決着
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黒南風が凄い形相で此方を睨んでいる。まぁ、無理もないか。死んだと思ってた敵が湧いて出て、厄介そうな新しい敵まで居るのだから。
黒南風はヤスデ姉さんをチラリと見ると、視線を私に戻した。
「……何故生きてるの?私の“黒刻槍葬”は並大抵の威力じゃあ無いわ。少なくとも同位階で、防御に特化したスキル構成でもない限り、直撃して無事に済む訳がない。防御特化でも無く低位階の貴方が無事に済む訳が無いわ」
そう言って睨み付けてくる黒南風。確かにアレはヤバかった。私の防御力なら直撃してたら即死していただろう。
しかし──
「私は直撃していない。お前の胸の傷を見てみろ」
黒南風は怪訝な顔で視線を落とすと、再び私に向き直る。
「……この傷がなんなの?直撃の寸前に貴方が攻撃したものでしょう?」
「違う。それは私が使った移動スキルの跡だ。私はお前が魔眼殺しを使う前から逃げようとスキルを発動させていて、お前がそこに突っ込んで来たんだ。咄嗟に足を前に構えた事で、お前の体に私の足が触れてスキルが発動。私はスキルの効果に従って跳ね上がったのさ。お前を起点にしてな」
「……!!」
黒南風の顔が驚愕に染まった。
奴が黒刻槍葬を発動させる前、私は“ハイジャンプ”と言う移動スキルを発動させようとしていた。
“ハイジャンプ”は、足の裏が触れた場所を起点にして高速で跳び上がると言うシンプルなスキルだ。
私は奴を魔眼で拘束した後、そのスキルで奴の攻撃を避けようとしていたのだ。
しかし奴は魔眼殺しと言う厄介なスキルで私の魔眼を潰し、速攻を仕掛けて来た。
そして咄嗟に構えた足の裏が奴に触れ、奴の黒刻槍葬と同じ進行方向に高速で跳び上がった事である程度ダメージが緩和されたのだ。
まぁ、完全に逃げに徹した事での生還だった訳だ。
「……生き残った理由は分かったわ。だけど、何故無傷なの?直撃しなかったとは言え、ダメージが無いのは異常よ?」
「ダメージはあったさ。単純に回復しただけでな」
「……“ハイポーション”ね……。随分と貴重な物を持ってるじゃない」
……これは初耳だ。どうやらあのポーションとやらは相当貴重な物らしい。
スーヤが材料が有れば作れると言っていた為にその希少性を理解出来ていなかった。
真面目に価値観の擦り合わせをしておかないと、この先足下を掬われるかもしれない。
「……まぁ良いわ。さっさとケリつけるわよ」
そう言って距離を取る黒南風。
そして再び詠唱を始めた。
「理の狭間を吹き荒ぶ風よ
我が身に宿りて垣根を穿て
万象穢せし黒風の力
“黒刻風装”」
再び黒南風の周囲に黒い風が渦巻き始める。
奴はニヤリと口角を上げた。
「これで二度目ね……。正直、一度の戦闘で同じ相手に二度も覚醒解放を使わされたのは初めてだわ。誇って良いわよ、“黒鉄のトカゲ”。貴方の覚醒解放は見せてくれないのかしら?」
「お前も誇って良いぞ。“黒南風のマダム・アペティ”。正直なところ完敗だ。私がお前とまともにやり合っても勝つ事は出来ないだろう。覚醒解放を見せてやりたいのは山々なんだが、生憎と私は覚醒解放は使えないんだ。冥土の土産はやれそうに無い」
「“勝てない”のに、死ぬのは私な訳?矛盾してない?」
「……」
私は何も言わずに見つめ返す。
奴は肩を竦めるとため息を一つ吐いた。
「……そう……残念ねッッ!!」
黒南風は一気に加速して私に迫る。
「“多重敏捷強化”ッッ!!」
私は魔法を唱えてそれに備えた。
“多重敏捷強化”は、文字通り速度を強化する魔法だ。
倍率は1.6倍と相当に高く、そして持続時間は残りMPに依存する。この時の為に私は今まで一度たりとも魔法を使って来なかった。
振り抜かれる黒南風の剛腕。しかし速度が強化された私はそれを屈む事で躱した。
そのまま後方へと下がった私だが、黒南風は笑みを強め、そして──
「“重強化”!!」
重さ、STR値、SPD値を強化する魔法を使って再び私へと迫った。
流石黒南風だ。自分の能力について良く理解している。
“重強化”は、確かにSPD値も強化するが、最も強化倍率が高いのはSTR値だ。
