◯者の孫
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「さて、どうしたもんかねぇ……」
ジャスティスはそう言って溜め息を吐いた。
目の前には意識を失い、倒れ伏したステラが居る。
小さく呼吸はしており、死んではいない事が分かる。
「……ったく、格上相手に“手加減しろ”なんて言いやがって。危うく死にかけたじゃねぇか」
思い出されるのは直前の作戦会議。
ジャスティスはトカゲに幾つか厳命されていた事が有った。
先ず最重要なのがククの護衛。
これは他の全ての命令と命に優先され、例え全滅してもククは絶対に生かして返す様に言われていた。
全滅してたら返すもクソも無いと思ったが、あのシスコンロリトカゲ太郎にそんな理屈が通用する訳も無く、ジャスティスは説得を諦めた。
そして次に重要だったのが、ステラだった。
ステラは留守中のオーク達の本営地を任される程信頼厚い黒南風の副官。
“可能ならステラの身柄の確保。それが不可能なら、彼女に群れの価値を認めさせた上での停戦合意”
それがトカゲからの指示だった。
理屈は分かる。
トカゲが黒南風を倒せば、ステラはそのままオーク達の統治に利用できるし、逆に負けた場合でも彼女が自分達の価値を認めていれば、恐らく群れの仲間が殺される事は無い。
残念ながら負けた場合のゴブリン達がどうなるかは分からないが、群れの仲間達を生かす為には彼女を生かしておく事は重要な意味を持っていた。
その為、ジャスティスはステラを殺さない様に慎重に立ち回る必要があり、かなりの苦戦を強いられたのだ。
正直、“殺してはいけない”と言う縛りが無ければ、もっと早く勝てていただろう。
とは言え、結果的には生かしたまま身柄を確保すると言う、最上の戦果を得られた。
正々堂々と一対一で決着をつけた事もあり、オーク達からの心象も良かっただろう。
──と、ジャスティスはそう思っていたのだが──
「……」
『……』
オーク達は、凄まじい形相でジャスティスを睨み付けている。
気のせいかも知れないが、全員瞬きすらしていない様に見える。
これで怒号でも響いていればまだ可愛げも有るのだが、聞こえて来るのは僅かな息遣いと、絞り出す様な怨嗟の声。
ハッキリ言って、好感度は最悪だった。
「……俺、なんかやっちゃいました?」
『何か引っ掛かる言い回しだけど……。正直、分からない』
ジャスティスの言葉に、ククは首を振る。
ステラが生きているのは、残ったオークの代表者に確認させている。
その為主人を殺された事への怒りでは無い。
確かに連中の仲間を結構な数殺して来てはいたが、それが理由ならもっと早い段階から憎悪を向けられていた筈だ。
ジャスティスは理由が分からず再び溜め息を吐いた。
「……んっ」
そう唸ったステラが、寝返りをうつ。
これが可愛い雌のネズミか、最近になってようやく魅力が分かる様になって来たセクシーな雌のビーバーならば、まだ劣情を抱いただろうが、どっからどう見てもブタ面のオーク相手だとピクリともしない。
「……本当に……ブタみたいだ……」
「「「!?」」」
ジャスティスがそう呟いた時、オーク達が激しくどよめく。
「な、なんだ……?」
『馬鹿。貴方の言葉を聞かれた。虜囚とは言え、敵将に対して適切な言い方じゃない』
「……しくじったか……」
そう呟きながら頭を軽く掻くジャスティス。
やがて、意識がはっきりして来たステラが上半身を起こした。
「よお。気分はどうだ?」
そう言って声をかけたジャスティスだが、ステラは暫く黙ったまま下を向いていた。
やがて、ゆっくりと顔を起こす。
「……どこまで……どこまで狙ってた?」
そう言ってステラはじっとジャスティスを見つめる。
彼女が言っているのは先程の戦闘の事だろう。自分がどうして負けたのか知りたいようだ。
ジャスティスは答える。
