久しぶりのパターン。
ーーーーーー
「……どうにか……勝てたみたいだな……」
私はそう言って深くため息を吐いた。
目の前には私達を背にして倒れた黒南風が居る。今だに実感は湧かないが、倒せたのは事実のようだ。
本当にキツい戦いだった。負けるわ、死に掛けるわ散々な目に遭った。
私一人なら確実に死んでいただろう。
『にぃに!キューとククは役に立った?』
そう言って私を見上げて来るキュー。その仕草は愛らしく、思わず理性を失いそうになるが、今回ばかりはそうはいかない。私は真っ直ぐに彼女を見つめて言った。
「……お前達のお陰で生き残る事が出来た。本当にありがとう」
『うん!!』
キューはそう言って私に抱き着いて来た。
今回の作戦で鍵となったのは、キューとククが持っていたEXスキル、“完全不可視化”と、ネズミ達が獲得した“視覚共有”である。
まぁ、完全不可視化を妹達が最後に使ったのはあの蜘蛛との一件以来なので、すっかり失念していたが、キューとククが進言してくれた事で思い出せたのだ。
ククの完全不可視化は継承を使って姉さんに移し、そしてキューはスキルを使用した状態で私達のサポートを行っていた。
主だった内容としては、キューに継承させた視覚共有での相互の位置情報の共有で、これにより私達は姉さん達の位置を把握しつつ立ち回る事が可能となっていたのだ。
因みに気絶した私を回復してくれたのもキューである。
そして、先程奴を仕留めた“バインドテイル”、“コカトリスの魔眼”、“怒りの鉄槌”のコンボも予め想定して練習していたものだった。
まぁ、正直使う事になるとは思っていなかったのだが、備えあれば憂いなしと言った所だった。
「……ねぇ、早く継承しないと黒南風が死んでしまうんじゃない?」
そう言ったのはヤスデ姉さんだ。
彼女にはあのオークから奪った“怒りの鉄槌”も継承していた。
発動条件を満たす為にかなりのダメージを与えてしまったのだが、ポーションでの回復が終わった様だ。
私は彼女の言葉に頷くと、そっと奴に近づいた。
継承自体は触れなくても発動出来るのだが、直接触れた方がかなり早く継承する事が出来る。
特にユニークスキルともなれば、触れずに継承するのは一時間以上もかかってしまうのだ。
まだ幼い頃に継承しまくった羽虫達のステータスとはえらい違いである。
「……」
……黒南風、出来ればもう少し後で出会いたかった。……そうしたら正面からやりあえたかも知れない……。
こうして倒れ伏した奴を見ていると、そんな想いが去来する。効率を重視する私に、非効率な方法を選ばせそうになる程、尊敬できる敵だったのだ。
しかし──
「……詮無い事か……」
“たられば”の話に意味はない。結果は既にここにあるのだから。
私がそう思い奴に触れた次の瞬間──
──ゴウッッッ!!──
「グハッッッ!?」
私は腹部を貫いた強烈な一撃に、血を吐きながら後方へと弾き飛ばされた。
『にぃに!!』
慌てて私に駆け寄るキュー。ヤスデ姉さんは奴を牽制する為に私とキューを背にして立ち塞がる。
「グフッ!!グッッ……!」
口から血が出る。なんとも情け無いミスだ。ジャスティスの時には出来ていた警戒が、奴に対しては出来ていなかった。
何とか態勢を整えて迎撃せねば……。
そう思った私だったが、いつまでたっても姉さんに動きが無い。
私はどうにか体を起こすと、姉さんの前に出て様子を確認した。
「……!!」
私の目に映った黒南風の姿は痛々しいものだった。腹部は黒ずみ、あちこちから血が出ている。その両腕は砕けており、所々に骨が飛び出ていた。
浅く呼吸はしているが、意識は無い。
「……砕けた拳で殴ったのか……」
……この野郎、意識も無いのによくそんな真似が……。
信じられない程の闘争心だ。全く最後まで驚かされる。
しばらく様子を見たが、起きる素振りは無い。とは言えこのまま触れてまた殴られるのも避けたい。私は接触せずに継承を発動させる事にした。
「“特別継承”発動。対象ユニークスキル“支配”」
【特別継承の発動を確認。スキルに対する理解度を示して下さい。】
ふむ……。このパートも久しぶりな感じがする。いや、ゴリの“観察”の時にもやったのだが、あの時は本人からスキルに関する説明を受けていた為、何一つ考察する必要が無かったのだ。
さて、先ずはその能力だな。“支配”はスキル対象を文字通り支配するスキルだ。命令し、絶対服従をさせる事が可能。
【正確です。理解度20%を確認】
そして視覚共有で確認したが、難易度の高い使用条件が設定されているユニークスキルだ。
使用者がスキル対象に支配下に置く事を宣言し、それに承諾させる必要がある。