通常ならそれ以上でもそれ以下でも無い事実だが、奴の黒刻風装の能力は“ステータスの共有”。最も高い能力値を他のステータスとしても計算させるそれは、重強化を高効率の全ステータス強化魔法へと変貌させていた。
再び繰り出される剛腕だが、その速度は先程を上回る。このままでは回避は間に合わないだろう。
しかし私はそれを躱す。
“サイドステップ”
文字通り横に数メートル程避けるスキルだ。速度は速いが、発動中は姿勢の変更は出来ず、カウンターや攻撃を前提とするなら使い道の無い回避専用スキルだ。私はこのスキルを無詠唱で使用したのだ。
「!?」
今まで一度も使われなかった移動スキルに驚く黒南風。
直後、奴の背中に姉さんの下半身とスキルが打ち付けられた。
“強化解除”
強化を強制的に解除するスキルであり、これにより黒南風の重強化は掻き消える。
「チッ!!」
舌打ちして姉さんの下半身を強引に打ち払い、跳び上がる黒南風。
姉さんの頭部を狙っているのだろうが、それを許すつもりはない。
私は跳び上がった直後の黒南風の足に尻尾を巻き付け地面に叩きつけた。
「……小賢しいマネを。だけど残念ね?貴方達の攻撃は私に一切ダメージを与えていないわ。こんな攻撃なら、100発受けても痛くないわよ?」
「そうか。なら101発目に期待するさ」
「ホザけッッ!!」
そう言うとサッと起き上がり再び私へと迫る黒南風。私は尻尾を奴の足下へと振るう。
それを見切った奴は私の尻尾を踏み付けるが、再び姉さんの下半身が奴へと迫り、奴は足を止めてそれを受ける。
ダメージは無い様だが、バランスを崩した奴の足下から私は尻尾を引き抜いて距離をとった。
ーーーーーー
──その後、何度も似たような作業が繰り返された。
避けては打って、打っては避ける。
躱し、逸らし、逃げて、遠退き、叩き、煽り、逃げる。その繰り返しだ。
やがて奴が立ち止まり、これまでに無い程の怒りで声を張り上げた。
「〜〜ッッッ!!貴様らッッ!!それでも戦士かッッ!!何故逃げ回る!?何故打ち合わない!?戦うつもりがないのかッッッ!!」
思わず竦んでしまうような怒号だ。正直震えが来る程のものだった。
私は真摯に向き合ってこう言った。
「無い」
「ハァッッッ!?」
心底驚いた様な顔をする黒南風。しかし私にとっては逆に予想外の反応だった。奴程の知性なら理解できていると思っていたのだが。
「どう言う事意味だッ!!」
まだ理解しかねる様子の黒南風が、そう言って語気を荒げる。
正直情け無い話だが、この話に付き合うメリットは大きい。私は素直に答えた。
「そのままの意味だ。私達ではお前に勝てない。だから戦わない。言っただろう?私の負けだと。私はこのままの状態を維持しつつ、お前の覚醒解放が終わるのを待つ。そして、その後も今と同じ事を繰り返してお前を殺す。読み合いもクソも無い、単純作業の繰り返しでお前を殺すんだ。強かったぞ?黒南風のマダム・アペティ。……だが死ぬのは貴様だ」
「〜〜〜ッッッ!!」
黒南風の顔が怒りに染まる。短い付き合いだが、恐らく奴の“歴代気分が悪いランキング”を更新したであろう事は見て取れた。
確かに奴は強い。正面からやり合えば私達に勝ち目はないと言っても良いだろう。
──しかし、殺すだけなら他にも手はある。
覚醒解放状態の奴は確かに驚異的だ。どのステータスが共有されているかは客観的には判断出来ず、実質的には無敵のステータスを誇っているに等しい。
しかし、覚醒解放にも効果時間の制限はあり、解放極技とやらを使わなくてもいつかは切れてしまう。それを狙って逃げ回れば良いのだ。
これを“勝負”と言うカテゴリーに於いてどう判断するかは意見が分かれる所だろう。
しかし私個人の意見としては、土俵から降りて逃げ回る者の事を、“勝者”と呼ぶつもりはない。
故に私は私自身を“敗者”と認めた上で宣言したのだ。“死ぬのは貴様だ”と──
「……見損なったわ。“黒鉄のトカゲ”。ここまで期待を裏切られたのは初めてと言って良い。……貴方はそれで満足なの?私ならそれに耐えられないわ」
そう言って心底失望した様に私を見る黒南風。その目は、私の作戦に怯え命を惜しむ者の目では決して無い。