「……最初からだ。お前が分身を使って槍の軌道を変えようとしてたのは、あれが初めてじゃなかっただろ?弓の分身で二度、そんで見事脇腹にぶっ刺した棍棒の分身で二度だ。詳しいことは省くが、俺はその様子を観察してタイミングを合わせたんだ。もう少し自然に出来る様に練習した方が良い。狙いが透けて見えたぜ?」
「……!!」
ステラの顔が驚愕に染まる。まさしくジャスティスの言う通りだったからだ。
ステラは戦闘の最中、ジャスティスに不意打ちを成功させる為に、幾度か同様の狙いで行動していた。しかしタイミングが上手く噛み合わず、実行を見送っていたのだがジャスティスはその全てを見切っていたのだ。
口で言うのは簡単な事だが、ジャスティスはこれを戦闘中に、かつ一対七と言う圧倒的な数的不利の最中にやってのけたのだ。
「どうして……どうしてそんな手間を!!それが出来ていたなら、私を殺す事等容易かった筈だ!!」
「……お前だって分かってるだろう?俺の気持ちを。お前を初めて見た時から、お前を死なせる訳には行かなかった」
「〜〜ッッ!!」
ステラは顔を真っ赤にして下を向く。
予めオーク達の情報を集めていたジャスティス達にとって、ステラが侵攻に加わっていたのは予想外だった。本営地の守備にまわると想定していた為だ。
しかしながらこうして現れた以上、どうにか死なせずに立ち回る他無かったのだが、それが彼女にとって屈辱だったのかも知れない。
「……殺せ。生き恥を晒したくない。私と貴殿は敵同士だ。……貴殿の気持ちに応える事は出来ない」
そう言って再び下を向くステラ。
彼女も馬鹿では無い。トカゲの持つ“継承”については知らなくても、状況からこちらの思惑をある程度理解しているのだろう。
ジャスティスは宥める様に声を掛ける。
「……そんなツンケンすんなよ。体の方は大丈夫か?ポーションで回復してるから問題はないと思うが……」
そう言われたステラは、手を握ったり開いたりし、自分の体を確認して行く。
小さな声で、こんな貴重なものを……やはり……等と言っているが、森の外に出た事が無く、そして生まれてから1年も経っていない彼にはポーションの価値は分からなかった。
とは言え、あちらが貴重だと思い込んでいるなら、利用しない手は無い。
「……そうだ。お前には絶対に死んで欲しくない。分かってもらえないか?」
そう言ってステラを見つめるジャスティス。
今ステラに死なれるのは本当に困る。今の状況でステラに死なれたら、平和的にオーク達を止める手立てが一切無くなってしまう。
結界内に開門可能な存在が居る事は、ステラからオーク達に伝わっている筈だ。彼等が少年を生かしているのは、一重にステラの身柄をジャスティス達が抑えているから。
ブタ呼ばわりしただけであれだけどよめくのだ。仮に彼女が死んだ場合、オーク達に捕らえられている少年がどうなるかは想像に難く無い。
暫く考え込んだ後、ステラはおずおずとジャスティスを見つめ返した。
「……し、しかし……その……障害が多いと言うか……問題が……」
そう言って俯くステラ。確かに敵側に捉えられた将兵がどう評価されるかはジャスティスにだって分かる。
プライドの高いステラにはそれが受け入れられないのだろう。
とは言えそれでも死なれる訳には行かない。
ジャスティスは搦め手を使う事にした。
「……お前が死んだら、俺様は即座に結界を開いて黒南風を倒しに行くぞ」
「なっ!?」
「そりゃそうだろ?もしお前が死んだら、俺様がここに残る意味も無くなる。……その時、お前の配下達を生かしておくと思うか?」
「……!!」
ステラの表情が再び騎士へと変わる。
ステラが死に、ゴブリンの少年が殺されてしまえばジャスティス達がこの場に留まる理由は無くなる。
当然開門して黒南風の討伐に向かう事になるが、その時は挟撃される事を防ぐ為オーク達を殺す事になる。