【正確です。理解度40%を確認】
そして、使用人数に制限がある。
何度かオーク達と戦ったが、その時に捕虜にしたオーク達は支配の影響下になかった。もし制限が無いなら、配下の全てに施してないのはおかしい。
【正確です。理解度60%を確認】
そして次はかなり重要な点だが、支配には命令回数にも制限が存在している。
あの時に戦った将軍級のオークは、黒南風の命令には従っていたが、私を黒南風の傘下に加えることには反発していた。
もし仮に命令回数に制限が無いなら、細かく条件を命令する事でそれを回避出来ていた筈だ。そして、黒南風はそれを見落とす様な馬鹿では無い。
恐らく、その命令回数を越えれば支配は強制解除される。
【正確です。理解度が一定数値を超えました。】
良し。予想通りだったな。後は制限回数や人数を確認して──
私がそこまで考えた時、脳内音声が有り得ない言葉を紡いだ。
【“第一条件”をクリア。次いで第二条件である“スキル所持者からの承諾”を受けて下さい。また、本継承終了後、個体レイザーテイルドタガーラプターのスキルコストが上限を超えます。削除するスキルを選択して下さい】
「──は?」
思わず間の抜けた声が出る。
突然の事に頭がついていかない。
「……何かあったの?」
姉さんがそう話し掛けてくるが、私は上手く返す事が出来なかった。
「……すまない、少し待って欲しい。……もう一度言ってくれ」
【“第一条件”をクリア。次いで第二条件である“スキル所持者からの承諾”を受けて下さい。また、本継承終了後、個体レイザーテイルドタガーラプターのスキルコストが上限を超えます。削除するスキルを選択して下さい】
再び繰り返される言葉に冷静さが戻って来る。私は様子を伺っているを姉さんを軽く制し、質問した。
「……どういう事だ?観察を継承した時はそんな事を言わなかった筈だ。何故同じユニークスキルなのに差がある?」
【各スキルには、“カテゴリー毎”では無く“スキル毎”にコストと条件が設定されています。観察は支配よりもスキルコストが低い為、削除等の必要がありませんでした。承諾に関しては必要でしたが、発動する前段階で既に条件を満たしており問題無く継承が可能でした】
「クソっ!」
私は苛立ちから思わず地面を蹴る。
散々検証して来たのに、ここに来て新たな問題が出て来るとは……。
確かにジャスティスの持つ“雷神の恩寵”や、妹達の“真祖の系譜”等、そもそも継承出来ないスキルの存在は確認していたが、継承可能でもスキル毎に違う条件というのはこれが初めて確認した内容だった。
「……姉さん、すまないが自警団長を起こして来てくれ。幾つかスキルを継承させるから、寝かしたままでは駄目だ」
「……分かったわ」
姉さんはそう言うと、自警団長を連れて来た。彼はこの中で最も所有スキルが少なく、恐らくスキルコストに余裕がある筈だ。一旦預けてから再度スキルを整理するには打って付けの人材だろう。
私は彼に自分の持つ幾つかのスキルを継承させ、再び特別継承を発動させた。
【“第一条件”をクリア。次いで第二条件である“スキル所持者からの承諾”を受けて下さい】
「……」
本格的にマズい。スキルコストは自警団長にスキルを継承させる事で解消出来たが、第二条件の方はやはり解除されない。
「……そろそろ何が起きてるか教えてくれない?」
姉さんに再び促される。確かに一人で考えていても埒は開かない。
「……支配を継承する為には黒南風の承諾が必要らしい……」
「……なる程……随分な難題ね……」
姉さんはそれだけ言って考え込む。
黒南風に承諾させるのはかなりの難題だ。
奴の支配がどれだけの個体に使用されているかは分からないが、群れの中枢を担う魔物達は間違いなくその影響下にあるだろう。
そして、その状況下で支配を私に渡すのは、群れを丸ごと生贄に差し出すに等しい。
奴は自分の命を惜しんでそれを選ぶ事は絶対に無い。
──奴は“黒南風のマダム・アペティ”なのだから。
「……ふふ、ふ。随分と困ってるみたいねぇ?黒鉄?」
私達が必死に考えていると、気がついたのか黒南風が話し掛けて来た。
しかしその声には既にかつての力強さは無く、死の影を感じさせた。
「……気がついたのか……」
「……ええ。正確には虚ろだけど、ずっと意識は在ったわ。だから貴方達の状況はある程度分かる。“継承”ねぇ……。“強奪”か“略奪”だと思ってたわ。道理であの子のスキルをそのヤスデが使える訳だわ……グッ……」
そう言うと黒南風は激しく咳き込んだ。
私達はその様子を黙って見ていたが、漸く落ち着いた黒南風が私の目をジッと見てこう言った。
「……黒鉄。取り引きしない?」
ーーーーーー