そして私はその目を見て理解した。何故奴が回避に撤する私の意図が理解出来なかったのかを。
「……何を期待してたのかは分からないが、私とお前の違いは良く分かった。お前は“戦士”なんだ。どんなに残酷な真似をしても、どんなに危険に晒されても、決して揺らぐ事の無い信念を“戦士としての自分”に持っているんだ。だから私の作戦を予想出来なかった。いや、しなかったんだ。戦士の考える事じゃないからな」
思えば奴は正面から戦う事を好んでいた。どれだけ残酷でも、どれだけ危険でも、直接戦う事に拘って来た。
“騎士”とは違う。汚い事にでも手に染めるその姿勢は、清廉潔白とは言えないのだから。
しかし自分を危険に晒し、常に正面から戦ってねじ伏せるその様は、敵である私ですら敬意を抱く程だった。
“最弱の覚醒解放”を持つ、“最強の戦士”。
それが“黒南風のマダム・アペティ”なのだ。
「……貴方は違うと言うの?貴方の戦の流儀も、私に似たものを感じていたわ。それでも戦士だとは言わないの?」
「ふふ……」
「安い挑発は止めてくれる?」
私の笑いを挑発と受け取った黒南風が怒りをぶつけてくる。
しかしそれは誤解だ。
「……いや、すまない。なんと言うか、ここに来て自分の本質と言うものがなんなのか考えさせられるとは思わなくてな。……そして、考えて出て来た結論も馬鹿らしかったが、これ以上にない程納得してしまったんだ」
訝しげに私を見つめる黒南風だが、少しだけ表情を柔らかくして私に聞いて来た。
「……結論とやらを教えてくれる?」
「……人よりも少し利益に敏感で、人よりも少し臆病で、人よりも少し評判が気になって、人よりも少し幸せになりたい。何もかもが中途半端だが、ほんの少しだけ人よりも上で在りたい。言ってても馬鹿らしくなるんだが、間違いない」
そう、生まれ変わってトカゲになって、変わったつもりだった。
いや、実際に変わった筈だ。生前は知らなかった事を沢山知ったのだから。
しかしそれでも。
いや、だからこそ理解出来たのだ。私は──
「私の本質は、典型的な“企業戦士”だ」
──瞬間、周囲一帯が静寂に包まれた。
「……」
「……」
「……」
誰も何も言わない。気持ちは分かる。
「……」
「……」
「……」
ヤスデ姉さんと黒南風が顔を見合わせてから再び私を見る。
「……」
「……」
「……」
空が青い。結界内の天気とか、理屈がよく分からないんだがどうなっているのだろうか。
「……」
「……」
「……」
あっ、黒南風の覚醒解放が切れた。やったね。
やがて、ようやく我に返った黒南風が私に話し掛けて来た。
「……単語の意味が分からないんだけど、どういう意味?」
「雇われ商人みたいなもんだ。幾ら儲けても、元締めに全部持ってかれて手元には残らない。しかし認められたら給料が増える。出世の為ならある程度手段も選ばないが、外聞も気になる。幸せになりたいが、不要ならば別に周りを不幸にしたい訳でもない。そんな存在だ」
「……そんなものが貴方の本質なの?」
「……みたいだな。そんな顔で見るな。さっきの憎悪満載の顔の方がまだマシだ。それに──」
そこで区切って、私は真っ直ぐに奴の目を見る。
「……ここでお前達を倒せなかったら、そんな願いも手に入らないだろ?」
「……」
そう言った私を横目に、軽く首を振りながら再び覚醒解放を発動させる黒南風。この詠唱の時間は隙だらけの様に思えるが、実際には何故か一切動く事が出来ない。恐らく世界のシステム上の仕様と言う奴だろう。
再び黒風を纏った黒南風が私に話し掛けて来た。
「……なんか萎えたけど、怒りは収まったわ。じゃあ続けるわよ」
「そうだな。じゃあ持久戦の第二弾と行こうか」
そう返した私だったが、奴は口角を上げてそれを否定する。
「持久戦にはならないわ」
奴は一呼吸置き、そして──
「“剛腕干渉”」
今まで一度も併用して来なかった、奴の十八番を使用した。
「……私の黒刻風装の能力は、“ステータスの共有”。そしてこの剛腕干渉は本来なら物理ステータスを半分にして計算するスキルなんだけど、計算前のステータスを、計算後のステータスに共有させる事で、その枷を外す事が出来る」