消耗を避ける為に一騎打ちに出たステラが、それを良しとする筈も無い。
「……お前だって連中を死なせたくはねぇだろ?お前が死なない限り、俺はこの場から離れられない。連中を死なせてまで誇りを優先するのか?……それに俺はお前に死んで欲しくないんだ。俺の為に生きてくれ」
ステラを死なせたらトカゲに何言われるか分からない。
ジャスティスは全力で自己保身に走った。
「……!!」
ステラは顔を真っ赤にして俯く。余程腹に据え兼ねているのだろう。
やがて、ゆっくりと顔を上げるステラ。
「……ずるいな。そう言われたら、“はい”としか言えないじゃないか……。騎士としても……一人の女としても……」
「「「!?」」」
ステラがそう言った途端、オーク達がこれまでにない程騒めき立つ。
先程までよりも更に強い怒気が放たれ、その目から血の涙が流れていた。
ステラはそんな様子に気付かないのか、そのまま続ける。
「……ジャスティス殿はそれで良いのか?いや、行って欲しい訳では無いが、あの小僧を犠牲にすると決めれば、黒鉄と協力して陛下の命を奪える筈だ。進化した貴方なら」
そう言ってステラはジャスティスの方を見つめる。その視線の先には、4本になった尻尾と、塞がった脇腹の傷口があった。ステラが倒れた直後に進化していたのだ。
ジャスティスはオーク達の様子に驚きながらも、ステラの質問に答える。
「……あ、ああ。まぁ、俺様が言われてんのはここまでだしな。後は大将同志で決着付けるだろうさ」
そう言われたステラが意外そうに答えた。
「ジャスティス殿の群れの長は“黒鉄”だったのか……。私はてっきりジャスティス殿が長なのだと思っていた」
「……まぁ、“長”っつってもそんなメリハリのある関係じゃあねぇしな……。アイツの方が向いてるからやってるくらいで、別に上下関係で従ってる訳じゃねぇ。アイツだって、今俺様と戦ったら負けるって言ってたくらいだしな」
そう言って肩をすくめるジャスティス。
ジャスティスは一度、今の進化状態になってからトカゲに勝負を挑んだ事があった。
しかしトカゲから断られてしまい、その時に言われたのだ。
“今はお前の方が強い”
と──
「……だったらますます結界内に入るべきなのではないか?」
ステラは心底不思議そうにそう尋ねる。
確かにそうだ。自分よりも弱い仲間が戦っているのなら、普通に考えればそうするのが正解だろう。
しかしジャスティスは決してそうしない。いや、そうする必要がないのだ。
ジャスティスは笑みを浮かべて答える。
「お前には悪いが、アイツは絶対に負けない。……アイツはこの俺様。ジャスティス・ビーバーに勝った男なんだからな……」
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完敗である。
なんと言うか、何一つ悩むことの無い完敗だった。
完敗も完敗。負け負け負けイーヌである。
流石は“二つ名持ちユニーク”。
流石は“黒南風のマダム・アペティ”だ。
幾重にも張り巡らした罠は、しかし黒南風の前に捩伏せられ、挙げ句の果てに真っ向からぶつかったにもかかわらず、無傷でぶちのめされたのだ。
キューとヤスデ姉さんがかなり怒っている。
無理も無い。一歩間違えれば死んでいたのだから。
二匹には後で土下座して謝ろう。ジャスティスにも、「負けちゃったりんこ!メンゴメンゴチョリーッス」と、紳士的に謝る事にしよう。きっと彼はいつも通り、「オ、オデ許ス。ト、トカゲ悪クナイ」と言ってくれるに違いない。
さて、試合での負けは確定したが、勝負で負ける訳にはいかない。
私はポーションで治った身体を一通り確認すると、小さな声で一人言ちた。
「……死んで貰うぞ……黒南風……」
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