酒は飲んでも飲まれるな。
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私は酒が好きだった。
仕事柄、飲みの機会も多かったのだが、私個人としては一人で飲み歩く酒が一番美味く感じたものだ。
基本的に酒全般が好きだったが、中でも特に好きだったのが、ビールとウィスキー。
ビールはやはりシメイだ。
キンキンに冷やしたホワイトと、つまみのチリビーンズ。
これに優る組み合わせは無いだろう。
「おい、トカゲ」
そしてウィスキーは若い物から飲み始める。
そこから徐々に年数を上げて行き、その差を楽しんだ。
時には気分を変えてアイランドモルトに手を出したり、大口の商談がまとまれば、30年物のバランタインを飲んだりもした。
「……王様」
ああ、心配は要らない。私の行きつけの店は、ウィスキーに氷を入れる様な不粋な店では無い。
やはりウィスキーは常温に限る。
「……ねぇ、坊や?」
しかし残念ながらワインに関しては分からなかった。
いや、味や香りの違いは理解出来たのだが、今一私の嗜好にそぐわなかったのだ。
付き合いの場で何度か相応のワインを口にした事が有ったのだが、正直若く飲みやすいワインの方が口に合い、なんとも言えない気持ちになった。
まぁ、合わないものは合わないと諦める方が良いだろう。
日本酒に関しては──
「「「そろそろ現実と向き合え」」」
そう言って、姉さんとジャスティスとゴリが私を睨む。
彼等は一様に一つの方向を指差し、頻りに私の視線を誘導しようとしている。
しかし残念ながら私は日本酒に関して思い出すのに忙しい。
そっちを見る時間は無いのだ。
日本酒に関しては比較的楽しめる方だ。しかし大体の銘柄は美味く飲めるのだが、醸造アルコールが入ると途端に飲めなくなる。
正直、あれが入っている物は酒と呼ぶべきでは無い──
「見ろ!」
ジャスティスがそう言って私の首を強引に曲げた。
その視界の先には、子供に乳をやる雌のオークがわんさかと居た。
乳飲み子以外の子供達の数もヤバい。何百匹も居る。
茫然とその様子を眺める私を他所に、ジャスティスは更なる現実を突き付けた。
「……ゴリ、食料の再計算は出来たか?」
「はい親分!今の残量から行くと、約六週間程で底を尽きます!それまでに食料問題を解決しないと、我々はお終いです!!」
「だって。坊や、どうにかしなきゃ駄目よ?」
「イヤァァァッッ!!お酒飲みたい!!お酒に逃げたイィィッッ!!……私は酒が好きだった。仕事柄、飲みの機会も多かったが……」
「「「もう止めろ!!」」」
止められた。どうやら声に出ていたらしい。
「……どうしよう……」
私は思わずうな垂れる。
あれから二週間ほど経った。
諸々の混乱はあったものの、現在のところ我々の群れは落ち着きを保っている。
オーク達とゴブリンの関係も、予想より悪く無かった。
ノートの村での被害が出てなかった事も理由の一つだが、一番大きかったのはココの村でもそれ程被害が出ていなかった事だ。
オーク達曰く、黒南風がココの村のメスゴブリン達はダンジョン奪取の際に貢献度に応じて分配すると明言していたらしく、その為に手出しするオークが殆ど居なかったのだとか。
それでも強固に要求して来たオーク達は、ノートの村の侵攻に回され、そこで結果を出せば分配すると約束したらしい。
まぁ、その後の結果は知っての通りだ。
そして反抗して来た雄ゴブリン達は殺されていたが、恭順を示した雄ゴブリン達は農奴として扱われたらしく、こちらも死人が余り出なかった。
これは恐らく黒南風が彼等の作る“タロ”と言う芋に興味を持ったからだろう。
ゴブリン達の主食となっているこのタロは、収穫時期と保存期間が長く、安定した食料と言えた。
ダンジョンと森での狩猟で生計を立てていたオーク達が外周部で生活するにあたり、これはかなり魅力的だった筈だ。
