舞のコイシュハイト”です。コイツは少々特殊なので、後述させて頂きます」
逆に気になるだろ。
しかしスカーフェイスはそのまま続けた。
「不動率いる蜥蜴人達は、総勢で1万を超える大規模な群れです。動員出来る兵数も応じて多く、不動の軍勢指揮能力と噛み合って、極めて強力な軍隊と言えます」
「“軍隊として強力”ってのはわかったけど、ステラとか、俺様達みたいに突出した個体は居ないのか?注意しなきゃヤバい奴とか」
「ハッ!以前は“五強角”と呼ばれる、高位階の5匹の蜥蜴人が居ましたが、その内3匹が既に先王陛下に殺されています。今現在でも2匹程生き残っていますが、しかし脅威度として見れば軍隊の方が遥かに高いです」
シンプルに“群れとして”の強さが蜥蜴人達の強みと言う事か。
「……もし戦うとしたら対策は?」
「ハッ!先程も述べさせて頂きましたが、彼らの強さは単体では無く、“群れ”にあります。そして、その強さも“不動”の能力への依存度が高く、突出した戦力での正面突破には脆弱な面があります」
「強い魔物が真正面から不動を狙えば崩れるって事だな?」
「ハッ!仰る通りです」
成る程な。どうりで黒南風が蜥蜴人達のダンジョンを狙った訳だ。
「次の二つ名持ちユニークは、“大呑のオルベ”。巨大な蛇の魔物で、二つ名の通り数多の魔物を一呑みにしてしまいます」
「それは物理的な意味か?それともスキルか?」
「両方です。陛下。陛下と同じく、“異次元胃袋”を所持していますし、大呑は黒竜の森でも最大の魔物ですので、殆どの魔物を呑み込みます。そして、そのタフさも尋常ではなく、攻撃を受けても獲物を呑み続けます」
“獲物を呑み続ける蛇”……か。ふむ……。なんか覚えがあるな……。
私がそんな事を思っていると、私と同じく心当たりがあるジャスティスがスカーフェイスに尋ねた。
「……ソイツって子供とか居たりするか?それも、かなり小さいヤツ」
そう、心当たりとは私とジャスティスの戦いに乱入したあの蛇だ。
あの蛇はEXスキルを、最低でも二つ持っていた。“バジリスクの魔眼”と“異次元胃袋”だ。
あれ以降にも何度か蛇の魔物と戦った事はあったのだが、そこまで優遇された魔物は一匹も居なかった。
まぁ、ユニークネームドでは無いだけでレアな魔物だったのだろうと思っていたのだが、“大呑のオルベ”の特徴と酷似しており、関係がありそうに思える。
「良くご存知ですね。大呑は毎年結構な数の卵を産みます。その卵のサイズは大小様々で、色々な大きさの眷族が居ます」
「その眷族供はスキルやステータスが優遇されるのか?」
「はい。それにEXスキル持ちも産まれるのだとか」
……当たりだな。
ジャスティスが私の方に向き、黙って頷く。
「そして、大呑の特徴の一つですが、かなり頭が悪いです」
「ユニークネームドは知性に優れるんじゃねぇのか?」
「仰る通りです。しかし、理由は分からないのですが、大呑は野性の魔物に近い二つ名持ちユニークです。しかし副官にして長女であるラミアは中々の知者で、大呑と意思疎通が出来ます。そして、眷族を指揮するのもラミアなので、実質的な支配者は彼女だと言えます」
成る程、出来る参謀が裏から支配しているのか。エリツィン政権時代のロシアみたいな連中だな。
「大呑に関しては正直なところ対策と呼べるものは打てません。やり合うなら総力戦で囲んで殺すくらいしか無いのですが、保有ダンジョン数も少ないのでやり合う旨味は少ないです。どちらかと言えば、関わらないのが一番の方策かと思われます」
ふむふむ。中々勉強になるな。
「イテッ!?」
私は私の背後で立ったまま寝ているアッシュを尻尾で打ち付けると、再び前を向く。
「え〜……。次は“隻翼のサーベイン”殿。獣人達を統べる、鳥人の騎士です」
「殿?」
ジャスティスの疑問にはステラが答えた。
「サーベイン殿は陛下……いえ、アペティ様の盟友なのです。そして私の槍の師匠でもあります。獣人達と我々オークは敵対関係にはありません。対策は不要かと思います」
「……ふむ。ついでに聞きたいのだが、何故“騎士”と呼ぶ?“王”では無いのか?」
「理由は分かりませんが、サーベイン殿は支えるべき“王”を探しているのだとか。そして、その望みが叶わない内に獣人達に祭り上げられ、なし崩しに支配者となったのです」
“望まぬ王”か……。確かに黒南風と仲良くなりそうだ。
……しかし対策は必要だ。それも、重点的に。
だがそれを今言っても流れが無駄に止まるだけだし、後で外堀を埋めてから指示するとしよう。
楓のクズなら、間違いなく彼等を使う筈だからな……。
「サーベイン殿に関しては以上です。そして……次こそが“焔舞のコイシュハイト”です」
「「「……はぁ……」」」
それを聞いた途端に、オーク達が一斉にため息を吐いた。
私達が困惑していると、スカーフェイスがその重い口を開いた。
「……“焔舞”は自称、“平和主義者”です。黒竜の森の平和と安定を守るためならなんでもするそうです……」
「なんだそりゃ?野生の世界でそんな訳分からない事言ってたら直ぐ死ぬだろ」
ジャスティスがそう言うと、スカーフェイスが首を振る。
「……確かに普通ならそうです。しかし奴はそれを可能とするだけの力と行動力があります。……そして、黒竜の森で最も多くの命を奪っているのも奴です……」
どんな平和主義者だ。
「焔舞は蝶の“昆虫人”なのですが、奴は大規模な戦闘が起きると上空から爆撃を仕掛けてくるのです。それも、敵味方も無くひたすらに……」
「……アホじゃねぇか……」
「はい……。そして、否応無しに戦闘は終了するのですが、それを見届けた後に、“大丈夫!礼は要らない!ボクは平和の守護者だからね!はーっはっはァッ!!”と言って何処かに消えます。残るのは死屍累々の惨状と、燃え盛る森です……」
アホだな。これで蛇と蝶が揃った。
「……しかし私達との戦闘では焔舞は現れなかったぞ?何か理由があるのか?」
「焔舞の能力的に、先王陛下と相性が極めて悪いのです。先王陛下は飛翔する奴の気流を乱せますし、炎も掴んでしまいますからね。それでも余程大規模な戦闘なら乱入したでしょうが、前回の戦闘の規模なら、奴の“平和主義”とやらには引っかからないみたいです」
そう言ってうな垂れるスカーフェイス。他のオーク達も頭を抱えたり、俯いたりしている。余程の目にあった事があるのだろう。
しばらくどんよりとした空気が漂ったあと、ようやくスカーフェイスが顔を上げた。
「……焔舞は勢力を持たない単一の魔物です。しかしその実力は確かですし、その上で逃げる事にも抵抗がありません。“強く、臆病で、クレイジー”。対策は不可能に近いかと」
確かに……。まぁ、最悪私の魔眼とジャスティスの雷撃で行くしか無いな。とは言え旨味が無さ過ぎて戦いたくないが……。
そして、スカーフェイスは居住まいを正すと、我々を見渡した。
「……最後は皆さんもご存知かとは思いますが、黒竜の森の最大勢力。“賢猿のスグリーヴァ”についてです……」
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