第二章、“序章”
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──甘く見ていた。
レナ・ツー・ベルナールは、自分の認識の甘さを悔いていた。
幼い頃から神童と呼ばれ、魔術士としての名声を高めて来たレナだったが、この魔界はそんな彼女を嘲笑うかの如く次々と試練を与えた。
襲いかかる魔物の群れ。一度足を踏み入れるとその姿を変える魔の森。呼吸さえ難しくなる瘴気の谷。
そのどれもが人界では見た事が無い物だった。
初めはそれでもどうにかなった。
レナが要塞を出る時、魔法の鞄にありったけの食料や魔術道具を詰め込んで来たのだから。
しかし道のりが長くなるに連れ、手持ちはすり減り、そしてようやくこの街に着いた時には既に満身創痍だった。
──だが、それでもレナは歩みを止める訳にはいかない。
か細い情報の糸を手繰り寄せ、ようやく掴んだ手掛かりなのだから。
「うっ……!」
突然の目眩に、レナは思わず膝をついた。
修行の時何度か経験した事のあるこの感覚は、魔力切れによる反応だった。
レナはフラつきながらも必死に路地裏に姿を隠す。
ここが人間の街ならまだマシだった。少なくとも、女である以上、殺される可能性は低いのだから。
しかしこの魔界での人間の価値は著しく低い。それこそ家畜程度の価値しか認められていない。このまま意識を失い、通りすがりの魔物達にでも見つかれば、嬲り殺されてもおかしくなかった。
「……ッ!」
レナの身体が淡く光り、その姿が変わっていく。魔力が無くなり、“変化”が維持出来なくなったのだ。
(……もう……駄目なの……?)
思い出すのは、身分違いの親友の事。
世間知らずで、向こう見ずな所があるが、根は真っ直ぐな彼女と過ごした日々は楽しかった。
しかしそんな彼女は、“神託の姫巫女”と言う、その特殊な立場を政治利用され、この魔界でただ一人死を待っている。
「……ふざけるなッ……!!」
レナは再び自分を奮い立たせた。
そんな事、認められない。戦争の責任は彼女には無い。
欲にまみれた貴族院のブタ供が、魔界の資源を求めたのが今回の戦争の発端だった。
それを体裁良くする為に彼女を利用し、そして負けた今となってはその責任の全てを押し付けて逃げたのだ。
許せない。そんな理不尽の為に、親友を死なせる訳にはいかない。
──しかし、現実は残酷だった。
『見つけたぞ小娘』
「!?」
レナが振り返ると、そこに立っていたのは暗殺者の姿をした一匹のコボルド。
何度か戦った事のある、奴の配下の一匹だった。
『ふふふ、随分と疲れているらしいな?まぁ、それを見込んでこうして姿を現した訳だが』
「……女一人に随分と臆病なのね?プライドとか無い訳?」
『ああ、そうだぞ?少なくとも、神託者相手に一人で勝つ等不可能だ。……こうして弱った所を狙わないとな?』
「……!」
そう言って笑う暗殺者に、レナは口籠る。
確かに万全の状態なら、あの程度の魔物に倒されるレナでは無い。
しかしこうして疲弊し、魔力も尽きた今、レナに打つ手は無かった。
だが──
「……人間のメス……か?」
そう言ってレナ達の背後に現れたのは、黒鱗の蜥蜴人。
美しい光沢を放つその鱗は、まるで金属の様にも見えた。
それが、レナとトカゲの出会いだった──