事実、黒南風も自軍の工兵に農耕地帯の拡充とその警備を指示しており、かなりの人員を割いていた。
その為に黒南風は動かせる人員がかなり減っていたのだが、それだけの価値は充分にある。私も引き続き同様の指示を出して事に当たらせている。
そして、後3ヶ月程すれば新たに開墾した農地からタロの収穫が見込めるらしく、そこまで何とか凌げば、食料問題は解決とまでは行かなくとも、なんとか人心地はつく筈だった。
だったのだが──
「……まさかこんな人数を隠していたとは……」
そう、ココの村の確立分離結界の中に、大勢の子供と妊婦、そして母親オーク達が隠されていたのだった。
当初は、“備品の保管場所として使用している”と言うオーク達の言葉を信用して確認しなかった。
無論、思う事が無い訳では無かったが、オーク達との軋轢を避ける為にある程度は自由を認めても良いと判断したのだ。
しかし時間が経つにつれて食料の残量が合わなくなって来た。
そして調査の為に静止する守備隊のオーク達を振り切り開門させた訳だが、そこにはこうして大勢のオーク達が居たのだ。
それこそ、当初の食料計算を狂わせる程に。
「……黒南風が厳重な警備をさせてた理由がこれか……クソ……」
初期の混乱を収める為とは言え、調査をおざなりにし過ぎた。
これでは食料問題に新たな手を打つ必要がある。
思わず顔をしかめてしまう私だったが、その様子を怯えた表情で守備隊のオーク達が見ていた。
私は彼等に向き直る。
「……今回の事でお前達を咎めるつもりは無い。お前達から言わせれば、私達はいきなり現れた侵略者でしかなかったのだからな。その侵略者から女子供を守ろうとするのは当然の事だ。寧ろ、命がけで彼女達を守ろうとしたお前達は賞賛に値する」
「……!」
オーク達の顔が少しだけ穏やかになる。この事で罰せられる事が無いと思いホッとしたのだろう。
……しかし私は寛容なだけの愚劣な王では無い。
「ここまでの任、良くやってくれた。お前達も疲れただろう。これより先は私達の直属の配下に守備を任せる。少し休むと良い」
「……へ、陛下!そ、その様なお心遣いは……」
「まさか“聞けぬ”、と言うか?“王”である私の心遣いが……」
「……ッ!」
守備隊のオーク達の顔が恐怖に歪む。そう、彼女達の生殺与奪を握られた事を理解したのだ。
この二週間、私は彼等に対して理不尽な扱いはして来なかった。無論、過剰に反抗したオーク達は粛正せざるを得なかったが、それでも公平な扱いだったと自負している。
ステラもそれは理解している様で、特に反抗したりする様子は無い。
まぁ、それは私を認めているからでは無く、アペティの遺言を忠実に守っているからだろうが。
しかしその状況下で、重大な秘密を隠していた彼等に温情をかけた私の心遣いを無碍にするという事が、どういった意味を持つのかは想像に難く無い。
やがてゆっくりと彼等は頷いた。
「……お心遣い感謝します。陛下……」
「うむ。追って別の任を言い渡す故、それまで休むと良い」
「……ハッ」
そう言うと彼等は立ち去って行った。
「……相変わらずの腹芸だな。見ててオーク達が可哀想になったぜ」
そう言って笑いながらジャスティスが話し掛けてくる。
しかし腹芸とは心外だ。
「私が何か変な事を言ったか?私は許し、そして休ませてやっただけだが?」
「そうね、普通の事を言っただけよね。相手がどう受け取るかは別だけど」
「ひひひ、違いねぇな」
「……王様……カッコいい!」
フフフ、もっと褒めても良いのだよ。私はチヤホヤされるのは嫌いでは無いのだから……!
私がそんな風にニヤついてるいると、一匹のオークが駆け寄って来た。
「……陛下、皆様。軍議の用意が整いました」
膝をつき、そう言ったオークに頷くと、私達はその場を後にした。
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