そう言って腕を動かし始める黒南風。その動きと連動する様に黒い風が巻き起こり、奴の頭上へと集まりだす。
その動きは流麗で、まるで一流の仕立て屋が反物を編んでいる姿にも見えた。
何をするつもりかは分からないが、あれが出来上がるのを指を咥えて待つつもりは無い。
「姉さんッッ!!」
「ええッッ!!」
私達は声を合わせて確認し合う。そして同時にスキルを発動させた。
「“竜の息吹”!!」「“レイジングテイル”」
前後から迫る私達の攻撃。しかし奴は口角を上げた。
「残念ねッッ!!」
次の瞬間、奴が飛び上がり姉さんの下半身を躱す。
「「!!」」
そして私の放った竜の息吹は、そのまま姉さんの腹部へと向かって行った。
「キャァァァァァッッ!?」
腹部にめり込んだ巨大な鉄球に悲鳴を上げたヤスデ姉さん。
私は彼女に声をかけるが、彼女は首を振るだけだった。
奴は地面に降り立つと、笑いながら言った。
「ふふふ。発動前に声を合わせるなんて、らしくないミスをしたわね。まぁ、合わせなくても視線察知で狙いは分かっていたんだけど」
そして再び両腕を動かし始める黒南風。私は何度も奴に向かって攻撃を仕掛けるが、奴を包む黒風に邪魔され、ダメージを入れる所か態勢を崩す事すら叶わない。
やがて奴の頭上には、巨大な漆黒の球体が現れた。
「……そして、私の解放極技、“黒刻槍葬”は、残り時間を代償にし、黒風を纏って放たれる右ストレート。想像出来るかしら?この頭上にある膨大な黒風を纏った時の、その威力と範囲を。これは単純な解放極技ではないわ。試行錯誤を繰り返し、高め、研鑽し作り出した、システムには無い私のオリジナル……」
そう言って両腕を掲げた黒南風は、その名を高らかに宣言する。
「“煌黒禍津日”。防げなければ、貴方達が生きる芽は無い。言ったでしょう?長期戦にはならないとね」
……本当に恐ろしい奴だ。まさかここに来てこんな隠し球を持っていたとは。
恐らくあのままあの黒球を手に宿し、“黒刻槍葬”を放つのだろうが、あのサイズの攻撃を躱す事は私にもヤスデ姉さんにも出来ない。
心の底から賞賛を送ろう。“黒南風のマダム・アペティ”。貴方は紛れもなく最強の戦士だった。
──だが、それでも死ぬのは私達では無い。
私は小さな声で呟く。
「今だキュー」
「“バインドテイル”」
「!?」
次の瞬間、突如として現れた純白のトカゲが、その白く美しい尻尾で奴の両腕を縛り上げる。
“バインドテイル”は、尻尾で対象を縛り上げるスキルだ。スキル使用時に対象のサイズに合わせてある程度伸縮するが、伸ばせば伸ばすだけ耐久性も下がってしまう。
私は即座にコカトリスの魔眼を使用し、そして再度“竜の息吹”で姉さんの腹部を攻撃した。
彼女は大きな悲鳴を上げるが、今度は頷いている。傷口を狙った事で上手くダメージが増えたようだ。
「“魔眼殺し”!!」
事態に困惑しつつも、対抗スキルでレジストを図る黒南風。
しかしその両腕は動かない。
いや、少しずつは動いているのだが、それは間に合わないだろう。
「ッッ何をしたッッ!!何故“魔眼殺し”が効かないッッ!!」
色々気になるだろうに、最も重要な質問を選んで私にする黒南風。キューはその間に尻尾切りを発動させて私の下に駆け寄って来た。
「いや?キチンと機能している筈だぞ?ただ、対象は間違っていたがな」
「どういう事だッッ!?」
「……私が魔眼を使ったのは、お前では無く、お前を拘束しているその尻尾だ。そして私の“コカトリスの魔眼”の効果は、“遅延”。お前の力ならその尻尾を破断させる事は容易いだろうが、破断するまでの時間が遅延しているんだ。動ける訳が無い」
「……!!」
黒南風の顔が驚愕に染まる。まぁ、この時の為に今まで使わなかった手だし、予想も出来なかった事だろう。
そして、私が姉さんを攻撃した理由は、奴に説明する必要は無い。
黒南風の顔に、これまでで最大の驚愕が浮かぶ。
「……馬鹿な……そのスキルは……!?」
「……“怒りの鉄槌”」
その言葉と共に、無防備な奴の腹部へと姉さんの上半身が叩き込まれた。
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